第2話

 『ねぇ!このゲーム7月に出るんだって!一緒にやろうぜ!』

そんな早くから出来たらいいのにな。毎回そう思う。何故なら、うちの親は誕生日かクリスマスにしかゲームを買ってくれないからだ。そして今は5月。クリスマスはもちろんのこと、誕生日は3月のためにゲームを買ってもらうなど不可能に等しかった。

『買ってもらえたら、一緒にやろうね!』

守ることなど出来もしない約束をし、若干沈んだ気分で帰宅する。この日は塾も何もなかった。そうだ、何とか買ってもらえないか考えてみよう。ダメもとで頼んでみようか。いや、そんなの上手くいくはずがない。もっと上手く頼み込む方法はないかな。そうだ、夕飯の時にでも話してみよう。まずはゲームの説明からして......どうすれば買ってもらえるだろうか。必死に考えていたせいもあったのだろうか。時間はあっという間に過ぎ、外は暗くなり始めていた。小さい子供ながら、今までで一番頭を使ったという感覚がした。

 そして訪れた勝負の時間。キッチンから料理が盛り付けられた皿を急いで運び、わずかながらいい子アピールしてみる。

『自分からしてくれるなんて、いい子ね。』

やった。スタートはうまく切れた。いただきますと共に食べ始める。半分ほど食べ終わるころ、あの話題を切り出してみる。

『お母さん。あのね、実はこういうゲームがあってね、面白そうなんだ。それでね、□□君とかにも一緒にやろうって誘われてるんだ。』

『へぇ、そうなんだぁ。』

聞きたくないときはすぐ話を切るのがお母さんの癖なので、今回は話を聞いてくれるようだ。心の中でガッツポーズをしつつ、話を続ける。

『それでね、7月に発売なんだけど、いつもならクリスマスまで待たないと買ってもらえないじゃん?』

『駄目だね。』

やっぱりと思い心が折られかけるが何とか立て直す。最終局面だ。自分が言いたいことを言うんだ。勇気を振り絞り、言ってみる。

『お願いします!発売日に買ってください!』

しばしの静寂。お母さんの悩む顔が見える。これはダメか。怒らせてしまったか。

『いいよ。でも、それまでいい子にしてたらね。』

やった、やった!心の中は言葉では言い表せないものに包まれていた。ただ1つ分かるのは、それがうれしい感情であることだ。これからの2か月頑張ろうと決意を固めた。

 それからは順調に過ごした。友達にも買ってもらえることを報告し、ウキウキだった。家では機嫌を損ねないように上手く動こうと頑張った記憶しかない。5月が過ぎ、6月も終盤に差し掛かった頃、事件がおこった。

 最初は小さいことだった。学校でもらったお便りをお母さんに出し忘れたのだ。出し忘れなど、親の間での連絡網ですぐにバレる。学校から帰宅してすぐ指摘され、しぶしぶ出した。その時の態度が気に入らなかったのだろう。色んなことについてしつこく言い始めた。初めは謝っていたが次第にけんか腰になり、言い争いになった。しばらく応戦が続き、もう終わるだろうと思っていた。だから、あのカードを切られるとは思わなかった。

『もう、ゲーム無しね。残念でした。』

あざ笑うような表情が見えた。あ。終わった。やってしまった。もう、絶対に買ってもらえない。血の気が引いていく感覚がする。力が抜ける感覚がした。遂には、わざとできもしない約束をして、守れなかった時楽しむのが目的だったのかと思いもした。

 それから、心ここにあらずみたいな生活をしていた。あそこまでの努力は。約束は。もう、嫌だな。友達と話していても気が晴れない。かといって椅子に座っていても何も改善されない。

 ゲーム発売日、憂鬱の度合いは最大になっていた。

『今日発売だぜ!』

『楽しみ!』

『早く家帰りたい!』

早く家に帰りたかった。みんなの姿を見たくなかった。早く1人になりたかった。家に帰ると、お母さんから声をかけられた。

『買い物に行くから、ついてきなさい。』

こうして、ショッピングモールに行った。大きな施設のため、ゲームコーナーもあった。もちろんそこには今日発売のゲームが、キラキラとした装飾とともに鎮座していた。目を背けても、入ってくる。嫌な気持ちになった。何を買うのだろう。早く終わらせてほしい。強く思いながら、ついていく。気づいたら、カウンターのような小さなレジにたどり着いていた。お母さんが何かを受け取っている。不思議にみていると、紙袋を渡された。

『なにこれ?』

『中身見ていいよ。』

開けてみるとそこには欲しかったあれが存在していた。うれしいでは済まない感情があふれ出た。

『え? どうして買ってくれたの?』

『約束してから頑張っていたからよ。予約しといたの。』

 この日初めて、努力は報われることを知った。それから、友達と遊びまくった。1か月後、ゲームのし過ぎで禁止されたのは苦い思い出だったがそれ以上の体験ができたように思う。

 久しぶりに、こんなに笑った気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ある子供の感情 あいくま @yuuki_zekken

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