第19話 新感選九、最終審査結果発表

 二学期を目前とした八月三十一日。いよいよ「新感選九」最終審査の結果が発表される。

 書籍化作家でもある伊井田飯さんと、異世界転生の凄腕であるわさび餅さんがどの賞に残るのか。結果がたのしみだ。もちろん僕の異世界転生が残っていたら、相当戦えたのではないかとの恨み節も出るのは致し方ない。


 パソコンを立ち上げて、ウェブブラウザで『シンカン』の「新感選九」特設サイトへ駆けつけた。最終選考を勝ち抜いた二十作はこれから大賞である最優秀賞を始めとして、引けをとらない優秀賞、佳作、特別賞に振り分けられていく。


 次回の戦いやすさを考えれば、伊井田飯さんとわさび餅さんにはぜひとも書籍化を勝ち取ってもらいたいところだ。

 そうすれば少なくともふたりと戦わないで済む。

 もちろん次は誰であろうと勝つつもりではいるのだが、正直ふたりに勝つのは難しい。

 とくに異世界転生ものの筆頭であるハワード三世さんや今回最終選考を通過したわさび餅さんは、異世界転生で戦う以上、強敵となる。


 久しぶりにチャットルームへ入った。

〔伊井田飯さん、わさび餅さん、こんにちは〜〕

〔あ、多歌人くん、久しぶりだね〕

〔お先しています〕

 あまりチャットルームには入ってこないわさび餅さんだけど、今日は発表もあるから入室しているみたいだ。


〔いよいよこれから最終審査の結果発表ですね〕

〔また書籍化が狙えるところに行きたいところだけどね〕 

〔やはり書籍化が決まると違いますか?〕

〔そうだね。担当編集さんがついて、書籍化に向けての契約を交わす段階まで行くと、「私もこれからプロ作家なんだ」って実感が湧くね〕

〔そうなんですね。僕も早くプロになりたいなあ〕


〔今年受験生なんだから、あまり小説にかまけて無理しちゃダメだよ〕

〔多歌人さんは受験生ですか。じゃあ次の「新感選」は参加しないの?〕

〔もちろん参加しますよ、わさび餅さん。いい大学に入るのも重要ですけど、僕はプロ作家になりたいとずっと思ってきていて〕

〔確かにこれは受験を頑張ってと応援したくなるね。小説はいつでも書けるけど、入試は一生に一度なんだからそっちを頑張らないと〕

〔いちおう志望校はA判定なんで、あとはきちんと授業を受けていれば問題ないですよ〕

〔確か国公立の文一だって聞いていたけど、まだ目標は変えていないのかい?〕


 そういえば二学期が始まろうとしているのに、まだ受ける大学を明確に決めていなかった。

 東都大学の文一でもだいじょうぶだとは思うんだけど。

 そろそろ次の模試もあるからそこでもいちおう東都大学の文一を第一志望にしておくべきかな。


〔いちおう東都の文一を第一志望にしています〕

〔えっ! 東都の文一でA判定? 多歌人さんって凄いんですね。黙っていてもエリートコースを歩けるのに、なんで小説にこだわっているんですか?〕

 高田にも同じこと言われているけど、答えはいつも決まっている。


〔やっぱり小説が好きなんだろうなって思います。自分の考えた物語が多くの人に読んでもらえるって、夢が詰まっているんですよね〕

〔まあ東都出の作家だって何人もいるし、きちんと授業を受けるのであればだいじょうぶだろうね〕


 するとパソコンのアラームが鳴った。結果発表の13時を迎えた。

 しかし「新感選」は毎度発表スケジュールが変更になるから、それを追うだけでもたいへんだ。


〔いよいよ各賞の発表ですね〕

〔もう一度、夢を見させてくれ……〕

〔書籍化が決まりますように……〕


 例のごとく、ちょうどの時間ではサイトに変化はなく、何度目かのリロードでようやく『シンカン』のトップページに「新感選九」の審査結果へのリンクが出現した。


 さっそくクリックすると。


 最優秀賞である大賞は「該当なし」だった。

 しかし優秀賞に残れれば書籍化の権利は手に入る。

 伊井田飯さんはもちろん、わさび餅さんもここに載っていればいよいよ書籍化作家の仲間入りだ。

 次のページへのリンクを踏むと、続けて優秀賞が表示された。

 スクロールさせて優秀作を次々と読んでいく。しかし伊井田飯さんもわさび餅さんも名前は載っていなかった。

 あとは特別賞と佳作だけど、どちらも書籍化は約束されていない。

 探していると、伊井田飯さんの作品が二本とも、わさび餅さんの異世界転生ものも佳作に入っていた。


〔伊井田飯さん、佳作って喜んでもいいのでしょうか?〕

 確かに書籍化は逃しているんだけど、あと少しでということなのだから可能性は残ったと見るべきだろう。

〔まさか二作とも佳作とは思わなかったなあ。一本くらい優秀賞に入ると思っていただけに〕

〔ですが佳作でも書籍化したケースがないわけじゃないので、お二方とも、ここは喜んでいいと思いますよ。おめでとうございます。今回は大賞が出なかったので佳作からも何本か書籍化されると思うんですよね〕


〔確かに多歌人くんの言うとおりか。とりあえず作品のレベルは評価してもらえたわけだし、次回頑張ってみるよ〕

〔多歌人さん、ありがとうございます。私も「新感選十」に向けて頑張ります〕

 ふたりの意気込みを聞いていると、僕も頑張らなきゃと思えてくる。


 それにしてもお二方ほどうまい小説を書いても大賞には手が届かないのだから、今よりももっとレベルアップしないといけないな。

 次回はこの二人とも戦って勝たなければならないのだ。


 そして次回の「新感選十」の募集スケジュールが発表された。

 応募期限は来年一月末。二月に一次選考通過作発表、三月に二次選考通過作発表、四月に最終結果発表となる。

 まさに受験生である僕にあてつけたようなスケジュールだ。

 だからこそ不安が付きまとってしまう。


 受験のプレッシャーはまったく感じないのだが、小説賞のプレッシャーは凄まじいものがある。

 おそらく自分でも自信が持てないからだろう。


 勉強はどれだけ記憶しているか応用ができるかくらいしか求められない。

 しかし小説賞はどこまで突き詰めれば通るのか。その判断すら自分ではできない。目安がわからないから不安が募り、自信が持てなくなるのだろう。


 次回までにどれだけ自分を進化させられるのか。

 そこが鍵を握っているようだった。




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