第2話 感想戦

 『シンカン』のチャットルームで慰めの言葉をかけられたが、やはり三回連続で一次選考落ちというのはひじょうに堪えた。


 するとスマートフォンからLIMEの着信音が流れた。画面を見てみると高校のクラスメイトである高田からだった。


〔また頑張れや〕の文字にスタンプが押されていた。


 高田は小説を書かないのだが、僕の作品を読むためだけに『シンカン』のアカウントを持っている。奴には今回の「新感選九」への応募も伝えてあったため、律儀に通過の確認をしてくれたようだ。


〔次こそは大賞だ!〕

 こちらもスタンプを押してそう返信した。


 パソコンのチャットルームを見ると、今回の感想戦が行なわれている。


〔多歌人くんの作品、二作とも流行りものだよな。たしか異世界転生と現代ファンタジー〕

〔今回も異世界転生ものがいちばん応募されていたし、現代ファンタジーものもその次に集まっていたんじゃないかな〕

〔やはり競争率が高かったってことなのかな、敗退したのって〕

〔うーん、それはどうなんだろう。今さらっと通過した作品のジャンルを見てみたけど、異世界転生の通過率がいつもより低いようなんだよな〕


 ここまで見ていて、やけに気になってしまった。

〔伊井田飯さん、異世界転生の通過率が低いって本当ですか?〕


〔ああ多歌人くん。今まで応募比率と通過比率はほぼ同期していたんだけど、今回は異世界転生が半数にも満たないみたいなんだ〕


 ということは狙い撃ちされたのか?


 液晶モニターのチャットルームに食らいついていたが、自分でも「新感選九」の通過リストからジャンルの傾向をつかもうと作品をひとつずつ確認してみた。

 確かに「シンカン」から応募された異世界転生ものが全体の四割なのに、「新感選九」の一次選考通過作品では全体の二割程度である。

 やはり異世界転生が大きく比率を落としているのがわかった。


〔そういえば俺、小耳に挟んだんだけど、今回から一次選考に一部のプロが混じっているらしいって噂になっていたんだけど〕

〔畑中くん詳しいね。純文学雑誌の『シンカン』で連載している先生方が何作か直接選考していたらしいって、私の周辺でも話題にのぼっていたよ〕


〔じゃあ僕の作品はたまたまその小説家に落とされたっていう可能性もあるんでしょうか?〕

 純文学作家に異世界転生もののよさがわかるのだろうか。

 もしそれが理由で落とされたとなったら運が悪かったというほかない。


〔なくはないと思うよ。文壇では異世界転生もののウケがきわめて悪いと聞いたことがあるからね〕

〔そうなんですか、伊井田飯さん〕


〔とくに作家の笹原雪影さんがその急先鋒なんだけど、とにかく異世界転生ものを読まずに一刀両断する人らしい〕

〔いくらなんでも読まずに落とすはないですよ。こっちは人生懸けて作品を書いているっていうのに〕


 畑中さんの言うとおりで、選考を任せられたら落選理由を添えて運営側に送り返す必要があると聞いたことがある。

 もしその笹原雪影が「読まずに落とした」のであれば、公平な審査とはいえなくなってしまう。


〔でも多歌人くんはまだ若い。現役高校生だよね。今回は理不尽なことがあったかもしれないけど、また次があるから。俺なんてフリーターで小説書いてようやく一本通過したくらいだからな〕


 確かに若くて経験が浅いのは間違いない。

 だが、渾身の傑作と思っていた異世界転生ものがかすりもしなかったなんて、にわかには信じ難かった。

 感想戦も進む中、急に虚しさを感じてチャットを打ち込む手が止まる。


 本当に笹原雪影さんが中身も読まずに落としたのなら、どこが悪かったのか説明して欲しい。こちらも青春を懸けて小説を書いているんだ。


 次回はたとえ笹原雪影でも読んでしまうような異世界転生ものを書いてやる。

 そして必ず大賞を獲るんだ。

 今の実力があれば、確実に大賞は獲れる。

 見る目のある選考さんに当たれば、一次選考なんて確実に通過できたはずなんだ。


〔今回は運が悪かったと思います。僕は伊井田飯さんと畑中さんが大賞を獲ってくれれば満足しますよ〕

〔いきなり言うね。まあ応募している人は全員大賞を狙っているんだから、私だって獲れるものは獲りたいね。久しぶりに書籍化してみたいものだ〕

〔俺はなんとか二次選考も残りたいんだよな。前回が一次選考通過止まりだったからさ〕


 机の奥のカーテンを開けて陽の光を直接浴びた。世の中こんなに明るかったんだな。部屋の電気を消して、ふたたび席に着く。


 期待していた二作とも一次選考敗退が決まったためか、興奮は去って空腹を感じた。今日のお昼はカップ麺でいいか。

 備蓄してある「きつねそば」を手にキッチンへ向かい、ポットからカップに熱湯を注ぎ入れる。蓋を閉じたらスマートウォッチのタイマーをセットして机まで戻ってきた。

 チャットを見ながら待っているとタイマーが鳴り、蓋を開けて麺をほぐしていく。


〔でもここにいる人だって大賞を狙って応募しているんだから、毎年競争率は上がるんですよね。私が書籍化したときよりも確実にレベルは上がっている印象を受けるしね〕


 お揚げを噛みちぎりながら麺をすすっていく。そして意気込みを書き込んでいく。


〔僕も次回こそ大賞が獲りたいです。以前伊井田飯さんがおっしゃっていましたけど、書籍化を狙うなら若いほうがいいですからね〕

〔多歌人くん、それは俺に対する挑戦と受け取っていいのか?〕

〔まあまあ畑中くん。落ちついて〕


 伊井田飯さんが間に入ってくれたが、やはり挑戦的だったと反省した。

〔すみません。今回は傑作だと思っていただけにちょっと落ち込みまして。でもどうせ狙うなら一次選考通過ではなく大賞ですよね〕


 次回こそは大賞を獲ってやる。読まれもせずに落とされたなんて間違っている。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る