第六章 焦燥
第21話 難しいところ
しかしタロット・カードで物語を紡ぐというのは、言うのは簡単だが行なうのはとてつもなく難しい。
そもそもタロットが見せる物語は、人生の酸いも甘いも噛み分けるようなものになりがちだ。
だからこそイメージを喚起するタイプの占いとしては有名なのだろう。
確かに人生は山あり谷ありで、誰もが必ずハッピーエンドを迎えられるわけじゃない。
それでも小説では基本的にハッピーエンドが求められる。
人に夢を売る商売といえばよいのだろうか。
最後まで楽しく読んできたのに、ラストで主人公が亡くなって迎えるエンディングはあまり受け入れならない傾向にあるのは事実だろう。
とくにライトノベルは楽しく読むための小説だから、物語も明るいものが求められるし、あまり深く考えるような作品も評価されづらいとされる。
まあ異世界転生のハッピーエンドばかり書いてきた僕が言うのもなんだけど。
それでもタロット・カードで初めて作ったあらすじは、今までの作品とは一線を画したものに仕上がった。
でも伊井田飯さんは取り立てて奇抜な印象は受けなかったという。
それもハッピーエンドになりそうなリーディングだけを求めていたからかもしれない。
次作もタロット・カードであらすじを書くのなら、たとえバッドエンドのリーディングが出ても、それをなんとかハッピーエンドに持っていくくらいの豪腕は振るうべきだろう。
前回は初めてだったため、つい萎縮してしまったところがあった。
オレンジのカーペットを敷いてある床に座り、タロット・クロスを広げてタロット・カードをシャッフルする。
次の物語のヒントと、前回課題だった終盤の苦しさを解消する方法を探らなければならない。
そこで短編を何本か書こうと決めて、それに伴ったスプレッドの開発を考えてみた。
物語を象徴する一枚のカードは逆位置を含めて百五十六通りである。
それだけでも描ける物語は多いはずだ。
それなのに前回の長編は終盤に苦しさを感じた。
短編なら終盤どころか書き始めからすぐに終わるため、苦しさはさほど感じないだろう。
だからまず短編をこなして、タロット・カードから生まれた偶然を活かした作品を書く。これができないのに最初から長編に挑んだから、うまくいかなかったのだろう。
落語に『三題噺』があるように、小説にも三題噺があってもよいはずだ。
それならタロット・カードを三枚引き、そこから短編を仕上げていく練習を積む。
高田からは「頭が固いな」と言われたが、しょせん地道に取り組んでいくことしかできない人間なのだ。
とりあえずあまり考え込まずに『三枚噺』のつもりで気軽に取り組んでいく。
幸い『シンカン』サイトで短編のイベントが始まることもあり、あまり考え込まずに作品を創ってみる。
幼稚園保育園の頃からの読み聞かせや、中高生で朝に小説を読む活動が広まっているが、それだけ読み手が減ってくる危機感もあるのだろう。
もちろん読解力を高めてテストで問題文を正しく把握するためにも必要ではある。子どもの頃に正しい読解力が得られれば、テストの勘違いは少なくなり、正確な実力を把握できるようになるはずだ。
今回の短編イベントは「朝読」活動の一環としてであり、読み手も中高生と年齢も高くない。
ライトノベルとの親和性が高い世代ではあるが、最近の中高生は試験での読解力を鍛えるために、明治後期から昭和初期までの名作を読むことが多い。
かくいう自分も『シンカン』で小説を書くまでは文豪の作品を読んでいたくらいだ。
今は「青空文庫」で文豪の作品はパソコンやスマートフォンさえあればタダで読める状況にある。
だから現代文の試験に出てくる文豪の作品を読み慣れていれば、高得点を獲るのは意外と簡単である。
それなのにわざわざ小説投稿サイトで素人の書くライトノベルなんて、そもそも需要があるのだろうか。
最近の読書傾向を調査したところ、中高生よりも中年男性のほうが小説投稿サイトの利用率は高く、いわゆるオタクと呼ばれた人たちが集う場と化しているようだ。
当初中高生を当て込んでいたのだから、この傾向の変化が「小説賞」に与える影響は大である。
『シンカン』でウケるものが「小説賞」でウケるとは限らない。
とくに今回の「新感選」ではサイトでは一番人気だった異世界転生ものが最終選考に二本しか残っていなかった。しかもその二本すら佳作にとどまった。
書籍は読み手不足が嘆かれるのに、ウケる作品と売れそうな作品には乖離があるのだろう。
だが近年サイトでウケる作品が必ずしも書籍の売上が伸びるとは限らず、そのため選考もやや文芸色が生まれてきたのかもしれない。
質を求めるために今回雇ったのが純文学雑誌『シンカン』で執筆しているプロ作家たちだ。
しかし笹原雪影のように「異世界転生はすべて読まずに落とす」ようなことが他の作家でも起きなかった保証はない。
そうまでして選んだのに大賞はなし。
小説賞は大賞を選出してその売上から開催費用を賄うのが常である。
だからこそ、僕はタロット・カードの偶然性に頼ろうとしている。
今までの異世界転生では考えられなかったような展開を持ち込めば、きっと笹原が相手でも下剋上できるはずだ。
そのためにも、早くタロット・リーディングに慣れるべきだろう。
短編小説を数多く手がけていけば、そのうちタロットからくる違和感をうまく取り込めるはずだ。
そのために一日一本短編を書いてみることにしたのだ。
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