第42話 真の気づき
中間試験も終わり、学校は束の間の休養になるかと思いきや、すでに受験対策一辺倒になっていた。
それでも僕は変わらず小説を執筆している。
前回の「新感選」で足りなかったのは「テーマ」だった。
「異世界転生」のテンプレートに従っていれば必ず一次選考を通るものだと思っていたからだ。
だから、殊さら「テーマ」を考えてもいなかった。
今回の作品は「太ることは悪なのか」という「テーマ」で物語が貫かれている。
だからSF未来から現代へ生まれ変わっても、現代から異世界へ移っても、物語は「太ることは悪なのか」で統一されている。
異世界転生のテンプレートからはズレているものの、読めば必ずこの「テーマ」が想起されるはずだ。
笹原雪影さんに吠え面をかかせるには、このくらい「テーマ」をきっちりと掲げていたほうがよいだろう。
これで「異世界転生なんて」と言わせない物語が書けたら、さすがの笹原さんも驚くに違いない。
絶対に目を背けられないような作品に仕上げてみせる。
このまま書き続けていけば、採点が終わってすべての教科の答案用紙が返ってくる頃には書き上がっている計算だ。
ここはあえて採点と執筆との時間競争を意識しながら書き進めている。
プロになれば書くスピードが圧倒的にものを言う場面が出てくるはずだ。
たとえば有名作家が原稿を落として、代原つまり代理原稿を書ける人に声がかかる。
つまり一週間で長編十万字が書ければ、入稿まで残り十日なら確実に声がかかるだろう。
だから質も伴わなければならないが、執筆スピードは早ければ早いほど有利に働くはず。
それに今回は短い期間に長編を三作書かなければならない。
二作目で時間を浮かせたぶんだけ三作目の執筆が楽になる。
もちろんこの二作目が本命ではあるものの、だからといって時間をかけていいわけではないのだ。
スピードと内容の相乗効果が現れれば、必ずなんらかのリアクションがとられるはずである。
最高の「異世界転生」を考えたとき、必要なのは「テーマ」だと気づいたのが執筆の直前だった。
そこで伏線を張り直しもしたが、たいした苦労はしなかった。
すでにあらすじは「テーマ」を明確に示していたからだ。
ハッピーエンド大賞応募作や「新感選」第一作のようにタロット・カードだけで決めていたら、おそらく「テーマ」は立ち上がらなかっただろう。
それでは読んでもなにも得られない駄作しか生まれなくて当たり前だった。
真実は意外と近いところにあったのに、これまでまったく気づきもしなかった。
タロット・カードを「テーマ」の上でリーディングすればよかった。
タロット占いでも相手に配慮して物語を綴っていたのだから、小説でも「テーマ」に配慮して物語るべきだったのだ。
それがタロット・カードを手に入れたことで浮かれてしまった。
創作に使えると思ったオモチャに、結局は振り回されたのだ。
タロット・カードは、基本的に使っている人間の能力を拡張するためのデバイスでありツールである。
単に引いたカードを絶対のものとして扱わなければならない義務なんてなかったのだ。
手に入れたときの興奮が忘れられず、なかなかその境地までたどり着けなかったが、実際にタロット占いをすることでようやく気づけたくらいである。
おそらく多くの人がタロット・カードで執筆に挑戦して失敗していったのだろう。
タロット占い師でプロ作家になった人を見たことがないのも、カードの使い方がそもそも正しくなかったのではないか。
日常からタロット占いをしているので、タロット・カードが導き出す物語を絶対視してしまったのかもしれない。
実際は、創作に行き詰まったときに打開するためのツールとしては有効に機能するのは確認している。
しかし一から物語を作るときにはまったくの役立たずであるばかりか、足を引っ張る
そのことに気づいたとき、ずいぶんと遠回りしたような感覚を持ったが、重要な経験を得られたことに感謝したくらいだ。
頭の中で物語を構築する力をつけるのにタロット占いはひじょうに役立つ。
その繰り返しで頭はどんどん柔らかくなる。
柔らかい頭で小説の物語を考えれば、じゅうぶん面白い小説が書けるのだ。
それだけならおそらくタロット占い師も同じことをしているはずである。
違いがあるとすれば、物語に「テーマ」を持って書いているかどうかだろう。
タロット・カードのリーディングだけで書く人も、リーディングで鍛えられた発想力を活かして書く人も。「テーマ」の重要性にどこまで気づけただろうか。
もし気づけていればおそらくプロ作家になっているはずだ。
しかし少ないところを見ると「テーマ」よりもリーディングに頼ってしまった結果といえる。
小説はどこまでいっても作家ひとりで物語を考えなければならない。
それだけの「地力」がなければ、書籍化を果たしても一作で文壇を去ってしまうことになる。
継続して出版するには作家としての「地力」があるかどうか。
つまり自分の力で「テーマ」のある物語を生み出し、高速で執筆できるかどうかにかかっている。
担当編集さんが原稿を欲しいときにすぐ渡せる原稿がある。
そのくらい多作できなければ、結局一作で終わってしまうだけである。
それが肌でわかったのも、タロット・カードに取り組んだ成果だといえる。
まわり道をしたかに見えて、最短距離で「真の気づき」を得られたと今では誇らしく思える経験である。
タロット・カードをくれた高田には感謝のしようもないほどだ。
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