第14話 夏期講習
家に帰ってきて、まずはパソコンを立ち上げて『シンカン』を確認する。
作家の最近の状況を記した「近況ノート」や、連載に付けられたコメントなどへ返していき、ひととおり終わったところでチャットルームに入った。
〔さすがにこの時間は誰もいないか〕
チャットルームの入室チャイムが鳴った。
〔多歌人くんお疲れさま〜〕
〔あれ、畑中さんもこの時間からなんですか?〕
〔え、そうだけど?〕
あ、ということは……。それなら今の時間にいても不思議はないわけか。
〔畑中さんも高校生だったんですか?〕
〔まあね。このあとバイトがあるから、今日は今時分しか入っていられないんだけどね〕
〔ちなみに何年生ですか? 僕三年なんですけど〕
〔あ、俺も三年生。お互い大学入試がたいへんそうだな〕
へえ、畑中さん。てっきり大学生だと思っていたんだけどなあ。
〔それより伊井田飯さんから聞いたんだけど、君タロット・カードをもらったんだって?〕
〔はい、友人から百点獲ったら買ってやる、と言われまして〕
〔優秀だねえ。俺なんて日頃から小説を書いているから文系は強いんだけど、理数系はまったくダメ。大学も文系一本だな〕
〔僕はまだどこを受けるか決めかねていまして。いちおう国公立の文一ってことにして模試を受けているんですけど〕
〔いちおうで文一って話が酷すぎるな。いや、いい意味で〕
確かに小説を書きながら受けようって場所じゃないよな。
〔じゃあ合格したら小説はやめるのか?〕
〔いえ、小説を書くほうを仕事にしたいので、大学を卒業したら時間に余裕のありそうな職場にでも就職しようかと〕
〔才能がもったいないなあ。それだけ頭が良ければ小説にしがみつく必要ないだろ?〕
〔笹原さんに見せつけたいんですよ。異世界転生にだっていい作品は山ほどあるって〕
〔まだ怒っているのか。君も根に持つねえ。まあ俺は恋愛ものが主戦場だから笹原に恨みはないんだけど〕
そういえば畑中さんの作品ってあまり読んだことがないな。
恋愛ものを書いているのか。夏休みに読んでみようかな。
〔それでタロット・カードの話だけど〕
畑中さんから切り出された。
〔俺の受験がどうなるか占ってほしいんだけど。今できる?〕
どうしようかな。まだ自信を持って占えるほどではないんだけど。
しかも対面じゃなくネット越しだと正確にリーディングできるか不安ではある。
カバンからタロット・カードを取り出して、シャッフルを開始した。
〔そうですね。始めたばかりでまだ自信はないんです。今日タロット・カードをくれた友人の入試をリーディング、つまり占ってみたんですけど。それがどれほど当たっているかは合格発表を見るまでわかりませんし〕
〔あと、ネット越しだと難しそうだよね〕
〔そうなんですよ。プロでは電話やネットで占う人がいるらしいんですけど、そこまで熟達しているわけじゃないので。それほど精度が高くなくてよいのなら、今占えますけど〕
返信まで少しラグがあった。そして。
〔それじゃあ今日はやめとくわ。自信が持てるようになったら、そのときに頼むからいつでも言ってくれ〕
〔わかりました。それではリーディングに自信がついたら一番に占いますね〕
〔ああ、助かるよ。あと今日伊井田飯さん18時まで用事があるって言ってたから、話したいならそれ以降にもう一度来たほうが楽だよ〕
〔わかりました。それじゃあいったん落ちますね〕
〔俺も落ちるから、またな〕
〔ありがとうございました〕
パソコンの電源を落として、カバンから学習塾の夏期講習のパンフレットを取り出した。
高校の掲示板前に積まれていたものを一枚ずつ持ってきておいたのだ。
さて、どこを選ぶべきか。
テレビCMで有名なところは、実績欲しさに優秀な学生を集めるというから、そういうところはできれば避けたい。
だがまったく名前も知らない進学塾も、それはそれで危ないような気がする。
とりあえずテレビCMで合格率を謳うところはなしにして、それなりに有名なところを残しておいた。
さて、ここから迷ってしまうな。どれを選べばよいのやら。
……そうか。こういうときにタロットを使えばいいのか。
実績を積むなら今だろう。
とりあえず気になったパンフレットを五つ並べて、それに一枚ずつカードを配る。
その後、もう一枚ずつ今度は結果を表すカードを置いた。
さて、どこが当たりなのやら……。
カードで当たりが出た学習塾にやってきた。
まずはお試しコースを体験することとなる。
教室の雰囲気は悪くなく、厳しいスパルタ式でなくて落ちついて勉強に集中できそうだ。
これなら苦手を見つけて補強できるかもしれない。
なまじ校内試験で九十点以上獲っているので、どこが弱点なのか自分でも見いだせないのだ。
さっそくお試しコースに参加して、用意されていたテストを解いていく。
ほどほどの難しさだ。これじゃあ通う意味がないかもしれないな。
さっそく回収され、少しして採点されたものが返ってきた。
答案の左肩に「特Sコース相当」と判が押されていた。
「特Sコース」とはなんだろうか。
教壇に立った人たちが、各コースに分けて体験者を教室から連れ出していった。
最後に残った僕は「特Sコース」とやらの教室へ案内された。
少人数でみっちりと指導を行なうコースのようだ。
しかも弱点を見つけて補強するのが目的である。
夏期講習だけだが、有意義な学習ができるかもしれなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます