第39話 帰り道

 放課後に谷さんが僕のもとにやってきた。

 模試で第一志望A判定を取ったことで、さらに明るく笑えるようになっていた。


「谷さん、なにか用かな。占いなら今はちょっとできないんだけど。すぐに家に帰って小説を書かないといけないからさ」

「じゃあ途中まで帰りながら話せないかしら」

 まあそのくらいならいいか。本当はダッシュで帰って書きたいところだけど。


「それならいいですけど」

「じゃあ帰りましょうか」

 ふたり並んで帰っていく姿を傍から見ると、きっと付き合っているんだなと思われるかもしれないな。

 今まで女っ気がなかったから、片方が僕だと知ったら周りが大騒ぎするんじゃないかな。

 下駄箱で履き替えて校舎を後にした。


「それで話したいことってなにかな?」

「なかなか言い出しにくいんだけど」

「じゃあ話さなくてもいいんじゃない?」

「実はね。私文芸部なのよね」

「へ? そうだったんだ」

 ずいぶん間抜けな返しをしてしまったな。


「北野くんが小説のためにタロット占いを始めたって聞いて興味を持ったんだけど」

「その情報を知ってるのって……」

「高田くんから聞いたわ。私は今小説を書いている余裕はないんだけどね」

 高田のやつ。タロットが欲しいと言ったらすぐに用意してきたのは、そういう魂胆があったのか?


「で、やっぱりタロット占いって小説の役に立つの?」

「いや、まったく。タロット占いはあくまでも物語を読み取る力が上がるだけで、新しいあらすじが書けるわけじゃないんだ。短編でお題があるようなときは効果を発揮するけど、長編だとまったくの役立たずだね」

「それなのに今でもタロット・カードを持ち歩いているのかしら」

 やはり奇異に映るよな、普通。


「今までタロット占いをしてきて、すぐに『やめました』ってしたらリーディングに自信がありませんでした、と言っているようなものだからね」

「つまり過去の占いに信憑性を持たせるために持っているのかしら」

「そうだね。谷さんも占ったけど、もし僕が『もうやめました』って言ったら占いの内容は信じられる?」

「信じられないわね」

 そういうことだ。


 タロット占いはおそらく趣味になるか、大学進学後にやめることになるだろう。

 だが、僕の一番の趣味は小説を書くことだから、ふたつも趣味を持つのは学業に差し支えるな。

 現に占いを身につけていた時期には小説を書いていなかったから。


「でも、そうか。タロット・カードで小説は書けないのね。残念」

「僕ももう少しきちんと考えていたら無駄はしなかったんだけどな」

 谷さんは続きを聞きたがっている。

 まだ日は高いほうだから人通りはそれほど多くはない。

 帰宅を急ぐような人がいないので、実にまったりとした時間が過ぎていく。


「もしタロット占いをしている人が面白い小説を書けるのなら、今頃タロット占い師が大勢プロ作家になっていて不思議はないよね」

「ああ、なるほどね。プロ作家でタロット占い師やっていますって人、聞いたこともないわ」

「それが世の真実だね。だからきちんとリサーチしていたら、高田にタロット・カードはねだらなかったよ」

「そうなると、うちの事情は改善せず、大学受験にも失敗して家庭崩壊ってこともあったわけだけど」

「そういう救われる人がいたから、やって無駄じゃなかったって思えるわけ」


「ろくにリサーチもしなかった人と、あまり頓着せずに渡した人。そのおかげで今があるわけね」

「まあぶっちゃけるとそのとおりだね」

「ひどい人たちね」

 軽口を叩きあってひとしきり笑ったところでバス停と駅に分岐する交差点に着いた。


「じゃあ私はバスだから」

「ああ、今日の授業内容はしっかりと復習しておいてね。おそらく今学期習っているところが入試にいちばん出るはずだから」

「そうなんだ。じゃあ丁寧に復習しないとね。北野くんありがとう。それじゃあ」

「じゃあね、谷さん」


 彼女のあの表情を見ていると、やっぱり高田のことが気になっているのかな。

 そういえば高田も女っ気がないよな。

 まあいつもの物知り顔を見ていると、なんでも見透かされそうなのかもしれないけど。

 近寄る女性の魂胆くらい瞬時で見抜くだろうな。

 そこまでわかったうえで、それでも付き合いたい女性がいたら僕としては応援したくなる。


 これもタロット・カードの効果なのかもしれないな。

 だが、今はふたりとも入試に向けて集中しなければならない時期だから、告白できるとしたら合格発表後から卒業式までの間ってことになるのか。

 それはそれで忙しい時期ではあるけど。

 でも好きになった人に想いを伝えず分かれることになったら、必ず未練が残るよな。

 だから谷さんも僕を通じてそれとなく高田に伝えてほしかったのだろう。

 谷さんの恋が実るといいんだけどな。


 ここから駅までの八分を歩きながら、谷さんを救った恩人である高田のことを思い描いていた。

 ああいうヤツが本当にモテる男なんだろうな。

 本当にモテる男か……。

 小説に使えそうな人物像だ。


 高田をモデルにした主人公も意外と面白くなりそうである。

 友達付き合いがよく、情報網も広く、どこから調達したかわからないものを入手してくる。

 物品であれ情報であれ。そうか、ああいうのが本当にモテる男なんだな。



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