第二章 奮起

第5話 不適当

 「シンカン・ゲーム小説大賞」が選考期間に移行した。

 ここからは選考を待ちながら新作のプランを練るのが常だ。


 学校から帰るとすぐにパソコンを立ち上げて『シンカン』のチャットルームへ入る。すると伊井田飯さんがすぐにやってきた。


〔多歌人くん、こんばんは。話したいことがあって待っていたよ〕

〔なにかあったんですか?〕


 伊井田飯さんはしょっちゅうチャットルームに入っていて、すでに「シンカン・チャットのぬし」とまで呼ばれる存在だ。


〔今日、前の担当編集さんから聞いたんだけど、どうやら「新感選九」の選考で不適当な出来事があったらしいんだ〕

〔不適当な出来事って?〕

〔とあるベテランの作家さんが、担当した一次選考で異世界転生ものをすべて読まずに落選させていたらしいんだ〕

 やっぱり不正があったのか。あの噂は本当だったというわけだ。


〔でも誰がやったかまではわからないんですよね?〕

〔前の担当編集さんから名前は聞き出してあるけど、具体名を挙げると守秘義務にもかかわるからそこまでは言えないんだ〕


 だが、不正があった事実自体は社内で問題になっているらしい。

 そのため選考のやり直しをその作家に頼んでいるのだが、頑として受け付けないという。

 すでに支払われている報酬の没収にも応じない。


〔契約の反故ということで法で裁けないんですか?〕

〔難しいだろうね。当人がしらばっくれているから〕

〔それ本当にベテラン作家さんなんですか? どう見ても聞き分けのない赤ん坊ですよ〕


 ここまでくると子どものわがままと大差ない。

 大人がなんて見苦しい真似をするのだろうか。

 こんな度量の小さな大人にはなりたくないものだ。


 「新感選九」特設サイトへアクセスし、選考を担当した作家の名前を探してみようとしたが、そこに名前は誰ひとりとして書かれていなかった。


〔新感選のサイトに一次選考を担当した作家名って記載されていましたっけ?〕

〔いや、どうだったかな。そこまでは憶えていないんだけど、それがどうかしたのかい〕

〔今サイトを覗いたらひとりも名前が挙がっていなくて。もしかして不都合だから消したとか……〕

 少し穿ちすぎだろうか。


〔いや、特設サイトの文章を変えたとしても『魚拓』が残っているだろうからね〕

 『魚拓』か。確かに誰かが手をまわして消したとしても、証拠は残っている可能性がある。やはり疑いすぎたかな。


〔そうですね。では最初から載っていなかったと考えたほうがよさそうですね。精神的にも〕

〔そのほうがいいだろうね。今のやりとりはログに残さないように流しておこう〕

 そう言うと、しばらくしてすべての発言がログから消されていた。


〔それで、次作の構想は練っているの?〕

〔「シンカン・ゲーム小説大賞」にVRMMOものを応募して、それが今選考期間に入ったところです。実はあまりゲームに詳しくないので、次からはパスする予定です〕

 得意でないジャンルの作品を書くのは経験としてはありだが、実際受賞するのも難しいし仮に大賞を獲っても書籍化までがひじょうに困難になる。

 だから深追いすることなく、適度に切り上げるべきだ。


〔そのほうがいいだろうね。それじゃあ今は次の「新感選」を目指しているんだ〕

〔はい。今日も学校でネタ出ししていたところです〕

〔小説にかまけて大学入試でミスらないようにしないとね〕


 確かに笑えない冗談になりかねない。

 まずは受験を視野に入れてスケジュールを組むべきだろう。

 だが、今回のような「不祥事」が起こると、次もそうなりかねない。

 やはり異世界転生は避けるべきなのだろうか。


〔大学は国公立を狙っています。いちおう学習塾の夏期講習にだけは参加しようと思っていますが〕

〔それがいい。小説を書いて成功するのはごく一部だ。私も一回書籍化したけど、すぐにここに戻されてしまったからね。小説家は安定職ではなくなってしまったんだな〕


 明治後期の文豪華やかなりし頃、小説を書いていたのは知識人であり、それで一生食いっぱぐれなかったと言われている。

 もちろん鳴かず飛ばずの書き手も多かったが、今よりは夢のある時代だったのだろう。


〔でも伊井田飯さんがいらっしゃるので、書籍化も現実のものなんだという確証が得られるんですよね。いつかは狙いたいところです〕

〔そうなるとやはり全ジャンルの編集部が集まる「新感選」は魅力だよね。流行り以外で実力のある作品を拾ってくれる可能性があるんだから〕


 本当、書籍化を狙うなら「新感選」のある『シンカン』は格好の小説投稿サイトだ。

 純文学雑誌の『シンカン』も扱っているので、それこそ純文学からライトノベルや童話まで、なんでもござれの懐の深さが『シンカン』サイトの強みである。


〔今日の時点ですけど、ひとつだけ試したい作品があって。それを形にするかどうかはまだ決めていないんですけど〕

〔ひとつでもネタがあるならいいんじゃないかな。私もなにか新しいネタを探さないと。次こそ大賞を獲って書籍作家に戻るぞ!〕

〔それじゃあ伊井田飯さんと競合することになるのか。うわー、厳しい戦いになりそう〕


〔おいおい、次って言っても「新感選九」のことだよ。私は一次選考通っているんだから〕

〔あ、そうか。それじゃあ頑張ってくださいね。「新感選十」で当たりたくないので〕


 手強い相手がいなくなれば、こちらの受賞にも近づけるはずだからなあ。

 伊井田飯さん、今回の大賞獲ってくれたらいいな。



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