誘惑する(純情な)魔女と、それを(楽しく)見守る魔女の騎士

蒼乃ロゼ

貴女の望むままに、

「い・や・じゃ!」

「エルドナ様、わがまま言ってはいけませんよ」

「いーやーじゃー!」


 申し遅れました、私はこちらの彩風さいふうの魔女であらせられるエルドナ様の騎士を務めております、アトラと申します。


 風を司る大魔女のエルドナ様は、まさに風のように気まぐれ、自由。

 そうで在るようにとお姿は、大変かわいらし……、いえ。

 大変に、存分に大魔女としての威厳を放たれております。ええ。


 さて、今はといいますとお召し物の色について存分にわがままを発揮するをしております。

 健気ですね……いえ、失言でした。

 忘れてください。


「では、こちらはいかがでしょう?」

「メイラに会うというのに、赤を着るわけにはいかんじゃろ! お主はあほうか!」

「おや、それは大変失礼いたしました。エルドナ様のお美しさの前では、色彩など取るに足らない要因かと思いまして」

「──んなっ! ~なななな、なんじゃー! おぬしはー!」

「はい? どうされましたか?」


 たまーに、たまーーーーにいじめてしまいたくなることはありますが、私はいたって普通に職務を全うしております。

 なにせ、私は大魔女に直接選ばれた騎士ですから。


 しかし、そうですね……。

 破炎はえんの魔女メイラフラン様にお会いになるのでしたら、確かに赤はまずいでしょうか。


 ……え? 騎士って、そんなこともするのか……でしょうか?

 もちろん。私たちにとっての主とは、それこそ全てを尽くしたくなる存在なのですから。


「ご自分で選ばれますか?」

「~もうよい! ……おぬしが選んだやつを、……着る」

「はい、そうなさってください」


 にっこりとほほ笑めば、バツのわるそうな顔を必死に背けていらっしゃいます。

 可愛らしいですね。

 おっと、これは失言ではありませんよ?


「アトラ……、おぬし。意地がわるいのではないか?」

「はい? 私が、ですか?」

「そうじゃ! いっつもそうやって! からかいおってからに!」

「からかうとは……さて。思い当たる節がありませんね」


 断じてからかっている訳ではありません。

 なにせ、主の美しさを誰よりも認めているのはこの私ですから。


 私が言うのもなんですが、この世界において『魔女』と形容される皆さまは、大変麗しいお姿をしております。

 破炎の魔女メイラフラン様も、その煌めく火炎のような赤髪が深く印象的で、そのまなざしには見る者をとらえて離さない、蠱惑の瞳。

 まさに、魔女にふさわしい妖艶な美貌をお持ちです。


 ですが、私たち騎士にとって、自分の主が一番。

 主こそが、至高の存在。


 我がエルドナ様が、私にとって誰よりもうつくしい。


 風の大魔女を継いだばかりで、私と同じ黒髪が所々に混ざるそのみどりの髪も。

 人々に大魔女の威厳を失墜させぬようにと、先代のような尊大な気質を演じられるそのいじらしさも。

 絶大な魔力を操るその震えたちいさい御手みても。

 思ってもいないようなことを、必死に紡ぎだすその唇も。


 あぁ、ちがいますね。

 これだと、愛おしい。になってしまいますね。


「──、聞いておるのか!?」

「ん? ああ、申し訳ありません。見惚れてしまって聞いておりませんでした」

「っなーーーーーー!!!!」


 嘘は言っておりませんよ?


「お、おぬし……妾をなめておるな!」

「そんなことは」

「な、ならん! ならんぞー! 騎士になめられるなど、あってはならんのだ!」

「エルドナ様、それは勘違い──」

「その口を、閉じよ」


 元の間合いより、下からこちらを見上げるように詰め寄ってくるエルドナ様。

 更には先ほどまでとはうって変り、まるで先代のような、相手を従わすような物言い。

 ああ、……それすら可愛らしいと思ってしまうのは、病気でしょうか?

 他の騎士の方々はどうなんでしょう?

