第15話 登校日
夏休み中に何度かある登校日がやってきた。
せっかくの長期休暇なのに登校日が設定されているのはなぜなのだろうか。
海悠高校が曲がりなりにも屈指の進学校だからか?
だが、進学塾に通う生徒も多いため、これでは合宿勉強にも参加できないはずだ。屈指の進学校だからこそ、進学塾や学習塾のスケジュールにも気を配ってもらいたいところだ。
夏休みに入ってから一週間も経たずに最初の登校日を迎え、教室にはとくに用事のない生徒が集まっていた。
そこには大きなメガネに短髪がトレードマークの高田もいた。
「しっかしまあ、年末年始に大学受験が控えているっていうのに、夏休みの追い込みを許さない校則ってなんなんだろうな」
だが生徒全員が集まっているわけでもない。
登校日に来なかったとしても内申点には響かないから、夏休みを有意義に用いるためあえて登校せず進学塾に通い続ける生徒も多かった。
先生が教室に入ってくるまで、タロット・カードを一枚ずつめくりながら高田の話を聞いている。
「で、どうよタロット。執筆に役立っているか?」
「うーん、どうだろうな。まだ使い始めたばかりだからね。いろいろなスプレッドに慣れて、物語を構築する能力は身につきそうではあるけど。今の技術じゃまだ小説に応用できるだけの知見は得られていないな」
「せっかく買ってやったのに、あまり活かせないのか」
残念そうな表情を見せる高田だが、それほど悔しがってもいないようだ。
「もう少し使いこなせたら、物語がポンポン浮かんでくるとは感じているんだ」
「ってことは、まだ無駄だったと決まったわけじゃないんだな」
「ああ、ただ経験値が足りていないだけだろうな。毎日寝る前と起きてからの二回リーディングしているんだ。少しずつだけど夢を予見したりその日の出来事が予知できたりするようになってきてはいるから、あとひと息ってところかな」
「それって、テストのヤマも当たるのか?」
つぶらな瞳がメガネでさらに大きくなって輝いている。
「僕はヤマを張らないから、そこはわからないな。勉強くらい自力だけでなんとかしなきゃ」
「いや、きっと効果があるに違いない。俺もお前と同じものを買って勉強するわ」
ちょっと興奮ぎみで食いついてきた。
「終業式のとき言ったろ。努力を続ければ第一志望に受かるって。タロットの勉強をするくらいなら、学業に打ち込めって」
なにか面白くないような顔をしている。
「そりゃお前のように要領よくはいかないさ。授業だけでA判定取れるお前なら、いくらかタロットに時間を割いても受験には影響しないだろうがな」
その物言いでなぜか笑みがこぼれてしまった。高田が口を尖らせる。
「その笑い方、直したほうがいいぞ。女子が怖がるからな」
「すまんな。でも高田だってきちんと勉強に集中すればこれくらいはできるはずなんだ。お前、自分を卑下するところがあるからダメなんだろうけど。もう少し努力と才能に自信を持ったほうがいいよ」
「お前の才能も努力に裏打ちされているのか? 小学生からの付き合いだが、お前最初から“できるヤツ”だったじゃん」
保育園育ちで勉強の仕方を知らなかったからなんだけどな。
幼稚園出身の高田は幼児教育からなので、挫折を味わいやすかっただけではないだろうか。
「僕は授業のどこがテストに出るかわからなかったから、まるまる憶えるしかなかったんだよ。お前、最初からヤマ張りしていたじゃないか。もし全部憶えるつもりで授業に参加していたら、僕並みの才能はあったと思うよ」
「自信家のお前に言われれば納得もしようというものだ。二学期からはその意気込みで授業を受けてみるか」
他人からは自信家に見えていたのか。
勉強ならそうかもしれないけど、小説はさすがに自信が持てないんだよな。「新感選」も三回連続一次選考落ちだし。
「で、小説のほうなんだけど、前に言ってたSF転生って結局どうなったんだ?」
「あれは保留にしているところ。タロットで物語が浮かんだときに当てはめられたら使えるだろうし。SF転生ありきだと物語が思い浮かばないかもしれないと思ってね」
「とりあえず、先にSF転生もの書いたらどうだ? タロットのほうは読めるようになるまでもう少しかかるんだろう。だったら今書かないとこれからどんどん暇がなくなるぞ」
確かに高田の言うとおりだな。
大学入試が終わるまで、これからだんだん自由に使える時間がなくなっていくだろう。学習塾の夏期講習を受けている以外は小説を書いていたほうがいいかもしれない。
「そうだな。とりあえず今の読解レベルでタロット・リーディングして小説にしてみるよ。タロットから小説にする手順の確認も今のうちからしておいたほうがいいだろうしね」
「そういうこと。夏期講習だけじゃ時間が余ってしょうがないだろ、お前。本当ならもう大学レベルの教育を受けるべきなんだろうけどな。まだ飛び級もそれほど浸透していないし、せっかくの才能がもったいないよ」
「まあ情熱が小説に向かっているから、下手に飛び級するよりは充実した高校生活を送っていると思うけどな」
多くの若者はスポーツに青春を懸けている。
僕はありったけを小説にぶつける生活を続けている。
だからこそ笹原雪影のような横暴を許してはおけないのだ。
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