第34話 覚醒へ

 「新感選十」に向けた第一作が走り始めた。

 と同時に、伊井田飯さんからのアドバイスから新作のあらすじをタロット・カードのリーディングで考えていく。


 偶然から生まれる物語は、どこまで戦えるのか想像もつかない。

 第一作すらどこまで反響を得られるのかわからず、なかなか手応えを感じないため、暗中模索を繰り返していた。

 これらの経験を第三作に活かそうにも、データが少ないのである。

 するとLIMEの着信音が流れた。高田からだ。


〔新作、反響少ないけどどうなっているんだ?〕

 「悩み中」のスタンプが押されていた。

 返答にちょっと迷ったが、とりあえず自分の本心を伝えておこう。

〔「新感選」には三本出すことにしたんだ。今回の新作はその一本目。まずタロットから生まれた作品を出してみて、様子を見たかったんだ〕

 「チラッ」のスタンプを押して返した。

〔本人が納得ずくならこのままいくべきだな。絶対後悔すんなよ!〕

 「頑張れ」のスタンプを見て、自分はなんて安直に考えて取り組んでいたのか痛感させられた。


 そうだ。自分には応援してくれる仲間がいるんだ。

 タロットに頼り切って本当に後悔しないのだろうか。

 やはり自分の能力の及ぶ範囲で作り上げるのが「創作」ではないのか。


 そうならば、第三作に反映できる物語を第二作で試さなければならないだろう。

 タロットは程々にして、自分の頭でも考える。

 占いのときのように、相手が喜ぶようなものを提供するのだ。

 面白いハッピーエンドを書こうとする意識が強すぎて、読み手に喜ばれる物語を考えていなかった。


 第一作のように、偶然だけに頼った作品にはどうしても限界がある。

 是が非でも一次選考だけでなく最終選考を突破して大賞を獲れる小説を書くには、やはり多くの読み手を引き寄せる力が必要だ。


 タロット頼みではなく「タロットを活かす」。

 その意識があれば、第一作よりも読まれる小説に必ずなるはずである。

 そしてその第二作を踏まえて、自分の頭で考えるだけ考える。

 ゆえに考える時間を確保するためにも、第二作は早めに着手したほうがいいだろう。


 早速タロット・カードを取り出して、多くの読者を想定した「占い」を行なうことにした。

 対象は不特定多数の読み手である。これほど大雑把であっても、タロットは必ず結果を返してくれる。

 タロット本人はなにも考えてはいない。相手が誰かすら気にしていない。

 その返しを見て物語を解釈するのが僕の役目である。

 なのでタロット・カードに振りまわされてはならない。

 タロットをねじ伏せるくらいの意気込みが必要だ。


 笹原雪影さんを唸らせる「異世界転生」ものを書く。

 それなら対象は笹原雪影さんひとりでよいはずだ。しかし笹原さんはただの審査員長でしかなく、その他の審査員をも唸らせなければ大賞にはなれない。

 だから不特定多数を想定したあらすじにする必要がある。


 笹原さんなどただの通過点でしかない。

 その先にある大賞つまり最優秀賞を獲れなければ、笹原さんを見返すなんてできるものか。

 こうなったら笹原さんなんてもう気にするだけ無駄な存在なのだ。

 これからは不特定多数を相手にした執筆に徹するべきだろう。


 それを目指して本当に大賞が獲れる保証はない。

 だが、笹原さんひとりを目の敵にしても得るものは少ないはずだ。


 であれば笹原さんは無視しよう。


 前回の悪態は意外とそういう気づきを与えるためだったのではないか。

 切磋琢磨を促すための呼び水だったのかもしれない。


 ならば笹原さんの思惑は単に「異世界転生」嫌いだからではなく、もっと作者の質を向上させようとしたのではないか。

 でもそこまで笹原さんを持ち上げてもあまり意味はないだろう。

 本当に単なる「異世界転生」嫌いなだけかもしれないからな。


 第二作のあらすじは、タロット・カードで導き出すだけではなく、不特定多数の読者を想定して適切に改変しなければならない。

 ひらめきはタロット・カードに頼り、仕上げに人の血を通わせる。

 タロット・カードで短編を作り続けて気づいたのは、すべての物語に血が通っていなかったということに尽きる。


 ただでさえ小説投稿サイトは、電子で表示されるため人の息吹を感じとれない。

 そこにタロット・カードという無機質なアイデアを用いれば、当然冷たい作品しか出来上がらないのだ。

 ここまで気づいたのは、学校で占いを繰り返したからだ。

 あの経験を積まなければ、今までなにも気づけずタロット・カードだけを頼りに作品を書き、そして敗れ去っていただろう。


 占いは当初不安感しかもたらさなかったが、今となっては貴重な経験となっている。

 女子の悩みなんて恋愛と進学くらいだと思っていたが、他にも複雑な問題があった。

 たとえるならタロット・カードには占いと物語づくりくらいしかできないと思っていたが、実は人の想像力を鍛えるアイテムなのではないか、とさえ感じている。


 元々現在主流のライダー・ウェイト・タロットは秘密結社・黄金の夜明け団の団長アーサー・エドワード・ウェイトが、信徒で画家のパメラ・コールマン・スミスに描かせたデッキである。

 七十八枚それぞれに物語があり、そのすべてを経ることで人の覚醒を促そうという、秘密結社特有のツールなのである。


 そうであれば、覚醒した人はタロット・カードから解き放たれなければならない。

 いつまでもタロット・カードを媒介にしていては、覚醒にはたどり着けないのだ。



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