 

 しかし、ここで演目の邪魔をしてしまいますと、ご機嫌を深く損ねてしまいます。

 少しの間、お付き合いするとしましょう。


「のう、アトラ。おぬしは誰に仕えておるのじゃ?」

「風の大魔女、エルドナ様です」

「そうじゃなぁ? では、大魔女とはなんぞや」

「……絶大な魔力により迫害を受けた者を保護し、国すらも対等に取引をする……魔法使いの至上の存在でございます」

「ふうむ。……なればこそ、妾たちが人になめられることがあってはならない……、分かるな?」

「心得ております」


 国相手にすら引けをとらないのは、もちろん魔力や魔法使い同士の繋がりもありますが。

 それ以上に、歴代の大魔女たちが築き上げた、『魔女』という存在へ抱くもの。

 それも大きな要因のひとつです。


 魔女に見初められると、魂を抜かれる。

 魔女はずるがしこく、人を陥れる。

 魔女は他人を顧みず、好きなように振る舞う。


 ……どうでしょう?

 お近づきになりたいでしょうか。


 そう、彼らは虚像を造り上げることで、余計な悪意から仲間を遠ざけようとしてきたのです。


 そして、彼らの本性を知っているのは、他でもない私たち。

 魔女の、騎士です。


「おぬし、まさか忘れてはおるまいなぁ?」

「何をでしょう?」

「はて……。おぬしの魔力を奪ったのは、であったかのう」

「エルドナ様です」

「そうじゃ! 妾じゃ! 逆らえばどうなるか……、分かっておろう?」

「もちろんです。……私にとってそれは、何よりも恐れていることですから」

「──! じゃろう!? 恐ろしいじゃろう! なぁんじゃ、ちゃんと分かっておるではないか!」

「ええ、もちろんです」

「魔力を返してほしければ、妾の気が変わるまで従順に仕えるのじゃ!」


 元は人々より恐れられ、害を加えられた理由となった私の魔力。

 幼い頃暴走し、両親にすら見放され、もはや顔も覚えておりません。

 引き取られた孤児院では、魔力以外の理由で孤児となった者も多く、ここでも私は邪魔者でした。


 力とは、使い方を間違えれば確かに恐怖となるもの。

 彼らが恐れるのも分からないでもないですが、口にだすには憚られるようなこともされました。


 何度も、こんな魔力など無ければいいと。

 捨てれるものなら、捨てたいと。

 そう、願っておりました。


 そして先代風の大魔女様に保護され、私が命じられたのは継承者となるエルドナ様へ仕えること。

 エルドナ様へお仕えするにあたり、二択を迫られました。


 魔力を捨て、『魔女の騎士』となるか。

 それとも魔力をもったまま、大魔女やほかの同胞と共に制御をする修行をするか。


 これは、最初で最後の神からの祝福だと。

 素直に、そう思いました。


 私は迷わずに『魔女の騎士』となり、私と同じ境遇にも関わらず次代の大魔女として必死に取り繕う彼女を支えようと思いました。


 そこからはもう、魔力に頼らない武という武を学び、修練し、それ以外にも彼女の助けとなれるよう様々なことを学んできた次第です。


「全ては、貴女の望むままに」


 願わくば、本来気まぐれとはほど遠い貴女の気が変わりませんように。



 ◇



「久しいな、エルドナ」

「元気そうでなによりじゃ、メイラ」


 外見的な話でいえば、エルドナ様よりすこし目上の方に見えるメイラフラン様。

 しかし、大魔女という立場にある者同士は、生きた年数など関係なく、対等なのです。


「相変わらず、引き籠っているのか?」

「だーれがひきこもり魔女じゃ!」

「ふっ、苦労をかけるな、アトラ」

