第11話 ご褒美

 期末試験が行なわれる時期がやってきた。

 まあ毎回授業のノートを見て思い返すくらいしかやっていないんだけど。


「鷹仁はいいよな。試験勉強しなくても九十点以上獲れるんだから」

「だからきちんと授業を聞いていればいいんだよ。それ以外から出題されるなんて滅多にないんだから」

「それで頭に入れば誰も苦労はしないって」

「だから試験勉強に付き合っているんじゃないか」

 高田の試験勉強には毎回付き合っているが、授業の内容は半分くらいしか飲み込めていないようだった。


「ありがたい話だよ。そういえば前回の模試、第一志望A判定なんだったよな」

「まあ国公立志望だからA判定でも落とされるときは落とされるからね。油断はできないよ」

「あまり小説ばかり書いていないで、受験勉強を始めておけよな」

 高田が大きなメガネを近づけてきた。


「ああ、学習塾の夏期講習だけでも受けようと思って、今どこがいいか選んでいるところだよ」

「テレビCMをガンガン流すようなところはやめといたほうがいいぞ。自分たちの儲けしか考えていないようなヤツらだからな」

 そういうものなのだろうか?


「まあお前くらい勉強ができるのなら、どこからも引く手数多だろうけどな」

 その言葉に違和感を抱いた。

「すでにA判定もらっているようなヤツが夏期講習だけでも参加して実際合格したら、学習塾の合格率が上がるって仕組みだからな」

「詳しいな、高田って」

「お前が疎いだけだって。勉強はできるけど世間知らずなところあるよな」

 確かに今まで学習塾とは無縁だったから、どういう仕組みで運営されているのかも知らなかったな。


「なあ鷹仁。次の期末試験、もし百点が獲れたらなにか買ってやろうか?」

「ずいぶんと唐突だな」

「なに、前にチャットを覗いたら、ネット通販禁止だとか言っていたの見たからな」

「ということは、なにが欲しいのかも調査済みってことなのかな?」

 まあな、とメガネの中央を右手人差し指で持ち上げている。

 格好をつけているつもりなのだろう。あまりキャラに合っているとはいえないが。


「一般的なタロット・カードと専門書籍だな。とりあえず伊井田飯さんとの会話から商品名自体は調べがついているから。俺の勉強にも付き合ってもらっているし、卒業までになにかお返しくらいはしておきたいってこと」

「それじゃあ期末試験、一科目でも百点を獲ればいいんだな」

「できるのかお前。九十点以上が当たり前でも、意外と百点は少ないだろ?」

「商品が懸かっているのなら、必死で勉強してみるさ」

「これで全科目百点獲られたら、俺はどうすればいいんだよ」

「だいじょうぶ。貸しは作らないから。とりあえずタロット・カードと専門書籍があればじゅうぶんだ」

 思わぬところからタロット・カードが手に入りそうだ。

 ただ百点か。高田が言うように、九十点以上は当然だが百点は意外と少なかった。

 なにか凡ミスをしでかして九十九点とか九十八点とかになってしまう。

 もう少し慎重に問題文をチェックする必要がありそうだ。


 僕が目を輝かしているのを見ていた高田はニヤリと笑みを浮かべていた。

「なにか言いたいことがありそうだな」

「まあ感謝してもらおうか。お前が頑張りさえすれば、望みのものが手に入るチャンスだからな。それにお前の本気を卒業前までに見ておきたいからな」

「僕の本気?」

「お前、今までどんな試験も本気出していないだろう。だから凡ミスをするんだよ。習ったことはすべて頭の中にあるはずなのに、足をすくわれるのはそれだけ本気じゃなかった現れだ」


 確かにこれまで試験に本気は出していなかったな。

 授業の内容さえ憶えておけば楽勝もなどと考えていたからだが。

 でも高田の期待に応えるためにも、今度の期末試験は絶対に百点を獲ってやろう。

 僕も高校時代の限界を知っておきたいところだ。

 高田がお膳立てしなければ、僕の本気は大学入試にならなければ発揮されなかっただろう。

 それを考えれば、今のうちに自分の限界を知っておくのは悪いことではない。


「まさかお前、全科目百点を狙ってやしないだろうな。さすがにそれはできないと思うんだが」

「いや、やるつもりで挑戦しなければ一科目だけでも百点は獲れないと思うんだ。折角の機会だから、全力を発揮してみるよ。期末試験までは小説も書かないで勉強に専念してみるつもり」

「じゃあチャットルームにも行かないのか?」

「いや、チャットルームには毎日行くつもり。伊井田飯さんの話は創作の参考になるし、今年大学入試を控えている人も僕以外にいるからね。情報交換と入試への士気を上げるためにもあそこは必要なところだと思うんだ」


「お前、リアルよりもネットのほうが友達多いよな。リアルで仲がいいの俺以外にいるか?」

「いや、いないな。文芸部は女子が多いから、なんか近寄りがたくてね」

「そんなんだからあそこのチャットルームが必要なんだよ、お前って」

 確かにそうかもしれないな。

 自分の本音を出せるのも高田の他は、伊井田飯さん、畑中さんなどのチャットメンバーだけだ。


「まあ、お前の本気を見せてもらえば、俺も心置きなくタロット・カードをプレゼントできるんだ。バッチリ決めてくれや」



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