第九章 当惑
第33話 応募第一作
「新感選十」に向けた最初の一作はやはり「異世界転生」ものである。
僕の最も得意とするジャンルであり、タロットの「ケルト十字」スプレッドからリーディングして決めたあらすじは長編用に仕立ててある。
この一作から僕の「新感選十」が始まるのだ。
これから授業以外の時間はすべて執筆にあてて、最速で仕上げていくことになる。
学校にノートパソコンを持ち込めたらよいのだが、屈指の進学校とはいえそういう目立ったことをすると学校から指導が入って学校推薦型選抜から漏れるかもしれないので、ノートに手書きで対応するしかない。
それを持ち帰ってパソコンで清書していく。少しでも書いてあれば、そのぶん時間短縮につながって一日の執筆量も増やしていける。
あとは書いて書いて書きまくる。
土日は執筆に集中して、三週間で長編が完成した。
さっそく『シンカン』に連載投稿して反応を見ることにした。
「新感選十」の募集が開始されたら、すぐにタグを変更して対応する予定だ。
だがすぐに高評価が得られるとは思っていなかった。
それは短編でも感じたことだが、タロット・リーディングで作ると物語がやや客観的、無機質になるきらいがあるのだ。
短編で感じていたのでそれをいくらか和らげたつもりではあったが、やはりそれでも客観的、無機質な部分が目立っていた。
占いを通じてリーディングに心が通ってきたものの、それがあらすじに活かされるにはまだ時間がかかりそうだ。
とりあえず伊井田飯さんが待つチャットルームに入った。
〔伊井田飯さんこんばんは〕
〔多歌人くん、こんばんは。さっそく新作の連載を開始したみたいだね。通知が来ていたよ〕
〔はい。まずはタロットであらすじを作った初めての長編として書いてみました〕
〔タロットが役に立っているのかな?〕
〔どうでしょう。まだタロットに振り回されているような気がします。でも短編のときとは違って、実際にタロット占いを通じて経験を積みました。だからそれよりはまだ読める作品に仕上がっているとは思っています〕
〔今から第一話だけでも読んでくるかな。三千字くらいか。十分待っててもらっていいかな〕
〔はい、お願いします〕
しばしチャットルームで伊井田飯さんの反応を待つことになった。
まあ今作はあくまでも手慣らしで、書いた自分が言うのもなんだが、粗が目立つ作品であることは否定できない。
だが、今作からフィードバックを受けて次作で改良していけば、よりよい作品が生み出せるはずである。
あとはどんなコメントが付くのかどうか。
それが楽しみでもあり不安でもあった。
しばし待っていると伊井田飯さんが戻ってきた。
〔多歌人くん、読んできたよ〕
〔まだ粗いですよね。もう少しなだらかな書き出しのほうがよかったのかもしれませんが、今回はあえてタロットから着想を得た荒々しさを前面に出してみようと心がけました〕
〔感想としてはおおむね君の考えどおりだね。話がざっくりとしていて、いくつか引っかかるワードなんかもあるんだけど、全体的に小ぢんまりとしていて惹かれるところまではいかないと思うよ〕
〔やっぱり最初に伊井田飯さんに見てもらって正解でしたね。とりあえず毎回のコメントを参考に少しずつ軌道修正を図っていきたいと思っています〕
〔その作り方だと無駄が多くないかい? 本当なら執筆に専念して、一話書いて投稿して反応を見てから次話を手探りで書いたほうがいいんだけどね。とくに君はまだ若い。読み手とのやりとりを積極的に取り入れれば、もっとぐんと伸びていけると思うんだ〕
〔三作目でそれができたらいいな、と思っています。タロットは今回と次回の二回だけにして、三作目は皆とのやりとりを重視する予定です〕
〔本当、多歌人くんは優等生タイプだよな〕
〔皆からもよく言われるんですけど、「優等生らしさ」ってなんなんですかね?〕
谷さんからも言われたし、高田も僕のことを優等生だと思っている。
ではその「優等生」に見える部分がどこなのか。
なかなか自分では気づけないところだ。
〔そうだな。とりあえず、言われたことをただやるんじゃなくて自分で課題を設定してやってみるじゃないか。そしてどんなことからもなにかを得て次につなげようと努力する。人に言われたことをただやるだけじゃ凡人なんだ。その意味では私も凡人タイプかな〕
〔伊井田飯さんが凡人ってことはないですよ。ただの凡人が何十年も毎日書くなんてできませんからね〕
伊井田飯さんの強みは継続する力だ。どんなに仕事が忙しくても、毎日小説を書いて連載している。
こんなことができるのも、ひとえに伊井田飯さんの才能だ。
〔悪あがきしているだけかもしれないよ。一度書籍化したから次も、なんて甘いこと考えていたら契約を切られてしまったからね。次に書籍化したら、こちらからどんどん「こんな作品が書きたい」と主張していこうと思っているから〕
〔書籍化するだけじゃダメなんですね。その先も見据えて、考えていなければ小説で食べていくのは難しいんでしょうか〕
伊井田飯さんクラスの書き手でも、書籍化を掴みとるのは難しい。
それを高校在学中に勝ち取るのはさらに至難だろう。
尋常なやり方では大賞を獲り、笹原雪影さんを見返すのはまず無理だ。
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