第五章 空転

第17話 きっかけ

 夏休みの最中に今年の「シンカン・ハッピーエンド大賞」の募集が開始された。ここで例の「SF転生」を試してみることにした。


 物語はタロット・カードを六枚引いて決めようと思ったのだが、これが意外と難しい。

 ハッピーエンドが大前提なので、カードを引いてもハッピーエンドのカードがなかなかまわってこないのだ。これはなかなか手強いかもしれない。


 そして八回目に引いたのがハッピーエンドが確約できるカード「世界」だった。


 しかしこれで本当によいのだろうか。

 最初からハッピーエンドを求めてカードを引き続けたのだから、こちらが書きたい物語をカードに託した形になっているのではないか。

 迷いはあったものの、まず書いてみないことには良否は判断できない。

 とりあえず、八回目のリーディングを元に物語のあらすじを組み立ててみることにした。


 リーディングから物語を作るのは初めての体験であり、かなり難航した。

 最初こそ物珍しさで面白く書けるのだが、だんだんカードの制限が厳しくなり、あらすじを作るだけでもひと苦労だ。


 ちょっと気分を変えるべく、パソコンのウェブブラウザを起動して『シンカン』のチャットルームへ入った。

〔皆さんこんばんは〕

〔多歌人くん、こんばんは〕

〔こんばんは〜。今日は遅かったね〕

〔わさび餅さんお久しぶりです〕


 そういえばそろそろ「新感選九」の最終選考が終わる頃だっけ。

 今年は書籍化経験のある伊井田飯さんと気鋭のわさび餅さんが最終選考に残っている。


〔伊井田飯さんから聞いたんだけど、多歌人くん今タロット・カードで物語を作る勉強をしているって聞いたんだけど、どんな感じかな?〕

〔いやあ、これが聞くのとやるのとでは大違いですね。とにかくハッピーエンドのあらすじを作ろうと思っても、カードをめくってハッピーエンドにならないことが多くって。やり直しばかりなんですよ〕

〔ああそうか。「ハッピーエンド大賞」の募集が始まっているんだったっけ〕


〔伊井田飯さんとわさび餅さんは新感選の最終選考まで残っていますから、優秀賞以上なら書籍化決定ですね〕

〔例年どおりならね。今年は荒れちゃっているから、正直どうなるのかまったくわからないんですよね〕

 一次選考から大波乱で、二次選考後も「異世界転生」が槍玉に挙げられた。とどめを刺したのが笹原雪影さんのあの発言だ。


〔わさび餅さんの異世界転生、すごくよかったですよ。僕もああいうお話が書いてみたいですね〕

〔同じものを書いても通過しないからね。前回の佳作以上のものを書かないと二次選考すら通過できないから〕

〔それ、前も言われましたね。確かに今年は一次選考を通過できなかったんですけど〕

〔多歌人くんの場合、笹原さんが読まずに落としたのか、他の選考さんが読んで及ばなくて落とされたのかの区別がつきにくいんだよね〕

 自分としては過去一番の傑作だと思っていたのだが、周囲の反応は今ひとつだったような気がしないでもない。


〔多歌人さんの作品、いちおうチェックしていたんだけど、あれくらい書けていたら一次選考は確実に通過できていたと思いますよ。二次選考から先はわからないけど〕

〔わさび餅さんから見てもそうでしたか。自分としては「これで大賞間違いなし!」と意気込んでいたのですが〕


〔まあ「新感選」はオールジャンルの小説賞ですから、トレンドになっているジャンルは山のように送られてくるらしい。今年も異世界転生だけで四割くらい集中したらしいからね。逆に言えば、応募作が少なかったジャンルは競争率も低いから、手っ取り早く書籍化を狙うのならそういったところにチャンスがあるかもしれないね〕


 わさび餅さんも異世界転生で一本書き切っているから、自分も真似したいんだけど。それを口にするのは憚られるからなあ。


〔目先の目標としてはハッピーエンド大賞で実績を残したいところなんですよね〕

〔まあ小説というか物語の基本がハッピーエンドだからね。バッドエンドやメリーバッドエンドなんかは独特のカタルシスはあるけど万人向きじゃない。より多くの読み手を確保したければハッピーエンドを書き続けるべきだと私は思うよ〕

〔そのためのハッピーエンド大賞なのかもしれませんね〕

〔それで冒頭のタロット・カードでハッピーエンドを作るって話。どうやっているのか教えてくれないかな〕

 まあ隠すほどのものでもないし、まあいいか。


〔とりあえずハッピーエンドになりそうなカードを引くまで何度もシャッフルしては引くを繰り返していました。それでも物語が盛り上がりそうにない場合もあって。そのたびにカードを引き直しているんです〕

〔それだと、多歌人さんが最初から考えているような物語になるまでカードを引いているようなものだと思うんですけど〕

 わさび餅さんに指摘されてようやく気がついた。


 言われてみれば、ハッピーエンドになるカードを求めるということは、ある程度どういうハッピーエンドがいいか、考えていないと却下も採用もできないよな。

 それって偶然から生まれる物語には程遠いのかもしれない。


 ハッピーエンドが絶対条件だからといって、それに合わないリーディングを却下していたのではあらすじを作る地力が培われないだろう。

 どんなカードを引いてもハッピーエンドに仕立てるくらい貪欲にならないと、タロット・カードを使う意味がない。

 これは作り方を根本的に考え直さなければならない事態だ。



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