第31話 心境の変化

 土曜日になり、勉強もひと段落ついたところで『シンカン』のチャットルームに入った。


〔伊井田飯さんこんにちは〕

〔多歌人くん、こんにちは。どうだい模試のほうは〕

〔おかげさまで全問答えられたと思います。結果はじきに出るはずなので、詳しくはそちら待ちですね〕


〔そろそろ「新感選十」に応募する原稿を書かないといけないんじゃないかな〕

〔いつものスケジュールならそうですね。今回は募集終了してすぐに受験が控えているので、一週間以内にはあらすじを決めておかないと間に合わないと思います〕

〔で、タロット・カードはどうだい? 少しは役になっているの?〕

 答えようとしたところで入室があった。


〔伊井田飯さん、多歌人くんこんにちは〕

〔お、畑中くん、こんにちは〕

〔畑中さんこんにちは〕

〔タロットで傑作が書けるんだったら、俺も買おうかな〕

 畑中さんも興味津々のようだった。

〔いや、これがもう限界を感じてしまっていて〕


〔限界? どういうことだ?〕

〔物語をコントロールできないので、どうしても自分の枠内に収まってしまうんです〕

〔そんなに難しいのかい〕

〔はい、カードの意味を憶えるのは簡単なんですけど、出されたカードから物語を読み取っていくのが難しいんです〕

〔うわあ、多歌人くんでも難しいのか。これはうかつに手を出せないな〕

 基準が僕というのもよくわからないのだが、少しは難しさが理解できたのだろうか。


〔それで最近学校で占いをやっているんです〕

〔へえ、占いね。女子からモテモテじゃないのか?〕

〔占いくらいじゃモテませんよ、畑中さん〕

〔でも女子って総じて占い好きだよな。とくに恋占い。「俺、タロットで占えます」なんて魅力的な看板じゃないのか?〕


〔確かに頼まれるのは恋占いが多いですね。だから小遣い稼ぎにはいいかなと〕

〔報酬もらっているのかい〕

〔いえ、最初に占った子が、心ばかりで通販サイトのギフト券をくれたんです。で、いつの間にかギフト券が占いの報酬になってしまっていて〕


〔傍から見ればオレオレ詐欺と大差ないな。まあきちんと占っているのなら問題はないわけだけど〕

〔ですが、占いを始めてから物語がよく見えてくるようになったんです〕

〔というと?〕

〔なんて言えばいいのか。これまでハッピーエンドの確定カードでしかハッピーエンドは書けないと思っていたんですけど、多少悪いカードでもハッピーエンドが目指せそうなんです〕

〔理由はわかるかい?〕


 なかなか見通せないところはあるけど、思いつくままに書いてみた。

〔おそらくですけど、占いで依頼者の心証が悪いカードが出ても、それを肯定的にとらえて説明できるようになったんです。占いはできれば気持ちのいい答えを期待されるものですから、多少悪くてもよいところを見つけていこうっていう思考になりましたね〕

〔まさに占い師の思考だね〕

〔はい、実は以前タロット・カードをくれた友人に話したんですけど、カードにはハッピーエンド確定のカードというのが何枚かあるんです。そして自分もそれを使って物語を作るものだと思っていたんです〕

〔でも違っていたと〕


〔そうなんです。他人を占うようになって、悪いカードの良い面を見つけていくことで、思考がかなり鍛えられました。どんなに印象の悪いカードにも良い面がひとつやふたつあるもので。そこに気がまわるようになったのが大きいですね。これが正解かどうかはわからないんですけど〕

〔それならいっそタロット占い師になったらどうだい?〕

〔大学に受からなかったらさすがに考えますよ。今のところはプロの占い師になるつもりはありません〕


〔まあそもそも「新感選」で笹原雪影さんをギャフンと言わせるために始めたことなんだからね〕

〔まさにそこですね。次回も笹原さんが出てくるかはわからないのですが、もし来たときに絶対落とされない「異世界転生」ものを書いて見返してやりたいと思っています〕

〔前に聞いた話だと、異世界転生ってもうたいていのテンプレートが出ていて、あとはあまり派生できないんじゃなかったっけ?〕

〔だから突拍子もない発想が必要だったんです。今までの考え方を打ち壊して、まっさらな状態から「異世界転生」を作り上げてみようって〕


〔その答えをタロットに求めたってわけか。でも笹原って前回「異世界転生」ジャンルってだけで読まずにすべて落としたんだよな? それだとどんなに奇抜なものが出来ても読まれずに切られるんじゃないか〕

〔そこは考えておきました。異世界転生はタロットで作って、もう一作は書きたいものを書いてみようかと思っています〕

〔多歌人くんのお手並み拝見といきますか〕

〔そうだね。私も多歌人くんの取り組みを見守っていきたいところだね〕


〔じゃあ今度タロットで俺のこと占ってくれよ。俺が大賞獲れるかどうか〕

〔それは無理ですね。僕だって今回に懸けているんですから〕

 ここではいどうぞと答えたら、自分の野心の小ささを目立たせるだけだろう。

〔じゃあ勝負しようぜ。今度の「新感選」でどちらが大賞を獲れるのか〕

〔私も忘れないでくださいな。ここに来る人は皆大賞を狙っているんだから〕


 伊井田飯さんは佳作に残ったものの、書籍化はできなかった。

〔やはり佳作では書籍化は難しいですよね〕

〔難しいね。大賞の最優秀賞にもしものことがあったら、優秀賞の中から選ばれるからね。前回は大賞なしだったから、優秀賞から三本書籍化されたのが精いっぱいだね〕

〔それならやはり目指せ大賞! ですね〕

〔そういうこと〕



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