第10話 タロット・カード
小説投稿サイト『シンカン』のチャットでも、昨日の笹原雪影さんの物言いが話題の中心となっていた。
〔「異世界転生」の雄であるハワード三世さんが一次選考で敗退したこと自体が間違いなんだよ。あれ以上の異世界転生なんてあるわけがない〕
〔あの作品が他の一次選考通過作品よりもレベルが高かったのは確か。それを読みもせずに落とした笹原は老害〕
〔もう純文学なんてオワコンなんだから、なんでそんなのに一次選考預けちゃったんだよ。「新感選」の運営は〕
普段チャットルームには来ない人たちが大量に集まっていた。
〔僕も今回異世界転生で傑作を書いたんですけど、それも読まれずに落とされたかもしれません〕
自己アピールしてみるが、伊井田飯さんも閉口するくらい笹原さんへの罵詈雑言があふれていた。
〔とにかく笹原は降ろせ! あんなのが審査委員長じゃあ正当に評価されない!〕
〔時代遅れの純文学に、ライトノベルのなにがわかる!〕
◇◇◇
ひとしきり言いたいことを言った連中がチャットを去っていった。
やはり皆も腹に据えかねる状況だったのだろう。
〔やっぱり荒れましたね、伊井田飯さん〕
〔本当、こうなるのが怖かったんだよ。こんな状態がいつまで続くのやら……〕
この声を汲み取って、「新感選」運営が笹原さんを降ろしてくれればよいのだが。
審査委員長ならそれなりの金額をもらっているだろうから、そう簡単に降りないのかもしれないんだよな。
〔いちおうあれから次作の構想を練っているんですけど、なかなかうまくいかなくって〕
〔斬新な異世界転生だっけ? ハワード三世さんが来てくれれば直接伺えるかもしれないんだけど。あの人一度もチャットには来ていないからね〕
今のところまとめたアイデアについて尋ねてみよう。
〔たとえばですけど、異世界転生ものだと自衛官が最強だと思うんですよ。日本人だから馴染みがあるし、おそらく日本一サバイバル知識に長けています。戦闘力も高いし、異世界で剣術が頼りになるのなら、剣道にも精通しているのは強みだろうと思うんですよ〕
〔確かに異世界転生ものの主人公としては最強だろうけど、それで物語が面白くなるのかな?〕
少し頭を働かせた。
〔それは難しいかもしれません。主人公最強だとしても、あまりにも強くなりすぎるかも。もう少し落とすと警察官かなと。こちらなら自衛官ほどサバイバルには強くないでしょうから、窮地に陥る状況も出せると思います〕
〔なるほど。警察官あたりが現実的かな。武術の達人を異世界転生させたらどうなるかな?〕
問いかけに時間をかけてから答えた。
〔そうですね。一対一の戦闘では負けないでしょうけど、一対多で勝ち残れるかは微妙ですね。宮本武蔵のように最初から多数を相手にする前提の武術ってあまりないんですよね〕
〔宮本武蔵ねえ。確かに吉岡一門のような多数と戦って生き延びた達人だから、異世界に送り込んでも相手を選ばないかもしれない〕
そういえば高田から聞かれていたんだった。
〔伊井田飯さん、「斬新なアイデア」の出し方ってどのくらいリサーチできていますか?〕
〔ああ、そうだった。笹原さんのことで言い出しそびれていたね。ある程度まとまっているよ〕
〔具体的にはどんな方法がありましたか?〕
〔いちばん多かったのは「他ジャンルのテンプレートを持ち込む」だったね。これはプロでもよくやる手なんだ。異世界転生ものにVRMMOものを持ち込んだり、恋愛ものに特化してみたり。組み合わせ次第で意外性が出せるのでオススメだって皆言っていたね〕
〔皆がやっているのだと差別化は難しいですよね〕
〔それは否定しないよ。皆がこの方法で斬新な作品を書いているのは確かだけど、斬新な作品が同じ方法で作られたらそれがテンプレート化しかねないからね〕
それだとあまり意味がなかったかもしれないな。
せっかく伊井田飯さんにリサーチしてもらったのであれだけど。
〔おそらく残念感が漂っているだろうけど、ある人から貴重な話を伺ったよ〕
〔どんな話ですか?〕
〔その人、プロの占い師でね。なんでも小説を書くときにタロット・カードで物語の筋を作っているんだってさ〕
〔タロット・カードですか。あの有名マンガに出てきた「THE WORLD.」とかがあるっていう。でもそれが物語づくりとどう関係があるんですか?〕
〔タロットって、偶然に引かれたカードを順に見ていって、ひとつの物語を創り出して相談者に語って聞かせるものらしいよ〕
〔それって落語の『三題噺』に近いですね〕
なるほど。タロット・カードか。
でも売っている店を見たことがないんだけど。
〔ちなみにタロット・カードってどこで買えますか?〕
〔大きな玩具屋にはたいていあると思うよ。あとはネット通販だね〕
〔ネット通販かあ。うちネット通販禁止なんですよ〕
〔それは困ったね。まあタロット・カードだけを見たところで物語が浮かんでくるものでもないらしいから、専門の書籍もいくつか買うべきだからね。タロット・カードはあきらめようか〕
確かに使えない手段に固執する必要はないか。
でも物語が見えてくるっていうのは魅力的だな。
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