第40話 勇者はスローライフを手に取る

 小説荘を出たネイサン達三人は、駅まで歩いて電車で行くことにした。

 育代は杖をついており、相変わらず歩くのが遅かった。

 とても遅くはあったが会話を楽しんだり、風景を楽しんだり出来た為、歩くのにそこまで苦では無かった。


 駅に着くとネイサンは手慣れた手つきで改札を通り、ほぼ満員である電車にも順応していた。

 そして目的の駅で降り、無事に外へと出た。

 空を見上げてみると少し曇りが掛かっており、さっきと比べて辺りが少し暗く感じ取れた。

 天気が心配ではあったが、三人は再び歩き始めた。


 暫くの間、ネイサンは知らない歩道を歩き続けた。

 一体何処に行くのだろう、皆目見当がつかなかったネイサンは徐々に不安が募った。

 しかし、ある場所が見えた途端、ネイサンは走り出して驚嘆した。


「こ、ここは……俺が転生した場所じゃないか!」


 その場所とはネイサンが転生した場所、育代に話し掛けられた場所であった。

 ネイサンは無意識に自分が転生した場所まで歩いた。

 そして、ぐるっと身体を一回転させた。

 何も変わっていない。

 それはそうだ。

 ネイサンは転生してから、まだ一ヶ月も経っていないのだ。

 しかし、何故だか今のネイサンには酷く懐かしさを感じずにはいられなかった。


「ここで勇さんが転生したんですね」


 民夫がネイサンの横まで来て言った。

 その横顔はどことなく嬉しそうであった。


「実はですね、僕もなんですよ」

「それはどう言う意味だ?」


 民夫が意味深な事を言う。

 ネイサンは訊かずにはいられなかった。


「……僕も、ここで転生したんです」

「えっ?」


 民夫のカミングアウトにネイサンは小さく驚いた。


「そう言えば、そうじゃったな」


 後ろから育代がのそのそと歩いて来た、

 その声は懐かしんでいる様子であった。


「もしかして、俺や民夫以外の皆んなも、ここに転生するのか?」


 ネイサンがやや興奮気味に質問をすると、育代は首を横に振った。


「いんや、ここで転生したのは民夫とおぬし、そして、作人の三人じゃ」

「なっ!?」


 ネイサンは再び小さく驚いた。

 そんな偶然があるのか、と。

 しかし、今の育代の発言で一つ合点がいく事があった。


「そうか、民夫がずっと俺の側に居たのは、転生した場所が作人と同じだったのもあるのか」

「バレて…しまいましたか」


 民夫は頬を赤らめ、少し照れていた。

 そんな様子を見て、育代は大きく息を吐いた。

 それは呆れから来るものの様にも見えるし、安心から来るものの様にも見えた。


「ですが、全くの杞憂でしたね」

「当たり前だ。俺が自ら悪の道に進む訳がない!」


 ネイサンはキッパリと言った。


「いや、ただ馬鹿正直なだけの間違いじゃろ」

「な、何を言うんだ、育代さん!」


 民夫と育代は周りの建物に反響する程、豪快に笑った。

 ネイサンは少しショックを受けつつも、笑っている二人を見て口元を緩めた。


「さて、そろそろここを後にするぞ。わしらの目的地はここじゃないからの」


 育代は笑うの止め、再び歩き始めた。


「ちょっと待ってくれ!」


 歩き始めた育代の後ろ姿を見ながら、ネイサンはまだ明確になっていない疑問を尋ねた。


「一体、俺達は何処に行こうとしてるんだ?そろそろ答えてくれても良いんじゃないか?」


 この答えに育代は一切振り返らず、ただ一言だけ残した。


「……付いてくれば分かる」




 再び歩き続けて数分。

 育代と民夫の足がある建物の前で止まった。

 ネイサンがその建物を見上げた。


「ここは……」


 そこはネイサンがラノベから転生した事を証明した、あのアニメショップの建物であった。

 建物自体は全く変わっていなかったが、前に来た時とは違うポスターや看板が置かれていた。


「アニメイドじゃよ」


 育代はそそくさと建物へと入って行った。

 それに続いて民夫も吸い込まれて行った。


「……」


 ネイサンは直ぐには入らず、一度外観を見回した。

