第26話 タロット創作への迷い
「それでこういう障害が現れるんだけど、結果としては近いうちに先方からお付き合いを申し込まれるはずです。それが待ちきれなかったらこちらから切り出してもだいじょうぶですよ。この恋愛は必ず成就しますから」
それまで不安げだった板間さんの表情が一気に華やいだ。
「ありがとうございます!」
急に元気になったようだ。まあ恋愛成就が出たからなおさらか。
「最後にひとつ、付け加えていいかな」
「はい、なんでしょうか?」
場に出ていたカードを回収した。
「僕はまだタロットを始めたばかりだから、必ずしも当たるとは限らない、ということは肝に銘じてください。こちらから切り出して断られる可能性もなくはありません。なので一週間は相手の出方を待ってくださいね」
「わかりました。で、鑑定料はおいくらですか? いちおう相場は聞いてきたんですけど」
うーんお金か。確かに欲しくないといえば嘘になるけど、お金をもらって外れましたじゃ悪評が広まるだけだしな。
「お金は要りませんよ。まだ見習いですからね。占う経験を積めただけでもありがたいことです」
「わかりました。今日はありがとうございました。お先に失礼致します」
「お疲れさまでした」
勢いよく一礼した板間さんは元気よく教室を飛び出していった。
廊下で待っていた高田が入れ替わりでやってくる。
「鷹仁、結局どんなことを占ったんだよ?」
「それは守秘義務があるから言えないな」
「どうせ恋占いなんだろ? 女子高校生で占いたいことなんて恋愛くらいなんだから」
高田の見立てはちょっと短絡に過ぎるかな。
「進学かもしれないだろ? 他にも家庭のことや金運なんてこともありうるぞ」
「金運を見るために金を払うなんて馬鹿らしいとは思わんのか?」
「言っておくけど、お金はもらってないからな」
「えっ? 占いって鑑定料とかもらえるものじゃないのか」
やはり二心ありだったか。高校生で仕事でもないのに占って金をもらうのはどうかと思うのだが。
「そもそも素人が占って、当たるかどうかもわからないのに金をとれるかっていう話」
「じゃあ当たったらもらえるとか?」
「そんな約束はしていないから、今回はなにもないと思うよ」
「人が良すぎるのも考えものだな。一昨日、チャットで槍玉にあがったことだって、お前が馬鹿正直にタロットで作りました、なんて言ったからだろう」
占いが終わった後に言うことだろうか。
まあそのくらい図太くないと人生楽しめないんだろうけど。
「とにかく、次の小説賞だ。頑張れよ」
「それなんだよなあ」
「どれなんだよ」
「小説に向いた物語がなかなか浮かばないんだよ。毎日タロットで物語を考えているけどどうにも煮えきらなくて。そろそろスプレッドを新しいものに切り替えようかと考えているところ」
「スプレッドがなにかよくわからんが、それを変えれば浮かんでくるものなのか?」
「板間さんを占ったのが“ケルト十字”というスプレッドつまりカードの置き方なんだよ。これは十枚のカードで占うんだけど、そのぶん深い物語を作り出せるんだ」
「ということは、カードの枚数を増やせばいけるんじゃないのか?」
「そういうものでもないんだ。枚数を増やすと回数を重ねても同じカードが出やすくなるから。二十枚もカードを引いて二十回も並べるとたいていはかぶってしまうんだ。だからカードは少ないほうがよい、と今では思っているところ」
「今はどんな並べ方なんだ?」
「まず物語そのものを象徴するカード。これ一枚でハッピーエンドになるかどうかがわかるようにしている」
一枚カードを出して置いてみる。
「今出たのが『死』のカードだけど、これがハッピーエンドになると思うか?」
「いや、最終的に主人公が死んじまいそうだな」
「ところがそうでもないんだ。これは今までの流れが断ち切れて、新しくなにかが始まるカードなんだ。だから『死』のカードだけど、必ずしも誰かが死ぬわけじゃない」
「でもハッピーエンドは難しいんじゃないか?」
「お前の言うとおり。今までの流れが断ち切れる、ということは死にはしないかもしれないけど、これまで続いていたものが終わるってことだから」
カードの束からカードを選んでいく。
「それまでがどんなによいことが起きていてもそれが断ち切れて新しい展開になる。これが良い終わり方になるかと考えればまず無理だね」
「まあ、確かにそうだな」
「で、仮に悪いことが続いていてそれが断ち切れて新しい展開になる。これは良い終わり方にはなるだろうけど、そこまでの物語がダークな感じがするからハッピーエンドというよりもなんとか普通に戻りましたっていう物語になりやすいんだ」
「でもよ。そうなると小説としてハッピーエンドになるカードなんてたかが知れていないか?」
「そのとおり。だから悩んでいるんだよ。たとえば文句なしのハッピーエンドになるカードとして──」
カードをとりあえず三枚並べていく。
「この『星』『世界』『ワンドの四』なんかがあるんだけど、これを先に決めてしまうと、同じ物語しか書けなくなってしまうわけ」
「うわっ、めちゃくちゃ面倒くさいじゃないか、それ」
「そ。だから困ってるんだ」
そうなのだ。
そもそも最初からハッピーエンドの物語になりそうなカードが少ないうえに、そのハッピーエンドのパターンもたかが知れている。
これだと自分でハッピーエンドの物語を考えたほうが手っ取り早いとさえ言える。
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