序 3
おはようございます。今日は日曜日時刻は朝9時半。
朝ご飯を作って口の中に突っ込んだ僕は、昨日と同じリュックサック(瑞祥さんにいろいろ言われたけどこれしかないから仕方がない)を背負って家を出る。
気乗りはしないけれど、約束はしたし行かざるを得ない。
僕の家は家賃で選んだのでボロボロのアパートだ。ボロさ具合なら瑞祥さんの洋館と比べてもこっちに軍杯が上がる。壁も薄いからあまり大きな音をたてられない。
なるべく静かにドアを閉め、鍵を掛けようとしたところでふと思いついた。
…瑞祥さん、またご飯食べるの忘れてないだろうな。というかあの洋館に食べられるものはあるんだろうか。
「…はぁ」
少し考えた僕は1つため息をついて、余ってる食材を探すため我が家にもう一度入った。
洋館は、今日も昨日と同じ非現実的な雰囲気を漂わせていた。
門を抜けて扉に鍵を刺し込む。開かなかったらどうしようと少し身構えたけれど、鍵は素直にガチャリと音を立てて開いた。
家の中は相変わらず薄暗く埃っぽい。顔をしかめながら廊下を進む。
「瑞祥さーん、来ましたよー…ご飯忘れてないですかー…」
返事は無い。
なんか昨日と同じ感じがするな…
何となく嫌な予感を覚えながら、瑞祥さんが倒れていた部屋の前に辿り着く。
ドアを開ける前に、息を吸って呼吸を整える。と、埃も吸い込んでクシャミが出た。
「ハックション!!」
思った以上に大きな声を出してしまい、慌てて口を抑える。これ多分部屋の中に聞こえたよな?
気難しい瑞祥さんの事だ、文句の一つや二つ言われてしまうかもしれない。少しの間ドアを開けるのを躊躇する。
…何も起こらないな?
脳裏に昨日の事が過ぎった。まさかまた倒れてるんじゃ…そーっとドアを開けて中を確認する。
瑞祥さんはソファに座って、大量の紙束をペラペラと捲って読んでいた。真剣そうな横顔が目に入る。集中してて聞こえなかったのかな?とりあえず一安心。
邪魔しないように、こっそりと部屋に足を踏み入れる。
気がつくと、僕の視界は一回転していた。
「あいたぁっ!?」
慌てて足元を見る。瑞祥さんが持っているような紙が、バラバラと散らばっていた。
どうやら僕は、これを踏んで転んだらしい。
「うわきたなっ!?」
よく見ると部屋の至る所に同じように紙が落ちている。本と紙で足の踏み場も無いぐらいだ。
あの人たった1日でよくここまで散らかせたな!?おにぎりか?おにぎり与えたから元気になって散らかしまくったのか!?
これ以上踏まないようにしないと、そう思って慌てて落ちている紙を拾いだす僕。バタバタと紙を集めているとふと、ソファの方からの視線に気づいた。
おそるおそる顔を上げてみると、バチッと瑞祥さんの赤い目と視線が合った。
「あ…えと、瑞祥さん」
瑞祥さんは、鋭い目をこれでもかと見開いている。驚かせてしまったみたいだ…
「お、おはようございます。その…早めに来て掃除とかした方がいいかなって思って…あと、倒れてないかなって…」
瑞祥さんは無言でこっちを見ている。怖い。
「す、すみません…汚いとか…えっと、出過ぎた真似でしたかね…」
何も言わない瑞祥さんに、オロオロと謝る僕。どうしよう。初日からやらかした?このままクビって言われたらどうしよう…
瑞祥さんはずっと喋らないまま、鋭い目つきで僕を睨んでいる。本当に怖い。
じんわりと視界がぼやけていく気がする。駄目だ、泣くな、この歳でそれはキツいぞ。耐えろ、耐えろ、耐え…
「誰だ君は?」
「は?」
こぼれそうになっていた涙は瞬く間に引っ込んだ。
「え、僕は誠ですけど…」
「まこ…?」
腕を組んで考えている瑞祥さん。えー…忘れっぽいとは思ったけどここまでとは…
「えーとほら、昨日来た…」
「きのうきた…」
「倒れてるとこを助けた…」
「たすけた…」
ダメだこりゃ。
僕はもう呆れてしまった。昨日のたくさん推理をしていた、かっこいい瑞祥さんはどこ行っちゃったんだ。
「あのーえーとそうだ、おにぎりあげました」
「おにぎり…?」
「お茶もあげました」
「お茶…!」
「何?なんで命助けた話より物あげた話の方が印象に残ってるの?」
堪えきれず思わず突っ込む僕。瑞祥さんは1人でうんうんと頷いている。
「他にはあるか?」
「え?あーと…」
あとは…あれしかない。
「助手…に、任命されました」
途端、瑞祥さんの動きが止まった。あれ?と思って顔を覗いてみる。
