第3話 次回へ向けて
ゴールデン・ウィークが明け、海悠高校にやってくると、教室で高田が待ち構えていた。
大きめのメガネをかけた短髪で白く面長な顔には愛嬌がある。それを見ただけでどうにも憎めない心境になる。
「今回も一次選考落ちか、鷹仁。次回はどうする。また応募してみるか?」
「当たり前だ。絶対大賞を獲ってやる。今回は読まれずに落とされたらしいからな」
自席に着いて振り返った。俺は最前列、高田は二列目の座席である。
「読まれずに落とされたって本当か?」
「いや、チャットしていたときに小耳に挟んでね。今回読まずに落としたプロがいたとかなんとか」
少し呆れ顔だった。
「お前、それを信じちゃってるわけ?」
「どういうことだよ」
「それってお前を気遣う作り話ってことはないのか」
それについて俺も考えてはいた。
「読まずに落とすプロ」なんているのだろうか、と。
仕事でやっているはずだから、手抜きなんてありえないはずだ。
「やっぱりそう思うか?」
「それ以外考えられないだろ」
やはりあれは励ましの言葉だったのだろう。それがわかったとしても伊井田飯さんや畑中さんの配慮には感謝している。
「でもお前、恵まれているよな。勉強は授業を聞くだけで済ませられるし。授業だけで九十点台連発なんて、受験生には垂涎の才能だよ。休み時間も小説を書いているくらいなのに。なんでお前そんなに勉強できるわけ?」
「まあ小説を書きたいからじゃないかと」
「なんで小説を書きたいから勉強ができるんだよ」
この手のやりとりは毎度会話が詰まると出てくる。もはやテンプレートである。
「小説を書きたかったら、テストで高得点獲らないと親が納得しないだろ? ただでさえ高校三年生なんだから」
「うちなんかテストのたびに勉強しろー勉強しろーってうるさいからな」
「だろ? だから授業に集中して一発で記憶しなきゃって思うわけ」
「それだけの集中力があれば、確かに小説書くのに向いているよな」
こうやって高田は俺を乗せて小説を書かせようとしてくれるのだ。
「それにお前のテスト勉強、手伝ってるよな。あれで情報が整理されているってところもあるからな」
「ああ、たしか誰かに教えようとすると、頭が整理されて記憶に定着する、とか聞いたことあるな」
「だろ。だからテストで点がとれるのもお前のおかげってところもあるんだ」
「だったら次こそ一次選考を通過しろよ」
「いや、次は大賞を獲るって決めてあるんでな」
メガネで大きく見える瞳がさらに大きくなったように感じられた。
「大きく出たなあ。まあそのくらいの向上心がなければ、小説賞に挑むなんてできないだろうしな」
「そういうこと」
確かに小説を書くには集中力だけでなく向上心も必要だ。
今作より次作のほうがよい作品。そんなことが当たり前の世界である。
一ミリも進歩しないのであれば、いくら小説を書いても一次選考すら通過できずに一生を終えることだってあるはずだ。
カバンからネタ帳を取り出して、ボールペンで物語の構想を練ろうとする。
それに気づいた高田はまあ頑張れや、と励ましの言葉をかけると隣の席の女子と会話を始めた。
次作でも異世界転生ものを書くつもりだが、前回でも約四割が異世界転生ものだったのだから、差別化をいろいろと考えなければならない。
主人公で差をつけるのが一番だが、個性的な主人公はもはや出尽くしているといってよい。
転生先も人間だけでなく、エルフだったりゴブリンだったり亜人が多くなっている。しかもモンスターに転生したり魔王に転生したり。さらには剣や魔法の杖や指輪やロボットに転生するなんてことまでありうる時代なのだ。
もはや転生先で差をつける時代は終わったのかもしれない。
ではなにで差をつけるべきなのか。世界観はどうだろうか。
異世界転生だから「剣と魔法のファンタジー」と安易に考えがちだが、「悪役令嬢」のようにゲーム内に転生したっていいし、もっといえばSF世界に転生したらもっと世界を大きく使えるのではなかろうか。
となればやはりSF世界に転生するのが最適解のような気がする。
他の書き手が「剣と魔法のファンタジー」に固執する中、少数のSF世界への転生であれば次回でも大いに戦えるのではないだろうか。
SF世界で剣と魔法を存分に生かした作品だって有名なハリウッド映画でもいくつかある。
「SF転生もの」
これで行くべきだろう。
宇宙船で星間を渡り歩き、囚われの姫を助け出す。
これでも悪くはないのだが、それではただ単にSFと「異世界転生」を組み合わせただけではないか。
でもたたき台としてはこんなものだろう。ここからどれだけ斬新さを出せるかどうか。
SFもので「悪の皇帝を倒す」作品は枚挙に暇がない。
では悪の宰相の傀儡にされた幼帝を救い出す、というのはどうだろうか。
こちらは異世界転生ものではよくある物語だが、SFでは少なくなるはず。
独自の世界観を作りたければ、少数派同士をかけ合わせるに限る。
「悪の皇帝に仕えて下剋上を狙う」話もよいかもしれない。
一限が始まるまで、ネタ帳にボールペンを走らせていった。
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