第18話 推敲
パソコンを立ち上げているものの、ウェブブラウザは開かず、小説を執筆するキーボードの音だけがカタカタと打ち鳴らされている。
「シンカン・ハッピーエンド大賞」へ向けて執筆を開始して一カ月。
最初は迷っていたが、書いているうちに筆が乗ってきて、終盤からまたキツくなっていった執筆作業を経て、妙な自信がみなぎっている。
もちろんタロット・カードを使った初めての作品である以上、今回はあくまでも「試し書き」だ。
それでも自信にあふれているのは、今までの自分では思いつかなかった展開を書けたからである。
いつもどおり執筆できれば、募集開始からひと月以内、最速で今日には応募できそうだ。
夏期講習に通ってはいるものの、勉強はそれだけしかしていない。
残りはすべて執筆に当てていた。それほど“新しい書き方”を身につけるのに躍起になっていたのである。
夏休み中は夏期講習と執筆に明け暮れ、ともに終わりが見えつつある。
じきに夏休みは終わり、二学期が始まるといよいよ大学入試が現実味を帯びてくるのだ。
他の受験生は目の色を変えて学業に励んでいるはずだが、いまだに小説を書き続けているのは、そんな彼らへの優越感があるのかもしれなかった。
だが、これから出し抜かれないために夏期講習を受けたのであり、すでに大学で習う範囲までも学んでいたので焦りはない。
だからこそ執筆に勤しめるのである。
その執筆もまもなく終わる。
今「シンカン・ハッピーエンド大賞」への応募作の最終話を書いているところだ。
タロット・カードを使った初の作品ではあるものの、正直にいって物語は破綻しているかもしれなかった。
それでも自分にはない発想が出てきたことが嬉しかった。
当初の想定で高田に語ったように、自分では思いつきもしなかった物語が書けている。
仮に落選してもかまわない。
初めての書き方に慣れ、多作が利くようになれば、そのうち大当たりを打てるのではないだろうか。
振らないバットにボールは当たらないのだから。
まあ当てにいかずにフルスイングを繰り返していても、ボールにはいっさい当たらないだろうが。
やはりある程度しっかりした小説の筋を通さなければ、受賞はありえないだろう。
書きながらではあるものの、その反省は次に必ず活きてくるはずだ。
最終話の執筆も残るところ「どのようなハッピーエンドにするのか」を書くだけとなった。
主人公と仲間たちが和解して終わるのか、主人公が最愛の人と王城を旅立って終わるのか。
こればかりはタロット・カードからの着想は得ていない。どちらを書いたほうがうまく収まるのか。
文書ファイルを先頭まで戻して、いったん全文を読み返すことにした。
主人公がどちらを選ぶのが自然なのか。読み手の納得がいくのか。
こればかりは書いているだけでは正しく見分けられない。
読み手の立場になって文章を読み返すことで、初めて冷静に判断を下せるのである。
そして結論が出た。
ここは和解よりも最愛の人と旅に出たほうがよりハッピーエンド感が高いだろう。これで残りの執筆が一気に進んだ。
そして最後に「─了─」と書いて原稿を書き終える。
ここから推敲を始め、文章を練りあげ、誤字脱字や勘違いな表現などを修正していく作業が残っている。
いちおう全文書き終えたことで、心に余裕が生まれたのは確かだ。
とりあえず原稿を寝かせるため、夏期講習で買ったテキストをもとに受験勉強を始めた。
曲がりなりにも受験生ではあるので、空き時間は入試対策に勤しもう。
あれから三日間、受験勉強に費やした。もうそろそろいいだろう。
寝かせていた文書ファイルを開いて、レーザープリンタで縦書き印刷していく。
推敲はパソコン上でもできなくはないのだが、やはり紙に縦書きで印刷すると「小説を書いている」感が出てやる気にあふれてくる。
そして推敲を始めるのだが、やはり紙で見ると誤字脱字がよくわかる。
やはり小説は縦書きで読んで初めて正確に推敲ができるのだ。
赤ペンで指示をチェックしていき、変換ミスには正しい漢字を添え、よりわかりやすい表現や深い描写などを練っていく。
書き上げたらそれで執筆終了とはならない。
推敲作業も一回だけでなく二回三回と繰り返すことで、文章はさらに格好よくかつ的確になる。
「新感選九」へ応募した二作品も同様の推敲をしていたのだが、それでも一次選考を通過しなかった。
三回挑んですべて一次選考落ちなのだから、やり方を根本から変えなければならないのは明らかだ。
そこで伊井田飯さんに多くの方の書き方を聞き、その中からタロット・カードに心を惹かれた。
占いの道具としての側面が強いタロット・カードだが、だからこそ物語を紡ぐのにも向いているのだ。
カードの組み合わせから物語を構築して、依頼人に結果を伝えるのが占いだ。
カードの組み合わせから物語を創る。
それ自体を目的として小説を書くのは現役タロット占い師の発想だ。
しかしド素人の自分でもある程度の物語が作れるのだと証明するよい機会となっている。
全文を印刷しては推敲して修正する。
三日連続で行なって瑕疵がないと判断できたところで『シンカン』へ予約投稿して「シンカン・ハッピーエンド大賞」のタグを付けていく。
これで連載終了した段階で完結済みに移行すれば応募完了となる。
今日はもう遅いので、夏休み最終日である明日に『シンカン』のチャットルームで執筆終了を宣言することにした。
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