 可愛い女の子のキャラやかっこいい男性のキャラなど、至る所にポスターが貼られていた。

 そして、その近くにはモニターが置かれており、画面の中で女の子のキャラが歌っていた。


 以前のネイサンであれば興味が無く、気にも留めなかったであろう。

 しかし、今のネイサンは違う。

 この中に自分達と同じ境遇、即ち日本に転生してくる人物が現れるかもしれない。

 そう思うとネイサンの心は騒ついた。

 この心の騒めきは悪い物ではなく、寧ろ希望や楽しみに満ちた物である。


「フッ……なんだか色々と変わったな、俺」


 ネイサンはラノベの中に居た自分と、今の自分を比べて微笑した。

 変わってしまったのは、きっと育代や民夫、小説荘の皆んな、そして何よりも作人と会ったからであろう。

 ネイサンはそう確信していた。


「勇さん、どうしたんですか?育代さんと一緒に先に行っちゃいますよ」


 いつまでも店内に入って来ないネイサンを心配して、民夫が様子を伺いにやって来た。


「あぁ、すまん。今行くよ」


 ネイサンは店内へと足を踏み入れた。

 日本に転生し、小説荘の皆んなと出会い、変わってしまった今の自分も良いと思いながら。




 店内は以前と変わらず賑わっており、至る所から色んな会話が飛び交っていた。

 商品棚に目を向けてみると、前とは違うラインナップとなっており、凄く新鮮な気持ちになれた。


「あっ!私が探してたマグカップ、やっと見つけた!」

「これだったんだ。あれ、よく見たらペアになってるじゃん。よし、俺が二つ買うよ」

「やった!ありがとう!」


 仲睦まじい会話をしている男女のカップル。

 微笑ましい限りである。


「うーん、どっちにしようかな……。この子も欲しいし、最近この子も気になってるからな」


 ある一角で商品と睨めっこをしている男性。

 目をバッキバキにしながら、真剣な表情で選んでいた。


「早希ちゃん、やっと会えたね。ぐへへ……」


 ある商品を手に取り、いきなり頬擦りをしてからレジへと向かった眼鏡を掛けた男性。

 ネイサンはなんとなく既視感を覚えたが、その男性から視線を逸らし、そそくさと離れた。


 三人は奥へと進み、エレベーターに乗り込んだ。

 そして民夫が二階のボタンを押して扉が閉まり、ブーンという音と共にあの独特の浮遊感が襲って来た。

 ネイサンは身構えたが、前の様な酷い吐き気は一切無かった。

 不思議に思ったネイサンだったが、特に気にも留めずにエレベーターから降りた。


 降りた先に広がっていた光景。

 それは前に来た時と同じく、ライトノベルがズラリと所狭しに置かれているフロアである。

 育代と民夫か先行して歩き、その後ろをネイサンがついて行った。

 すると、


「あっ、育代さん!民夫殿!」


 その声の持ち主は男性であり、とても快活でよく通る声であった。

 そして、その人物はネイサンも知っていた。


まもるさん、お久しぶりです!」


 声の正体はこのお店、アニメイドの店員である護のものであった。

 民夫と護は互いの顔を視認すると、ほぼ同じタイミングで駆け寄った。


「いやー、民夫殿。どのくらいぶりですかね?」

「多分、一ヶ月ぶりですね」

「一ヶ月……。時の流れってのは本当に早いですね」

「僕も本当にそう思います」

「そう言えば、民夫殿が来ない間、新刊が36冊も出たんですよ」

「36冊も!?うーん…さすがに全部は買えませんね」

「でしたら、私がオススメの本を紹介致しますよ」

「本当ですか!それはとても助かります」

「いえいえ、同志が困っているのですから、当然のことですよ」


 民夫と護は互いに固い握手をし合った。


「あっ、そうだ!前に事前予約してたラノベってありますか?」

「えーっと、『魔法少女マジカルミラクルンの超絶魔法で世界が一度滅亡したけど、もう一回再生させるから許してくれるよね?』の特典付き六巻の事でしょうか?」

「そう、それです!」


 ネイサンにとって、それはもはや異次元の会話でしかなかった。

