7月1日①

7月1日、1人の女の子が転校してきた。

「伊東小夏といいます。東京から引っ越してきました。よろしくお願いします。」

彼女はニコッと笑いゆっくり頭を下げた。


吸い込まれるような大きな瞳、少し茶色がかった丸みのある可愛らしいボブ、そして嫌味が全くないおっとりとした話し方。僕が彼女を気になるための時間は、10秒あれば十分だった。

なんの変哲もなく退屈な毎日が変わる、そんな予感がした。


「はい拍手ー。皆さん仲良くしてあげてくださいねー。それじゃあ、今朝のHRは7月1日ですし、せっかく伊東さんが転校してきて初日なので席替えをしましょうか。」


田中先生がそう言った途端、クラスは歓声に包まれた。

「一番後ろがいいなー。」「今回もいつもみたいにくじ引きかな。」

クラスがざわざわしはじめたところで「静かに!席替えやめますか!」と牽制が入る。

クラスはすぐ静かになった。

「まず、目が悪くて1番前の席がいい人いますか?」とのいつもと同じ確認が。誰も手を挙げる訳もなく、「はい。それじゃーくじを持ってきましたので、順番に引いていってください。」と先生は続けた。


1番後ろの窓側の席が、今の僕の席だ。だからくじを引くのは1番最後になる。いつもは1番後ろになることばかり考えていたが今はそんなことはどうだっていい。

「伊東さんの隣。伊東さんの隣。伊東さんの隣。」僕の頭の中はこのことでいっぱいだった。

田中先生はサプライズ的な演出が大好きだから、席替えの時は全員がくじを引き終わるまで黙って下を向き、全員が引いてから一斉に開けるという謎ルールがある。これをサプライズと呼んでもよいものか疑問に感じる時もあるが。


仮の席である1番右の1番前に座った伊東さんから始まり、くじは百足のように下へ上へと動いていった。くじは着実に進みとうとう僕の番だ。といっても最後だから一枚しかないけど。残り物にはなんとやらともいうしね。学園天国が頭の片隅で流れることに気づかないふりをして僕は最後の一枚のくじを引いた。


「はーい。じゃあ全員引きましたねー。顔を上げて先生がせーのと言ったらくじを開けてくださいねー。それじゃーいきますよー。せーっの!」

クラスの人達が一斉にくじを開ける。

くじに書かれた番号と黒板に書かれた番号、そして伊東さんの姿を追うことで僕の視線は大忙しだった。

「1番後ろだー!」「またお前の横かよお。」

ざわざわした声と机が移動する音で教室は包まれた。


1分ほどで全員の机は移動が終わった。

どうやら“運命の女神様”はこの僕にほほえんでくれないらしい。

僕が座っていた1番後ろの窓側の席に伊東さんが座っている。僕は1番後ろの廊下側。

惜しいんだけどなあ。ま、どうせ話かける勇気なんかないから別にいいか。

なんの変哲もなく退屈な毎日が変わる、そんな淡い予感が静かに崩れていく音がしたように思う。


席替えも終わり、長い長い1限が終わった休み時間。

伊東さんの周りにはクラスのみんなが集まっている。

「どこから来たの?」「なんでこんな片田舎に引っ越してきたの?」

飛び交う質問に、彼女は困惑しながらも笑顔で対応している。

この空間に僕だけがいない。そう、環境が変わっても僕自身は変われやしないんだ。

頭の中で分かってはいたが、いつものように寝たふりをすることにした。

左後ろの群衆の中から少し視線を感じたが気のせいだろう。


2限、3限、4限、5限、6限。

今日も長い1日が終わった。転校生が来たこと以外に、日常に変化はなかった。

帰る支度を終え、立ち上がったその瞬間。

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