「とんでもないことです、メイラフラン様」

「なんじゃ、なんじゃ! 二人して!」

「わたくしとエルドナは話がある、二人でここに待機するように。……良いか? ヴィル」

「仰せのままに」

「無視するなー!」


 いくつかある、魔法使いだけで形成された集落のひとつ。

 そこの結界が綻んでいるというので、今回大魔女のお二人が派遣されました。 

 どうやら結界の様子を見て、集落の長に状況を聞いてくるようです。


 本当はご一緒したいところですが、私たちがここで待たされるのにも、もちろん理由があります。


「……ヴィルクス、殿であったか」

「どうぞ、ヴィルと。私もアトラと呼ばせて頂く」

「もちろん。よろしくお願いいたします、ヴィル」


 煌めくメイラフラン様と道を同じくするに相応しい、輝く金の髪を持つヴィル。

 男の私からみても、メイラフラン様とお似合いの、美しい整った顔立ちをした男性。

 彼もまた、私と同じ魔女の騎士。

 そして恐らくは、似た境遇のひとり。


「……少し、ヴィル殿がうらやましいですね」

「? 何がだろうか」

「私は『彩』の名を持つ大魔女の騎士なれど、黒髪……ですから」

「……そのことか。エルドナ様はまだ大魔女になられて日が浅いだろうから、不安になる気持ちは分かる」

「っ! やはり、同じ騎士には分かってしまいますか」


 いつも本心を上手く隠して接している私ですが、どうも同じ境遇の方と話すとなると気が緩んでしまいますね。

 心の中にある、ちいさな不安を暴かれそうです。


「ああ。私も騎士になりたての頃はそうだった。あの方は、私が魔力を取り返したいが為に仕えていると思っていただろうからな」


 やはり、そうでしたか。

 他の騎士も、想いは同じなのですね。


「私たちの表面的な絆は、存外脆い」

「違いありません」

「……だが、彼女たちはきっと……。心のどこかでは願っている」

「?」

「我々と同じ想いを、だ」

「そうなの……でしょうか」


 魔法使いの強者に女性が多いのは、子を成す力があるからか。

 はたまた男性よりも色香で惑わす武器が多いからか。

 色んな説はあれど、昔から魔法使いの代表格といえば『魔女』です。


 そして彼女たちには無く、力を持たざる者にのみ持っているものがあります。


 それは、『数』です。


 いくら強者とはいえ、圧倒的な数で立ち向かわれれば無傷という訳にはいかない。

 まして、彼らを傷付ける意志など強者にはないのに、です。


 だから、魔女たちは無用の争いを避けるため、虚像を築いてきた。


 そうして手にしたものは、──孤独。


「我々にだけあるこの絆……。魔女の口づけにより奪われた魔力は、我々の命と同等となる。魔女の騎士となった者は、仕える魔女が命を落とせば……もろともに死ぬ。だが、我々が死んだところで魔女に影響はない」

「……ええ」

「だから彼女たちは恐れている。傷付けることに臆病な彼女たちは、自分の中に騎士の命があることを」

「そう、でしょうね。だから、彼女たちは騎士が魔力を取り戻したがっていると最初は考える。私たちは自分の意志で騎士になったにも関わらず、生い立ちから卑屈になっているのでしょうね」

「ああ。…………だが、同時に焦がれてもいるはずだ。……同じ孤独を有する者だけが理解する、絆を」

「なるほど……、私たちは互いに本心を隠す生き物なのですね」

「そういうことだ」


 彩の名を持つ大魔女の騎士が、黒髪であることにいつも引け目を感じていました。

 エルドナ様に、本来自分はふさわしくないと。

 