 どうして民夫に『殿』が付くのか分からないし、話すスピードが早過ぎて半分程聞き取れなかった。

 特に最後の護の話は何一つ理解出来なかった。

 そんなネイサンが困惑をしているのも露知らず、民夫と護は肩を組みながら店の奥へと消えて行った。

 取り残されたネイサンは、深いため息を吐くしかなかった。


「まったく、俺達、というより育代さんを放っておいてどうするんだよ」

「まぁまぁ、そう言いなさんな。二人共、久しぶりに会ったんじゃ。喜びも一入ひとしおなんじゃろ。暫くはそっとしておいてやれ」

「まぁ、育代さんがそう言うのなら。ところで、これからどうするんだ?」


 ネイサンが質問をすると、育代は一歩前に進んだ。


「わしは欲しい物を物色してくる。まだ読んで無い本が多いからな」


 育代はここで一度区切り、身体をネイサンに向けた。


「それより、おぬしこそどうするんじゃ?わしに付いて来るかい?」


 育代に誘われたネイサンであったが、それに対する応えは既に決まっていた。


「いや、実は俺も探している物かあるんだ。実のところ、それが何処にあるのか分からない。だが、必ずここにあるのは知っているんだ。だから、すまない。一緒には行けない」


 ネイサンはゆっくり、丁寧に育代の誘いを断った。

 その目には必ず成し遂げようとする、強い信念に満ちていた。

 育代はその目や顔つきに、目を見開いて驚いた。

 が、直ぐに何事も無かったかの様な顔に戻り、ネイサンから身体ごと逸らした。


「そうかそうか、なら仕方ないのぉ。それじゃ、それぞれ単独で動くとするかの」


 こうして、ネイサン、民夫、育代は各々に動く事となった。

 別れた後、その場で育代は一人小さく笑っていた。


「あやつの眼、あの時のあやつに似ておったの……カッカッカ」




 二人と別行動を始めたネイサンは、探し求めているラノベを片っ端から探し始めた。

 どの出版社から出ているのかもわからない。

 背表紙がどの色で、どのフォントだったのかも分からない。

 ただ分かっているのは本の表紙と、朧げであるタイトルのみであった。

 ・

 ・

 ・

 探し始めて約20分が経った頃。

 ネイサンの指がある所でピタッと止まった。

 そして、ゆっくりと背表紙を黙読する。


「……あった」


 ネイサンが探し求めていたラノベ。

 ネイサンが唯一知っているラノベ。

 その本のタイトルは、


『どこにも無い、ここだけの世界』


 一度、確認の為にネイサンは手に取って表紙を見てみた。

 そこには剣を持った男性が描かれていた。


「間違いない、この本だ」


 ネイサンが探し求めていた本。

 それはネイサンが主人公として描かれているラノベである。


 更に念の為、パラっと適当にページを広げた。

 広げたページには、勇者としての覚悟『聖なる杯の儀式』の場面が描かれていた。

 ネイサンはその時の事を思い出しながら、フフッとほくそ笑んでいた。


「そう言えば、あの時の聖水は酷く不味かったな」

「そうなんですか?知りませんでした」

「えっ?」

「ネ、ネイサン様!そのお話、もっと詳しくお聞かせ願いますでしょうか!?」

「ええっ!?」


 いつの間にか、ネイサンの両隣に民夫と護が居座っていた。

 あまりの突然さと恐怖に思わず大声で驚いてしまった。


「お、お前ら、いつから居たんだ?」

「そうですね、勇さんがラノベを手に取った時くらいだったと思いますね」

「そ、そうなのか……」


 ネイサンはそれ以上、何も言えなかった。

 多分、自分が思っている以上にこのラノベに対して情熱を持っており、周りが見えなくなっていたのだろう。


「カッカッカッ!どうやら作人の件があって以来、自分が出ているラノベに心惹かれているみたいじゃな」


 後ろを振り返るとそこにはラノベを数冊、脇に抱え込んでいる育代の姿があった。

 その顔には何処か嬉しそうな、柔和な顔をしていた。


「……どうやら、隠し通す事は出来そうに無いな」

「それはそうですよ。だって、勇さんは嘘をつくの下手ですから」

「う、うるさいな……」


