第16話 ためらい

 夏期講習を終えて帰宅するとすぐにパソコンを立ち上げた。

 『シンカン』のチャットルームに入るとすでに伊井田飯さんが入室していた。


〔伊井田飯さん、こんばんは〕

〔多歌人くん、こんばんは。どうだい受験の見通しは〕

〔そちらは心配していません。今は新しい小説を書こうと思っています〕


〔受験よりも執筆のほうを優先するのか。まあ本人がそう思っているのならいいんじゃないかな。たとえ不合格でも納得はできるだろうしね〕

〔不合格になるつもりはないので、夏期講習に通っているんですけどね〕

〔そうだった〕

 ついでなのでこれからの予定を聞いてみることにした。


〔日中は夏期講習をして、夜に執筆しようと考えています。今新作を準備していて、どうしようか迷っています。伊井田飯さんの判断が聞きたくて〕

〔どんなのを書こうとしているの?〕

〔SF転生なんですけど〕

〔「転生したらSF世界でした」ってことか。少数だけどそういう作品も確かにあるね〕

〔異世界転生が書きたかったんですけど、まだタロット・カードが使いこなせていなくて。そこで手慣らしのつもりでSF転生ものを先に書いてみようかと〕

〔それならいいんじゃないかな。あまり読み手の多くないジャンルだけど、そのぶん固定ファンがいるからね〕


〔で、いろいろと物語を考えながらカードを引いているんですけど、なかなかハッピーエンドにならないんですよね。たいてい悪いカードが出てきて盛り上がりに欠けたり結末が締まらなかったりで〕

〔プロのタロット占い師が創作に使っているって情報は教えたよね〕

〔はい、伺っています〕

〔プロでも難しいらしいからね。なにか大きなブレイクスルーを起こさないと、少なくとも先人には勝てないはずだよ〕


 言われてみればそのとおりだな。

 タロット・カードで物語を作るのはプロのタロット占い師が一枚も二枚も上手だ。同じことをやっても彼らに勝てるはずがない。

 なにか状況を打開する方法を考えなければならない、か。


〔多歌人くん、たとえば、だけどね〕

 伊井田飯さんが長文を話すときの前置きが出た。少し反応を待ってみる。


〔タロット・カードのそれぞれの意味を憶えたら、引いたカードから物語を作るんじゃなくて、意味を先に活かしてカードで裏打ちするような使い方ってできないのかな? そうすればタロット歴の少ない君でもプロの占い師に勝てると思うんだけど〕

 なるほど、逆転の発想だな。

 確かに僕もカードを引いて偶然できる物語を求めていたけど、先に意味ありきでカードを選別する方法もなくはないのか。


〔まだそこまでカードに習熟していないので、これからの課題にさせてください。少なくとも次のSF転生は引いたカードから物語を作ってみます〕

〔まあ始めたばかりだし、なにごとにも慣れは必要だよね。わかった。君のやりたいようにやればいいさ。納得しない方法で作っても、創作がつまらなくなるからね〕


 チャットのやりとりをしながら、タロット・カードを一枚ずつ引いて「ケルト十字」スプレッドに配置していく。

 なにかが違うんだよな。

 そう思いはするのだが、なにがどう違っているのかに気づけない。これが経験の差ってことなんだろうけど。


〔カードの意味はあらかた憶えているので、並べ方を変えてみようかと思っています〕

〔いろいろ試すのはいいんじゃないかな。なにもせずに悩んでいるよりも前進しているわけだしね〕


 タロットの奥深さは、七十八枚のカードそれぞれに意味があり、正位置と逆位置とではその意味にも違いがあるということ。

 つまり百五十六もの意味合いがあるところは他のどんな「小説の作り方」よりもパターンが多いのだ。

 しかしカードをめくり続けると、それだけでパターンが固定していってしまうという弱点もある。

 だからカードを引くならどんなに多くても十二枚だろう。それ以上引いても物語が同一になりかねない。

 「ケルト十字」が十枚のスプレッド、「ホロスコープ」が十二枚のスプレッドで、ここらが限界のように感じている。


〔伊井田飯さん、今日はここまでにしますね〕

〔わかった。あまり考えすぎないようにね〕

〔はい、お先に失礼致します〕


 物語のあらすじを決めるのなら究極は一枚だけを引けばいい。

 これだけで百五十六もの物語に細分化できる。

 でもどんな主人公なのかによっても、同じ物語から作られるストーリーには差異が生じる。

 「対になる存在」は主人公からなるべく離れた人物像にすればよいから引く必要はない。

 「立ちはだかる存在」は比較的自由に決められるから、ここに一枚使うのは正しい判断なのだろうか。いったん保留しよう。


 物語の佳境と結末こそが物語の肝だから、ここでどれだけ意表をつけるのか。それを考えたらここはカードを一枚ずつ使うべきだろう。

 起承転結で考えてみると「転」が「佳境」で、「結」が「結末」といえる。

 「起承」のうち「起」は主人公が映えるスタートを切るべきなので、ここをランダムにしてしまうとダメなスタートを切りやすくなる。ここはカードを使うべきじゃないか。

 「承」は「転」へのつなぎだから、とくに決めなくてもよいとは思うが、長編だとどうしても中だるみしてしまうので、ここはひと騒動起こしたほうがおもしろくなりそうだ。カードを割り振ってもいいだろう。


 まとめると「あらすじの大枠」「主人公」「立ちはだかる存在」「承」「佳境」「結末」くらいはカードで決められるけど、残りは自分で考えたほうがよさそうだな。これで六枚めくればいいわけだから、物語がかぶる心配はしなくてよいだろう。

 だが、本当にこれで面白い物語に仕上がるのだろうか。



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