タロット・カードは小説賞への誘い

カイ.智水

第一章 落選

第1話 三度目の落選

 部屋の隅に置かれた机の上にはパソコンが置かれていた。

 今日は特別な日である。インターネットを閲覧して時間を潰していたが、そろそろ頃合いとなった。

 昂ぶる気持ちを抑えつつ、小説投稿サイト『シンカン』の特設ページへ移動する。


 『シンカン』で開催されたインターネット小説賞「第九回新感覚ウェブ小説選考会」略して「新感選九」に二本の長編を応募していたのだ。

 その一次選考を通過した作品が、まさにこれから発表されるのである。


 「新感選」への応募は実に三回目だった。初回も前回も一次選考で敗退している。

 あまり縁がないのだろうか。流行りを踏まえた作品を書いて応募しているのに、いっこうに一次選考すら通らない。

 文章が悪いとは思わないのだが、展開のさせ方に無理があるのかもしれない。

 流行りの作風との相性が悪い可能性もある。とにかくなぜか「新感選」ではなかなか評価されないのだ。


 『シンカン』で知り合った執筆仲間との交流を振り返っても、文章そのものに瑕疵はないようだ。

 ただ仲間たちはすでに三年以上小説を書き続けているという。

 僕は二年前の「新感選七」から応募し始めただけなので、まだ二年ちょっとの執筆歴しかない。

 それが仲間との大きな差であろうか。


 『シンカン』のチャットルームに入って仲間たちと連絡をとりあう。

 「伊井田飯」さんは執筆歴二十年を超えるベテランで、『シンカン』でのチャットルームにおいても頼れる先輩だ。


〔伊井田飯さん、こんにちは〕

 いつものようにあいさつの一文を入力する。

〔多歌人くん、こんにちは。今年も早いね〕

〔今回も伊井田飯さんが一番乗りですね〕

〔小説を書くのが生活の中心だからね〕


 当人がおっしゃるように、伊井田飯さんは小説賞への応募歴だけでも二十年はあるという凄腕の書き手だった。

 八年前に他の小説賞で優秀賞に残ったことがあり、そのときに一冊だけだが書籍化も経験している。

 一度はプロになっても、そのままプロに定着するのはなかなか難しいとされている。伊井田飯さんのように再度小説賞から出直しになることが最近では多くなったといつもぼやいていた。


 一次選考の結果発表は正午に行なわれると前日までにサイトでアナウンスがあった。

 するとパソコンのアラームが正午を告げた。

 それを確認してからサイトをリロードしてみたのだが、トップページになんら変化がない。日付を間違えたのだろうか。スマートウォッチを見ると五月七日、やはり今日である。

 そもそも伊井田飯さんも待っているのだから、今日で間違いないはずだった。


 焦りを感じながらもトップページを何度かリロードしてようやく「新感選九」特設サイトへのリンクが現れた。

 ここをクリックすれば一次選考の通過者リストが見られるはずだ。


〔多歌人くんもそろそろ発表に慣れないとね〕


 この作業もすでに三回目のことだが、落ちていたらと考えるだけでマウスを動かす手が止まってしまう。

 早く結果を知りたい逸る気持ちと、通過しているか落選しているかで募る疑心とが、せめぎ合っている。

 しばし身じろげず、そして意を決して「新感選九」特設サイトのバナーにポインタを合わせ、まぶたを閉じてカチッと左クリックする。


 通過していてくれ。


 強く念じるのだが、まぶたを見開くとモニターには光回線によって一瞬で一次選考通過リストが表示される。


〔お、伊井田飯さんこんにちは。今日も早いですね〕

 チャットに新たな人がやってきた。

〔畑中くんこんにちは。もうリストが公開されているよ〕

〔これチェックするのいつもドキドキものなんですよね〕

〔畑中さんこんにちは〕

〔多歌人くんもこんにちは。さてと、俺の作品は通過しているのかな?〕


 リストの中から自分の作品が通過しているかを確認すればよいだけなのだが、正直これだけ通過者がいると探すのさえひと苦労だ。

 初めてのときはリストを一文字ずつ、目を皿にして探し求めたものだ。


 しかし二回目は畑中さんからちょっとしたテクニックを教えてもらっていた。

 ウェブブラウザの検索窓を開いて、ペンネームを入力していく。リストに目を凝らして探すよりも、コンピュータに検索させたほうが確実に見つかるからだ。


〔私の作品は三つとも通過していたよ〕

〔伊井田飯さんさすがですね。さて俺はどうだろう……〕

 少し反応がなくなったが、程なくチャットが更新された。

〔お、ありましたね。俺の作品も一本通過しています。もう一本は残らなかったか〕

〔畑中くんもおめでとう。一本でも通過していたらよいほうだよ〕

〔多歌人くんはどうだった? 君たしか二本応募していたよね〕


 チャットでの会話を横目で見ながら、キーボードをカチャカチャ鳴らして「多歌人」と入力する。

 検索窓の隣に「見つかりません」と表示された。


 入力を間違えたのだろうか、もう一度ゆっくり丁寧に入力する。

 しかし「見つかりません」としか表示されない。


 一次選考の通過リストが複数ページに跨っているのかもしれない。

 そう思ってリストページをくまなく調べてみたが、複数ページヘのリンクは存在しなかった。

 そのときようやく気がついた。もはや認めざるをえない。


 二作とも一次選考に落ちたのである。


 震える手を落ちつけながらチャットに入力していく。

〔すみません。ふたつとも落ちちゃいました〕



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