 ネイサンは照れ隠しした。

 そして、思いの丈を話した。


「作人の件があって、自分の過去を振り返りたくなったんだ。

 過去にどんな事を自分達がして来たのか。

 自分が記憶している事に間違いが無いか。

 そして、この中の自分と今の自分の相違点……。

 とにかく、過去と今の自分をちゃんと知っておきたいんだ」


 ネイサンはいつの間にか、熱く語っていた。

 我に返り、ネイサンは三人の顔をゆっくり見回すと、全員ニヤニヤと笑っていた。


「……すまん、少々熱くなってしまったな」

「いえいえ、全然良いですよ。それよりーーー」


 民夫はネイサンの片手を握った。


「僕は勇さんが自身のラノベに興味を持ってくれた事が、たまらなく嬉しいんです」


 民夫の手は、ネイサンの体温より少し高かった。

 その目はキラキラと輝いてた。

 余程、嬉しいのだろう。


「勇よ、本当に知りたいんじゃな?それが例え、己の知らない真実があっても……」

「ああ、それでも知りたい。いや、知っておきたいんだ!」


 ネイサンは声を大にして叫んだ。

 すると育代は何も言わず、ただ二回頷いた。


「己を知る事はとても良い事じゃ。

 それが自分にとって悪い事であってもの。

 勇よ、その心意気、しかと受け取った!」


 育代はネイサンから護に視線を移した。


「護君、今何巻まで出とるんじゃ?」

「十巻まで出てますよ」

「ふむふむ、ならば全巻買うかの」

「えっ…!」


 ネイサンは驚愕した。

 一瞬、育代が何を言ったのか分からない程に。


「い、育代さん……その、良いのか?」

「何がじゃ?」

「俺、お金持ってないから」

「あぁ、なんじゃそんな事か。心配するな、それ位わしが払うわい。これも管理人としての業務みたいなものじゃ」

「そう、なのか。ならば、無下には出来ないな」


 ネイサンは育代に向かい、深々と頭を下げた。


「育代さん、ありがとうございます」

「カッカッカッ!どういたしまして」


 育代は再び大声で笑った。

 ネイサンと育代が会話をしている中、民夫と護は十巻全てを取り出し終えていた。


「育代さん、全て取り出しましたよ」

「民夫、護、ご苦労じゃった。では、そろそろ会計とするかの」


 育代の一言で、ネイサン以外の三人は会計へと向かった。


「民夫殿、今ならネイサン様特別値引きが使えますよ!」

「えっ、そんなお得なものがあるんですか!?」

「民夫、そんな物はない。本は値引きしてはいけないルールがあるのじゃよ」

「へぇー、知りませんでした。また一つ、賢くなりました!」


 三人は和気藹々と会話していた。

 そんな三人の会話を聴き、三人の背中を見ていたネイサンは、かつての仲間の事を思い出していた。

 目を瞑り、過去の記憶を呼び覚ます。

 そう、あの時の……。


「おーい、勇さん!もう会計しちゃいますよ、良いですか?」


 不意に自分の名前が呼ばれ、現在の時間軸に呼び戻された。

 目を見開くと、前方にいる民夫が片手を大きく左右に揺らして呼んでいた。

 そんな子供らしい振る舞いに、ネイサンは堪らず失笑してしまった。


 そして、今一度、ネイサンは自身が持っているラノベの表紙を見てみた。

 何の変哲もない、ただの一冊の本のはずなのに、何故かワクワクする気持ちが湧き上がって来た。

 ネイサンは勢い良く顔を上げ、持っているラノベを民夫の様に上へと持ち上げた。

 そして、民夫に負けず劣らずの声量で叫んだ。


「待ってくれ、これも一緒に頼む!」


 ネイサンは走り出していた。

 それは昔の自分の為に。

 これからの自分の為に。

 そして、これから続くスローライフの為に。

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ラノベ勇者は日本に転生して仲間と共にスローライフを楽しみます 齋藤 リョウスケ @RyosukeSaito

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