ゆっくりと瞬きをしてから、口をぱかりと開けて瑞祥さんは言った。
「ああ、真実くんか!」
「誰だよ!!?」
大きな声が洋館中に響いた。
瑞祥さんはどこまでも忘れっぽかった。
僕の名前も覚えてなかったし、案の定ご飯も忘れていた。よく聞くとお風呂も入っていなかったので、大慌てでバスルームに叩き込んだ。
バスルームからフンフンと聞こえてくる能天気な鼻歌を後目に、大きくため息をつく。
昨日あんなに上がった株がだだ下がりだ…
「前の人が逃げたのも納得だなぁ…」
独り言を言いながら、おそらく全然使っていないであろうキッチンにお邪魔する。
想像通り、冷蔵庫は空っぽだった。
「よく生きていられたなあの人…」
生活力は無いのに生命力に溢れすぎてる気がする。
「よし、やるか」
埃にまみれたキッチンを軽く拭いて回った後、僕は軽く顔を叩き、持ってきた食材を出して簡単な朝食を作り始めた。
「真実くんは料理が上手いな!」
「僕は誠で…え?あ、ありがとうございます…」
お風呂から上がった瑞祥さんは僕の作った朝ごはんをご機嫌で食べている。
あまり褒められ慣れてないので、少し照れ臭い。
「あ、水いります?」
「助かる」
口いっぱいにご飯を入れてもごもご返事をする瑞祥さん。…なんか、野良犬にご飯をあげてる気分だ。
そんなことを考えながら、朝ごはんを頬張る瑞祥さんをぼんやりと眺めていると、唐突に彼は口を開いた。
「そういえば、仕事内容の話をすると約束していたな」
「…え?あ、はい!そうです!」
一拍遅れて返事をする。瑞祥さんはうんうんと嬉しそうに頷いた。本当に変な人だな…
お皿に乗ったソーセージを箸でつまみながら、瑞祥さんは言葉を続ける。
「助手としての業務は僕の全面的なサポートだ。僕はこの通り、集中すると寝食を忘れてしまう。毎日じゃなくていい、食事を作り、部屋を掃除し、洗濯をしてくれ。必要な経費は全て僕が持とう」
「…それは、お手伝いさんと何か違うんですか?助手じゃないと、駄目なんですか?」
ずっと引っかかっていた質問を問いかける。
「昨日から、気になっていて…」
「ひふぁうを」
「なんて?」
「ふぇふふぉろわろ」
「うわちょっと、口の中にご飯入れて喋らないでくださいよ」
瑞祥さんは僕の言葉に従ってゆっくりと咀嚼する。素直…
ご飯を飲み込んだ彼は僕を見据えて話し始めた。
「お手伝いさんと助手は全くの別物だよ、真実くん。お手伝いさんは家のことだけをしていればいい。が、僕が君に望む仕事は全面的なサポートだ」
「全面的なサポート…?」
「そうだ。具体的に言うなら、僕の捜査の手伝いをしてほしい。仕事が入ったらその都度、君に伝えよう」
ピッと僕を指さして、瑞祥さんは楽しそうな顔をしている。
「待ってください、捜査ってなんの」
「無論、依頼のだ。僕は名探偵だからな、少し風変りな事件が舞い込んでくることがある。そういう場合は少々厄介だからね、現地に赴かなくてはいけない時もある。そこで君の出番だよ」
…要するに出かけるときにもついてきてほしいってことか。まぁこの人を見ていたらわかる気もする。危なっかしすぎるもんな。でも…
「でも僕学校があるからあまり時間取れないと思うんですけど…」
「大丈夫さ真実くん」
目玉焼きをかじって瑞祥さんは答える。
「そんなに時間は取らせないよ。だって僕は名探偵だからね、すぐに解決して見せるさ」
その言葉は根拠なんて一つもなかったけれど。
呆れるほど自信に満ち溢れた瑞祥さんを見ていると、ストンと何かが腑に落ちた気がした。
「そうそう、調査の時の給金は弾むとも。金に困っている君には最適だと思わないかね?」
「やらせてください」
「君えらく俗物的だな」
うるさいやい。
すっ、とテーブル越しに手のひらが伸ばされる。
「では改めて。これから宜しく頼むよ、真実くん」
腕の先を見ると、にんまりした笑顔。
一つ、息を吸い込み覚悟を決める。差し出された手を握り、今日はきちんと自分の意志で答える。
「…僕の名前は誠です。よろしくお願いします、瑞祥さん」
「ふぁもふへひゃ」
「だからご飯を口に入れたまま喋るな!!」
名探偵高天原の事件簿 塵芥 @hatiura
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。名探偵高天原の事件簿の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます