第6話 すがる藁
小説投稿サイト『シンカン』のチャットルームには、今日も伊井田飯さんが到着していた。
いちおう書籍化作家ではあるのだが、「また小説賞から」ということになった経緯がある。
筆力はじゅうぶんある方なので、おそらく「なにがウケるのか」リサーチ込みでチャットを楽しんでいるのだろう。
〔伊井田飯さんこんばんは〕
〔お、多歌人くんこんばんは。勉強はどうだい? そろそろ入試の心配をしなきゃいけない歳だよね?〕
〔おかげさまで、模試では第一志望A判定でした〕
〔やっぱり持ってるね、多歌人くんは〕
そういえば一次選考を通過した他の方は来たのだろうか。
〔そういえばわらび餅さんも一次選考を通過したんですよね?〕
〔ああ、そうだね。畑中くん以外だと強ポンズさん、飛びサカナくんやゆかりママさんなんかが通過しているね〕
やはり伊井田飯さんは頼りになるな。関係のある人の当落もきちんと把握している。
それなのに僕は自分が一作も通過していなかっただけで気落ちしてしまい、そこまで気がまわらなかった。
〔やはり皆さんお強いですよね。僕も二作応募しているので一作くらいは、って思っていたんですけど〕
〔若いもんにはまだまだ負けんよ! って言いたいところだけど、正直うまい書き手はいくらでもいるからなあ。頭が柔らかいぶん物語の発想も奇抜でいい〕
〔僕は異世界転生をメインで書いているんですけど、やはり違う題材のほうがいいんじゃないか、と思い始めしているんですけど……〕
チャットで即答されなかった。
しばらくすると長文の書き込みが表示された。
〔若いうちはいろいろと試したほうがいいね。私も二十年前には自分の可能性を試したくて、あちこちの小説賞へ手当たり次第に書きまくって応募していたからね。君の場合は受験も控えているし、そこまで手当たり次第にはいかないだろう。でも「君にしか書けない物語」の可能性を探るのは将来にとって有意義だと思うよ。今は異世界転生ものがメインだけど、ゲーム小説大賞のVRMMOにだって果敢に挑戦したんだからね。恋愛でもミステリーでもなんでもいい。書けそうにないジャンルにも挑んでみたらどうかな〕
伊井田飯さんはお世辞のうまい人だけど、小説を見る目も確かなんだよな。
だからこそチャットの主になって、後進へ適切なアドバイスをくれたりする。
正直これほど親身になってくれると、伊井田飯さんの作品自体を書く時間がないのではないかと思ってしまうほどだ。
〔そうですね。若いうちにホラーでもスプラッターでもサスペンスでもいいから、とりあえず書いてみるのもありかもしれませんね〕
〔全部同じジャンルに見えるんだけどな、それ〕
あ、本当だ。
ハラハラする作品ばかりじゃないか。
ということは潜在的にそういう作品を書いてみたいと思っているのだろうか。
〔考えを改めました。次のゲーム小説大賞も参加します。ホラーもので〕
〔いいんじゃないか。ゲームものだとRPGに偏りすぎるからね。シミュレーションやアドベンチャーだってゲームの一種だし。ホラーもRPGに偏るだろうから、とことんホラーに寄せてしまえば差別化にもなるはずだ〕
やはり書籍化作家は言うことに重みがあるな。
作品の傾向を正確に分析しているし、その人の強みや弱みを知り尽くしている。
〔伊井田飯さんから見て、僕ってなにが強みでなにが弱みなんでしょうか?〕
〔おっ、いきなりだね。不安になってきたのかな?〕
〔というより確認です。自覚だと異世界転生が強みで、恋愛が弱みかなと考えていますけど〕
〔まあ確かに多歌人くんって異世界転生ものの作家さんってイメージだよね。今回も含めて三回連続「新感選」で異世界転生ものを応募するくらいだし〕
他人から見てもやっぱり「異世界転生もの作家」というくくりになるわけか。
〔多歌人くんの恋愛ものって読んだことないんだけど、書いたことないの? それとも発表していないだけ?〕
〔まったく書いたことがないんです。やっぱり恋愛って経験がすべてじゃないですか。高三で恋愛ものだと妄想が先走りそうで……〕
〔そこは心配しなくてだいじょうぶ。みんなフィクションだとわかったうえで読んでくれるから。書き手の経験より、読んで楽しめるかどうかを見られるだけだよ〕
なるほど。ということは、これから恋愛ものを書いて応募してみてもかまわないわけか。
でもどんなあらすじにすると楽しんでもらえるかのケーススタディーがないんだよなあ。
〔恋愛だと、今どんな作品がウケているんですか?〕
〔それがわかっていたら私が先に書いていると思わないかい?〕
〔そう言われればそうですね〕
ちょっと安直に過ぎたか。
〔でも恋愛ものを書こうと思っただけでもひとつ前進だね。今までの君なら絶対「恋愛ものが書きたい」だなんて思わなかっただろうし〕
〔異世界転生もので三回連続一次選考落ちですからね。なにか藁にもすがりたい気分なんです〕
台所からバターの焦げる匂いが漂ってきた。急にお腹が空いてきたな。
そういえば今日は弁当以外食べていなかったっけ。
〔なにか思いもつかない物語を考えるいい方法ってありませんか?〕
〔うーん。どうだろう。あったらこっちが聞きたいくらいだな。私も「もっと意外性のある物語を読みたい」と言われてここに出戻ってきた口だから〕
〔打つ手なしですか〕
〔今度みんなに聞いてみるよ。どんな創作方法があるのか、私も知りたいからね〕
〔ありがとうございます。これから夕食なのでここで失礼致します〕
〔お疲れさま。じゃあ周りに聞けるだけ聞いてみるよ〕
チャットから退室し、パソコンの電源を落としてダイニングへ向かった。
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