 だから、心のどこかで彼女の意志を確かめたかったのでしょうか……。

 可愛らしいから、という理由と共に、本心を暴きたいがために彼女のいう『からかい』をしてしまうのでしょう。


「では、ヴィルと……メイラフラン様もそうであると?」

「……アトラは、意外に小心者のようだな」

「え゛」


 驚きました。

 いつもはからかう側なので、自分がされると心の準備が間に合いません。


「私からすれば、君達も私達も、何も変わらない」

「?」

「私とアトラは自らの意思で魔女の騎士となり、そして彼女たちはそれを了承した……。あとは、向き合うだけさ」

「向き合う……」

「たまには回りくどい言い方はやめて、本心をぶつけたらいい。……それだけだ」


 私は……。

 もしかして、自信がなく、不安なために。

 軽薄な言い方を、してきたのでしょうか。


 …………いえ、必死に大魔女であろうとするお姿が可愛らしいのは違いないのですが。


「それにしても、歯痒いな」

「そうですねぇ。私たちは魔力を持たない代わりに、抗魔力を授けられていますから」


 魔力にのみ反応する力で、それは武器を介していても伝わる力。

 簡単にいえば、魔女の騎士に直接の魔法は通用しません。


 ですので、制御できるとはいえ結界の側には寄らない方がいい訳です。

 間違って結界を断ってしまうと大変ですから。

 念の為、ってことですね。


「──ひとつ、忠告しておこう」

「はい?」

「知っての通り、私たちには魔法は効かない」

「? ええ、おっしゃる通りです」

「それは主である魔女の魔法も同様だ」

「それは、まぁ……そうですね?」


 忠告とは、いったい何なのでしょう。

 まさか、実はかかってしまう魔法が存在する! とかでしょうか。


「そして彼女たちは、魔女だ」

「……?」

「欲しいものには、魅了をつかう……という訳だ」

「はぁ……」


 私としたことが、彼の意味することが全く理解できません。

 ですが、先輩騎士のおっしゃることです。

 無意味なことではないと思うのですが……。


「おっと、お戻りのようだな」

「本当ですね」

「まぁ、なんだ。あまり……気負わないようにな」

「ええ、幾分か気持ちが晴れました。……ありがとうございます」





「おぬしら! なにをコソコソと話しておるのじゃ!」

「待たせたわね、ヴィル」


 麗しい大魔女のお二人が戻られました。

 まぁ、優劣をつける訳ではありませんがエルドナ様が一番なんですけれどね。


 それはさておき、どうやら結界の件は無事解決したようです。

 このまま帰路につくということでよろしいでしょう。


「アトラ、……エルドナを頼んだわね」

「ええ、お任せください」

「こ、こらー! そこは、妾に頼むところじゃろうが!」

「ふふ。じゃあね、エルドナ。また会いましょ」

「おうおう、ぬしも元気で──!?」


 おっと。

 これはこれは、驚きました。


「行くわよ」

「はい」


 主と従者にしては、とても。とても密接に体を寄せながら、二人は去っていきました。

 ヴィルにいたっては、メイラフラン様の腰に手を回していらっしゃいます。

 なんですかその「お前も頑張れよ」みたいな眼差しは。


 うーむ。

 さきほどの助言から、何となく彼の言いたいことは分かるのですが……。

 私にはちょっと難易度が高い気が……。

 いえ、正確にはエルドナ様の。


「あ、あ、ちか……近いいい……!」


 案の定、純粋な彼女にはどうやら刺激が強かったようです。

 お顔は真っ赤に染まっております。

 まぁ、そんなお姿も可愛らしいのですが。


「エルドナ様、私たちも帰りましょうか」

「…………」

「……エルドナ様?」


 まだ刺激冷めやらぬのでしょうか。

 俯いたまま、その場を動きません。


「……よ」

「はい?」

「わ! 妾にもっ、あれを、──あれをせよ!」

「えっ」


 本日何度目かの驚きました。

 まさか、あのエルドナ様が、そんなことをおっしゃるとは。


 ……もしや、メイラフラン様になにか言われましたか?


「ええと、それは……貴女に触れる許可をいただけると?」

「そ、そうじゃっ! 妾は、気まぐれじゃからな! いっ今は……そのー、ゆ許す!」

「……!」


 ああ、もしかして。

 ヴィルの言っていたことは、こういうことなのでしょうか。


「……仰せのままに」

「んにゃーーーーーーーー!!!!??」


 するりと腰に手を回せば、予想通りの反応。

 こんなところを誰かに見られれば魔女が男を惑わすなど、信じられませんよね。


「よ、よぉし。……か、帰るのじゃ!」


 どうしましょう。

 緊張なのか。小刻みに震えるその肩が愛しくて、愛しくて。

 ……勢いあまって抱きしめてしまいそうです。


 魔女と騎士の関係上、言葉では決して暴けないその本心を、ヴィルはメイラフラン様の些細な行動できっと見抜いたことでしょう。

 そしてその行動に、相応に報いたことで、……彼は決して主の側を離れないと。

 行動で示したことでしょう。


 これはきっと、彼女なりの意思表示。

 私に自由になる選択肢を残しつつも、本当は離れてほしくない。


 その気持ちを、魔女特有の行動で示したのでしょう。


 なにせ、エルドナ様は本来人々が思い描くような魔女らしからぬお方。

 その彼女が、なめられないように魔女らしく振る舞うのはなんらおかしいことではない。


 で、あれば。


「どこまでも、お供いたします」


 魅了された人々のように。

 それらしく、振る舞いましょう。

 私は、魔女に心を囚われた者ですから。


 ああ、でも……だめですね。

 ヴィルはああ言いましたが、やはり私はこの方の愛らしいところを少しでも長く見たいがために、いじわるをしてしまいそうです。


(焦りは、禁物です)


 少しずつ。

 でも、着実に。


 貴女にしっかり、囚われてみせます。

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