第20話 経験が足りていない

 二学期となって少し経った頃、「シンカン・ハッピーエンド大賞」の第一報が届いた。

 応募した作品が一次選考を通過したかどうかを知らせる速報である。


 初めてタロット・カードを使って完成させた作品は、やはり一次選考を通過できなかったようだ。

 しかも初報がすぐに返ってきたところを見ると、箸にも棒にもかからない作品だったのだろう。


 なにかが足りていない、というのがわかっただけでも一歩前進である。

 しかし、なにを足せば通過するのだろうか。

 考えるには材料が不足している。


 今回の創作で最も苦労したのが「ハッピーエンドを狙って書く」ことだった。

 とにかくハッピーエンドのカードが出るまで、カードを引きまくっていた。

 なので、元々自分が「ハッピーエンド」と思える物語をただ引いていたに過ぎなかったのだ。


 これでは厳密に「タロット・カードで創作した」とは言えないだろう。

 しょせん自我の枠内でしか物語を紡ぎ出していないのだから、今までの自分と大差なかった。


 そう考えたとき、自分に足りないものがあるとすれば、未知の物語を書く図太さではないだろうか。

 自分の中にある物語であれば、自分でコントロールできるからいくらでも書きようはある。

 しかし未知の物語になりそうなとき、無意識に抑制して不安を回避していただけのようだった。

 あえてその不安に飛び込んで、自分の中には存在もしていない物語を恐れずに書き切るだけの神経がなければ、せっかくのタロット・カードが無駄になってしまう。


 たとえ書きようのない「バッドエンド」の物語ができても、なんとか書いてしまうだけの筆力を身につけなければ、能力拡大すら望めないのかもしれない。


 次の小節賞では、どんなカードが出てもそれに従い、物語を紡いでみよう。

 不得意な物語にも果敢に挑戦して経験を高めていく。

 慣れない執筆がいくらか続くだろうが、それで能力の拡大と物語の多彩さを得られるのであれば、取り組むだけの利点はじゅうぶんにある。



 海悠高校の教室で弁当を食べながら、高田と話をしていた。

「で、タロット・カードでの処女作はあえなく撃沈したわけか」

「まあ最初の作品だからね。いろいろと反省点だってあるよ」

「まあ分析力も図抜けているんだから、俺よりもよっぽど試行錯誤に合っているよな」

「それほど要領がよいのなら、きっと一発目から受賞していると思うんだ」


 考えてみればそのとおりで、本当に要領が良ければ最初の作品からしっかりとした青写真を描いて取り組めたはずなのである。

 しかし「初めてだから」を口実にしてつい弱気になってしまった。

 次の作品では不退転の決意で臨むつもりだ。

 どんな物語が出来ても書き切ってやると意気込みだけは大きい。


「そういえば、志望校はどうするんだ? 俺は私立日理の理学部にするつもりだけど。お前も頑張れば受かるからと言っていたからな」

「なんなら今からもう一度占ってみようか? 一式持ち歩いているからね」

「そうだな。今の進捗状況も気になるところだし、もう一度頼むわ。で、お前は東都の文一でいいんだよな?」

 大きなメガネのレンズから覗く瞳がキラリと光ったように見えた。


「ああ、今度の模試でもA判定なら変えないつもり。夏期講習にも行っていたから自信はあるんだよな」

「その自信が小説にも使えたら無敵じゃないのか?」

 こちらの表情の変化を探るような視線だ。


「勉強は上限があるから突き詰めていってもたかが知れているんだけど、小説はなにか正解があるわけじゃないからどこまで行っても不安がつきまとうんだよな」

「じゃあ文一で安定した職に就けたら小説は書かないのか?」

「いや、先がわからないから面白いんだよ。小説賞はまったく予測不能で、だから挑み甲斐がある」


「その言い分だと、まるで宝くじやメガビッグのような言い草だな」

「そういう要素はあるかもね。傑作を書いたと思っても落選することは多々あるし、なにが大賞になるのかまったくわからない。だから面白いんだよな」

「お前、将来ギャンブルには気をつけろよ。射倖心が煽られてすぐに散財してしまうだろうからな」

 確かに小説賞だけでたくさんだ。

 ギャンブルは確率の世界と言われるが、小説賞は確率じゃない。

 今回のように大賞が出ないときもあれば、複数作が大賞に選ばれるときもある。

 そういう意味では『良い作品を書けば報われる』世界なのかもしれないな。


「で、お前はその『良い作品』を書けていないわけだ」

 皮肉を言ってくるが、事実だから仕方がない。

 こうは言っているものの「小説を書く才能がない」とは一度も言われなかった。夢を追う者を応援するのが趣味のようなヤツだからな。

「これから小説賞に片っ端から応募するつもり。それで未知の物語に耐性をつけて、『新感選』で大きな勝負を懸けるつもり」

 ごちそうさまでした、と手を合わせて弁当を風呂敷に包んでいく。


「とにかく大賞を狙うにしても経験値が少なすぎるのが痛いな。まず長編小説を十本くらいは書かないと、仮に大賞を獲っても書籍化までが地獄だろうし」

「確かにな。それにしても高校入学してからどのくらい長編って書いているんだ?」


「高一から『新感選』に応募して、高二でゲーム小説大賞にもで、今年はハッピーエンド大賞にも出したから六本か。やはりまだまだ経験が足りていないんだよな」

「三年で六本だと高校在学中に十本は難しいか。卒業してからも連絡はとろうぜ。お前と別れてから大賞を獲られたんじゃ、まるで俺が疫病神みたいだからな」

「持つべきものは理解力のある友人だからね」



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