第32話 三本応募
谷さんから話があると言われ、放課後に教室で待ち合わせた。
占った日からさほど時間は経っていないのだが、なにか変化があったのだろうか。
もしかして「占い外れたんだ、責任とれ」とか言われてしまうなんてことも……。
でも今日の谷さんはいつもより明るくクラスメートともにこやかに話していた。おそらく状況は好転したのだろう。
放課後になり、高田とも別れたところで谷さんがやってきた。
「谷さん、今日もなにか占えばいいのかな?」
「ううん、いちおう事後報告はしておこうかと」
事後報告ということは良い知らせの可能性が高いけど。
「あれから言われたとおり、なるべく勉強は家でしないようにして、帰るのを遅らせたんだけど。それから程なくして両親が私の心配をしてくれるようになったんだ。ちゃんと勉強しているのかとか、男遊びしているんじゃないかとか。で、私が家だと集中できないから外で勉強しているのって言ったら、受験生の親だってことを再認識したらしくしばし休戦となりましたとさ」
「へえ、よかったじゃない。占いどおりになったんだね」
「本当、驚いちゃったわ。まさか本当に当たるとは思わなかったから」
「僕も本当に当たるとは思わなかったな。タロット占いは初心者も同然だからね」
谷さんがいやみたらしい視線を投げてきた。
「北野くん、自分でも信じていないことを占いで言っていたの?」
「教えてくれるのはタロット・カードだからね。そこから物語を紡ぐのが僕の役目なんだ。谷さんもタロットの勉強をすれば的中率は必ず上がるはずだよ」
「あのね、第一志望に受かりたかったら勉強に専念しろって言ったのは誰でしたっけ」
「ははは、そうだね。家庭環境もよくなってきたみたいだし、勉強もじっくりできるんじゃないかな」
「そこなのよね。いちおう親から『勉強するなら学習塾にでも通うか?』って聞かれているんだけど」
「入試まで四か月を切った今から塾に通うのはあまりオススメできないかな」
「北野くんもそう思うんだ。私も『今からじゃもう間に合わないわよ』って言っておいたわ」
「独学でも伸びる人は伸びるからね。外から口を出されるとやる気をなくしてしまうんだろうけど」
「ここは秀才の北野くんを見習いたいところね」
前回感じた不安感を微塵も感じないので、やはり今の家庭環境は良好らしいな。
「僕は授業に集中しているだけだからなあ。ときどき復習することはあるけど、基本的に授業を聞くだけしかしていないよ」
「さすが秀才。言うことが違うわ」
嫌みなのだろうがあまり刺々しくはない。
「谷さんもやってみるといいよ。復習するつもりはない。だから今聞いている授業をすべて記憶する。くらいの集中力で臨めば、誰だって憶えられるから」
「本当に私でもできると思うの? やっぱり秀才は考えていることが違うわね」
「僕は将来小説家になりたいんだけど、そのためには小説を書かないとダメだろ。で、小説を執筆する時間が欲しいんだ。すると勉強で同じことを繰り返すのが馬鹿馬鹿しくなるんだよ。だから一回できっちり憶えないと、効率が悪いし小説も書けない」
「なりたい自分を実現するために、あえて背水の陣を布いているわけね」
「そういうこと。あとはやる気があるかどうかの問題だ」
ここまで女子に話したことはなかったな。
まあたいがい高田とつるんでいるんだから女子が近づけようもなかっただろうけど。
タロットを始めてから、女子が話しかけてくることが多くなった。
まあ毎回占いをする羽目になるから、なるべく距離を置きたいところなんだけど。
「そういえば今日模試の結果出たよね? 判定どうだった?」
「北野くんが言ったとおり、第一志望C判定、第二志望B判定だったわ」
「きちんと勉強ができる環境になっているのなら、頑張り次第で次の模試で第一志望A判定もとれると思うよ」
「それも占い?」
「いや、ただのカン」
ふたりで笑いあった。
その屈託のない笑顔を眺めると、今までよほどストレスを溜め込んでいたんだろうなと感じざるをえない。
「それじゃあ僕はこれから帰って物語を考えないと。お先に失礼するね」
「私もカフェに寄って復習しないと。早く北野くん並みに一発で憶えられるようにならないとね」
「危機感があれば誰にでもできると思うから、挑戦してみてね」
家に帰り着くと、早速「新感選十」に応募する「異世界転生」もののあらすじをタロット・カードで作ってみた。
正直、どれが大当たりするのかさっぱりわからない。
短編祭で何本も短編は書いてきたが、長編はまだ一本も書いていなかったからだ。
その短編もあまり評判はよくなく、伊井田飯さんからは「多歌人くんらしくない作品だなあ」との評を得ている。
やはりまだ使いこなせていないのだろう。
期限的にはまだ長編を試せそうだから、今から長編を一本書いてみて、「新感選十」には計三本を応募してみるのも悪くはないだろう。
弾は多いほうがよいのだから。
そのため今日中にあらすじを選ぶことにして、まずはこれぞと思えるカードが出るまで、何度でもカードを引き直してみた。
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