第三章 模索
第9話 超えるべき存在
「昨日のあれはなんだ! 笹原だか石原だか知らないが、純文学がそんなに偉いのかよ! やってやろうじゃないか。今までにない異世界転生ものを書いてやる!」
絶対にあの野郎を許してたまるか。
おそらく過去一番の出来の作品が、今回一次選考を通過できなかったのも、どうせ笹原が読まずに斬り捨てたんだろう。
だから総評を生中継してまで行なったはずだ。
なのに謝るどころか開き直りやがった。
まともに選考もしていないのに、威張り腐りやがって。
今回の作品は異世界転生ものでも意欲的な作品だったと自負している。
読めば必ず違いがわかったはずなんだ。
それを十把一絡げにして酷評しやがった。もう我慢ならない。
するとスマートフォンからLIMEの着信音が鳴った。画面を見ると高田からだった。
〔カリカリしなさんな。なんならもう一度同じ作品を応募すればいいじゃん。どうせ読まれていないんだからさ〕
しかもシンカン側から謝罪こそあったものの救済措置はなく、一律に一次選考落ちになると発表されていた。
〔僕の最高傑作を読まずに否定されたんだぞ。憤りを覚えてなにが悪い!〕
笹原は絶対に許せない。
この怒りを執筆にぶつけようと、新しい物語を考えてみる。
しかし感情が逆立っていてなかなか考えが浮かんでこない。
〔まあ落ちつけよ。どうせお前のことだ。見返してやろうと考えているんだろ? だったらまずは今回の応募作をまったく手を加えずに応募するんだな。笹原にさえ当たらなければ一次選考は通過できそうなんだろうに〕
しかし実際、笹原さんに落とされたと決まったわけじゃない。
正当に選考されて落とされた可能性だってあるのだ。
でもシンカンは問い合わせには応じない方針で確認のしようがない以上、笹原に切られたと思って再度応募するしかないだろう。
〔それと笹原を見返せる異世界転生ものを書くんだな。今回の最高傑作を超える作品だ。それがなければ目に物見せることなんてできやしないぞ〕
そうなのだ。
今回以上の傑作を書かなくては、笹原を見返すなんてできやしないかもしれない。
今度こそ笹原に読ませて勝ち抜く必要がある。
冒頭部分を「異世界転生」のテンプレートからズラして、ごく普通の異世界ファンタジーに見せかけて始める方法もある。
しかし笹原さんがそれでも「異世界ファンタジー」そのものを受け付けようとしないのであれば意味がない。
では導入からかなりの部分を現代ドラマに見せかけて話を進めるのも一手だが、異世界転生してからの分量が少ないと痛快さに欠けてしまう。
やはりテンプレートにはそれなりの法則がきちんとあるのだ。
読まれるために、大勢にウケるために、どういったポイントを押さえればよいのか。
それを崩そうとすれば、必然的に全体の完成度に影響が出てしまう。
〔どうにもテンプレート作品では限界がありそうなんだよな〕
〔おっ、珍しく弱気だな〕
〔笹原さんを見返せる異世界転生ものを今いくつか考えてみたんだけど、どれもテンプレートの限界に突き当たってしまうんだよな〕
〔そういえば伊井田飯さんに聞いてもらっているっていう「斬新なアイデア」の出し方ってもう聞いたのか?〕
〔いや、まだだけど〕
〔じゃあ聞いてから、それを活かして過去一番の異世界転生ものを書くんだな〕
〔とりあえず畑中さんからTRPGをやってそのリプレイを書いたら、とは言われたんだけどな〕
〔TRPGか。学校でプレイしたものをそのまま書く、という方法もなくはないわけだ〕
だが、ある程度人数が必要になるのが痛いな。
〔まあ俺がプレイするから、お前がゲームマスターをしてくれや〕
〔お前ひとりがプレイヤーだと斬新な展開にはならないだろ?〕
〔じゃあどうする? 俺が文芸部に一緒にゲームをしないかと誘おうか?〕
うちの高校の文芸部って女子が多いからなあ。いつもBL書いているようなのばかりとは思わないが、女子ウケする作品をメインで書いているだろうし。
〔うーん、どうなんだろうな。女子が多いから「一緒にゲームしないか」はデートへのお誘いに見えなくもない〕
〔それは俺がかぶってやるって。とにかくお前が次に書く小説を考えなきゃならんだろ〕
〔まずは今晩もチャットで皆に聞いてみるよ。それでゲームしかないとなったら、そのときにはセッティングを頼むな〕
〔OK。とりあえず一歩前進だな〕
高田とのLIMEを終えて、パソコンを立ち上げてみた。まだ夜まで時間があるので、今のうちに新作のアイデアを練ってみるか。
まず物語の舞台は異世界転生である以上「異世界」しかありえない。
主人公は現世ではおっさんというのがテンプレートだが、ここはいろいろと選びようがある。
ある程度知識がある人物なら現実世界の知識や知恵を活かせるから面白い作品に仕上がる可能性が高い。
今回応募したのも自衛官が異世界転生したものだった。サバイバル知識が豊富で、戦闘にも長けている。
剣道だって訓練で取り組んでいるのだから、異世界で無双させるにはよい主人公だった。
現代日本人で主人公無双が違和感なくできるのは、自衛官か警察官くらいだろう。ボーイスカウトという手もなくはないが、戦闘能力がないので異世界で無双というわけにはいかない。
大学の教授は専門知識があるからそれを活かせばいい。
研究職とか軍師とか、就く職業によっては世界を変えるほどの実力者になりうる。
たとえば空手で四百戦無敗の強者を異世界転生させたらどうなるだろう。すべて腕ずくで勝とうとするのだろうか。
そうなると計略に引っかかりやすくなって、最強にはなれなさそうだ。
そもそも空手で四百戦無敗であっても、剣と戦った経験なんてないだろうしね。
やはり最強の異世界転生ものはなかなか見つからないな。
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