第22話 仲間のリーディング
久しぶりに小説投稿サイト『シンカン』へやってくると、畑中さんが「ハッピーエンド大賞」の最終候補に残った話で持ちきりだった。
そういえば自分が一次選考落ちの通知を受けて追いかけていなかった。
改めて「ハッピーエンド大賞」の特設サイトを覗くと、確かに畑中さんの作品が最終候補に残っていた。
〔畑中さん、おめでとうございます〕
〔多歌人くん、お先に書籍化できそうだよ〕
〔確か畑中さんって僕と同い年でしたよね?〕
〔そうだけど。異世界転生は書かないから笹原に睨まれることもないからな〕
畑中さんのラブコメは確かに逸品だと思うし、文章では正直敵わないほどの描写力を有している。たとえ畑中さんが僕より執筆歴が長いからといって、この描写力には素直に脱帽である。
〔それよりタロット・カードで小説を書いているんだって? さっき伊井田飯さんから聞いたんだけど、手応えはどうよ?〕
かなり特殊なことをやろうとしているので、やはり多くの人が関心を持っているようである。
〔今のところは面白く取り組めていますけど、なかなか難しいのは確かですね〕
〔やっぱり難しいんだ〕
〔はい。自分で考えつかないような奇抜さは出せるのですが、それをハッピーエンドにつなげられるかというと難しいんです。人生の半数がハッピーエンドだとしても、タロットでハッピーエンドを引き当てるのが難しいんですよね〕
〔やっぱり自分の頭で考えろってことじゃないか?〕
〔そうですね。でもタロット・カードをくれた友人のためにも、なんとか一作くらいどこかに引っかかるような作品を書きたいんですよね。それまでは挑戦し続けるつもりです〕
〔友達は大事にしないとな〕
〔小学校からの付き合いですからね。簡単にあきらめられませんよ〕
高田の好意に応えるためにも、なんとか一作くらい実績を残したかった。
〔せっかくタロット・カードを使っているんだったら、俺のことを占ってみないか?〕
〔え? 今から占うんですか? 大賞が獲れるかどうかでしょうか?〕
〔ま、そんなところ。一気に書籍化まで決めたいんだけど、ハッピーエンド大賞は最優秀賞を獲らないと書籍化しないからな〕
〔まあ多歌人くんがよければでいいんだけどね〕
〔伊井田飯さんまで。わかりました。まだ占い師ほど当たると決まったわけではないのですけど、ご要望でしたら〕
机の上を片付けてタロット・クロスを敷き、タロット・カードを取り出してその上でシャッフルを始めた。
〔それでは今からいくつか質問をしていきますから、正直に答えていただけますか?〕
〔個人情報が必要なの?〕
〔いえ、ただイメージを膨らませたいだけです。個人情報は伺いません〕
〔なら安心か。じゃあいいぜ。個人情報以外なら、なんでも質問してくれ〕
畑中さんをリーディングしたところ「大賞は逃しそうだ」という結果が出た。
〔でも、占い師のように当たるかは別なので、気落ちしないでくださいね。僕のリーディングが下手くそだと思うので。畑中さんなら実力で獲れると思いますよ!〕
〔ああ、かまわないよ。ちょっとした願かけのようなものだから。大賞は実力で獲りたいしね〕
〔伊井田飯さんも占ったほうがいいですか?〕
〔私はいいよ。あまり占いは信じないほうなんで。ただ、物語づくりにタロットを使うのはプロ占い師の発想だったのに、そのためだけにタロットを学んでしまうんだから、その実行力には感服するよ〕
〔ありがとうございます〕
〔これで東都の文一に行こうっていうんだから凄いよなあ〕
〔え? 多歌人くん東都の文一志望なん?〕
〔あれ、畑中さん知りませんでしたか?〕
〔ああ、初耳だな。うちの学校にも小説書いて東都に行こうとしているヤツがいたっけな〕
自分で言うのもなんだけど、ずいぶんと珍しい人が僕以外にいたなんて。ちょっと笑える話ではあるな。
〔推薦とか一芸とかですか?〕
〔かもしれないけどね。詳しくはわからんな〕
〔もしかしたら同じ高校に通っていたりしてね〕
〔まさか、それはないでしょう〕
〔事実は小説より奇なりって昔から言うからね。案外そんなものかもしれないよ〕
〔それなら本人に直接聞いてみたら面白いことになるかもしれませんね〕
〔俺は身バレしたくないから、こちらからは声をかけないよ?〕
まあ僕もあれこれ詮索されたくないから、畑中さんを探すようなことはしないつもりだ。
〔まあ多歌人くんが来てからまだ二年半くらいだから、身分は秘匿していたほうがいいね。もちろん信用はしているけど、信用と信頼は別物だからね〕
〔わかりました。僕も畑中さんを見つけようとは思いませんから〕
〔でも大賞を獲ったらさすがにバレるかもしれないよなあ。なんとかごまかしたいところだけど〕
まあ「ハッピーエンド大賞」は「新感選」と比べて賞金も少ないし、『シンカン』主催の小説賞は基本的には身分がバレそうな公開方法は獲っていないからだいじょうぶだと思うけど。
〔そういえば、畑中さんって文芸部に入っていたりします?〕
〔ああ、入っているけど。それがなにか?〕
〔僕、文芸部に入っていないんですよ。やはりしっかり書けるようになるには文芸部は必須なんですかね?〕
〔まあ、部活動の時間を使って執筆できるから、高校生なら入っていたほうが楽ではあるな。お互いの作品の読み合いなんかもやってるから向上心も高まるし。でもじきに入試なんだから、今から文芸部に入っても意味ないでしょ〕
〔そうですよね。大学に入ったら文芸サークルでも探してみますか〕
〔多歌人くん文一志望なんだから、サークル活動している余裕はないと思うけどね〕
〔そ。司法試験とか国家公務員試験とか、文一だと難しい試験をクリアしてなんぼだと思うぜ〕
ということは、東都に受かったら今までどおり独学が一番なのかな。
独学での手詰まりを感じていたんだけど。
まあ先人と同期がそう言っているのなら従うべきかもしれないな。
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