第28話 今回こそ

 昨夜の緊急メッセージを受けて放課後、板間さんと会うことになった。


「北野くん、高田くん、お疲れさまー」


 板間さんが明るい顔をしてふたりしか残っていない教室に入ってきた。

 高田のメッセージと板間さんの表情から、ある程度話の内容は察していた。


「どうやらうまくいったみたいですね、板間さん」

「えへへ、わかる?」

 かわいい顔立ちなのだが、すでに締まりのない表情を浮かべているため、なんと声をかけていいのか、言葉が見つからない。


「北野くんの言うとおり、あれから一週間待っていたら、彼の方から『付き合ってくれ』って言ってくれたの! これはもう北野くんのおかげだよ」


 そうは言われても、こちらとしてはタロット・カードを読み解いただけで、占いで当てたつもりはさらさらなかった。

 それにしても、あれだけ塞ぎ込んでいた板間さんは晴れやかな笑顔を振りまいている。恋愛問題が解決したからだろうか。


「それはよかったね、板間さん。今度どんな彼氏か紹介してほしいくらいだよ」

「雑務が終わったらここで待ち合わせってことになってね。もうしばらくすれば会えるわよ」

「ということは少なくとも僕と高田ではないわけだ」

「当ったりでーす!」

 ひとり浮かない顔をしている高田だが、彼女は狙っていた女子のひとりだったからな。


「鷹仁。今度俺の恋愛相談に乗ってくれ」

「まあお前の場合、まずは受験がうまくいくかどうかだな。それが終わらないうちに新しいリーディングをしたら矛盾するかもしれないだろ」

「そういうものなのか?」

「たぶん、ね」


「まさかすでに占っていて、結果が悪かった、とかいう話じゃないよな」

「それはないよ。今は小説のネタを考えるので手いっぱいだから」

 板間さんは嬉しそうな顔を向けてくる。


「それでね。占い好きな私の友達に話したら、私も占ってもらいたいって子が何人もいるのよ。彼女たちも見てもらえないかな?」

「人数次第かな。僕もまだ占いに自信があるわけじゃないから」

「とりあえず校内では三人に言ってあるんだけど、成功報酬が必要ってことにしといたわ」


「成功報酬ねえ。鷹仁、お前どれだけ受け取るつもりだ?」

「それは結果の出た人の心遣いってところかな」

 板間さんがカバンを開いて中から封筒を取り出した。


「私からは、これで。ここで中を見るのは野暮よ。家に帰ってから開けてね」

「幸せのお裾分け、ありがたくいただくよ」

「どう致しまして」

 廊下から誰かの足音が聞こえてきた。

「あ、来たみたいね。ちょっと待ってて」

 廊下へ飛び出した板間さんが男子生徒とじゃれあう声が聞こえてきた。

 相当仲良くやっているんだな。ふたりはすぐに教室に入ってきた。


「北野くん、こちらが私の彼氏で津前くん。私と同じクラスなんだ」

「なんだ、相手って津前だったの? 言ってくれれば俺が仲介したのに」

 高田は呆れたような顔をしている。

 そういえば高田は津前と同じアパートで暮らしているって前に言っていたな。

「恋の悩みは男子に話せないよ。絶対見返りを求めてくるんだから」

「で、鷹仁はいいのかよ」


「北野くんは占い師なんだからいいじゃない。相手が誰かなんて余計な詮索もしなかったしね」

「まあ津前くんも板間さんも、これから入試が控えているから、お互いを励まし合う存在になるといいね」

「ええ。北野くんにもお世話になったことですし、板間さんを支えていけるように頑張るよ」

 ふたりはにこやかな表情で教室を後にした。


「鷹仁! 早く俺の恋愛を見てくれ! 俺だって高校のうちに恋人作りたいぞ!」

「今日はやめとくよ。幸せにあてられて判断が狂いそうだしね」


 ◇◇◇


 うーん……。

 やはり今のままリーディングしても、これというあらすじに出会えないな。

 もっとタロットに習熟しないと難しいのか。

 でも昨日考えたように、プロの占い師だって大賞を獲れていないんだから、そもそもタロットが物語に効くという考え方そのものが甘かったのかもしれない。


 では「新感選十」のあらすじを今から二本ぶん考えるのか?

 いくらあらすじがあれば一カ月で執筆できるからといって、連続してふたつの物語を考えるのは正直つらい。

 なんとか余裕を持って執筆に臨みたいところなんだけど。


 あ、そういえば板間さんの報酬を確認しておかないと。

 カバンから封筒を、机の引き出しからハサミを取り出した。

 中を見ると、通販サイトのギフト券が入っていた。

 現金じゃないからまあいいか。しかし、これからいろいろ忙しくなるだろうから、正直通販サイトで資料を取り寄せられるのは役に立つのかもしれない。

 板間さんなりの気遣いが感じられた。

 まあなかなかインターネット通販をさせてもらえない家庭の事情はあるんだけど。まあ受験に関わればいくらか許してくれるだろう。


 しかし、彼女がどの範囲まで話をしているか、だよな。

 校内で三人に話したと言っていたが、そこからどんどんねずみ算式に人数が増えていくと……。

 これから先、執筆に専念したいから占いに時間をとられるのだけは避けたいところなんだけどな。


 まあ報酬にギフト券を選ぶくらいだから、それなりの配慮はしてくれると思いたい。

 受験生なのに占いに忙しくて現役合格できませんでした、なんてシャレにならないからな。


 勉強以外の時間は、小説の執筆だけに使いたい。

 今回こそ大賞を獲らないと、大学に入ってからだと難しくなるからな。


 司法試験や国家公務員試験など、受験が増えるから勉強に時間を割かなければならなくなるはずだ。



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