序 2
「めいたんてい…?」
聞きなれない言葉を耳にして思わず聞き返す僕。
「そうだ」
満足げな顔をして、
「名探偵って、あの…?」
「他に何があるというんだ」
「いやそうじゃなく…」
記憶の中の名探偵を引っ張り出す。…この人が名探偵?こんな何もかも忘れるような人が名探偵…?胡散臭すぎる…
「君信じてないだろ」
しきりに首を捻る僕を見て、怪しんでいる空気を感じ取ったのか彼は不満げに声を漏らす。
「だって高天原さん…」
「瑞祥と呼ぶがいい。君は僕の助手になるんだからな」
いや僕お手伝いさんをするつもりでここに来たんだけどな…
「…瑞祥さんはその、名探偵に見えないというか、どちらかというと迷う方というか」
僕の正直な感想に瑞祥さんは眉を顰める。鋭い目つきも相まって凄味がある。気を悪くさせてしまったのかもしれない。
「す、すみませ」
「では一つ簡単な推理を披露しよう」
唐突にそう言い放った瑞祥さんは、眉間にしわを寄せたまま、微笑んでそう言った。
「さて――」
「まず第一に君は高校生だろう」
「えっと」
「ああ言わなくていい。君の背負っているリュックサック、学校指定のものだろうね。ここに第三高校と書いてある。まだくたびれていないみたいだから、今年入学した可能性が高い。それから君は陸上部なんじゃないか?」
「そうで」
「やはりか。シャツの襟はきちんと閉めた方がいい、ユニフォームの襟形の日焼け跡がくっきり残っている。そうだな…君が食事を買いに行く際、随分走るのに慣れている様子だった。種目は短距離か長距離…ふむ、どうやら反応を見るに短距離のようだな」
「ちょ」
「土曜日に私服で学校指定のリュックサックとは、それ以外にちょうどいい鞄が無かったようだな。なかなか金に困窮しているんじゃないか?ここに来たのも時給の高さにつられて、といったところだろう」
「ま」
「あと君には兄弟がたくさんいるな。先程の金に困窮している話を踏まえると、おおかた食い扶持を減らすため一人暮らしをこの春から始めたといったところか」
「…」
「それから君の額。一房だけ白い部分があるな。家族思いで貧困の君が、わざわざお洒落で白く染めているとは考えにくい。ところで頭部に外傷がつくと、そこから生えてくる髪から色が抜ける事が多々ある。君は昔額を怪我したようだね」
…なんで。
「…合ってます」
「まぁざっとこんなものだ」
瑞祥さんはそこまで言ってふふん、と満足げにソファに座りなおした。
「僕が名探偵ということは、これで理解してもらえたかな」
得意そうな顔の名探偵に、僕は黙って頷く事しかできなかった。目の前の人が、さっき飢え死にしかけていた人と同一人物とは思えない。これが名探偵…
僕が静かに驚いていると、彼は話を続け始めた。
「では新たな助手くん。僕としては現状の呼び方のままでも特に問題はない。だが形式美というものは大切だろう」
瑞祥さんは足を組み、切れ長の赤い目を愉快そうに細めて言った。
「君の名前を教えてくれ」
「僕は…」
「僕の名前は、
「――気に入った」
少し間をおいて、彼はおもむろに口を開いた。
「へ?」
「君の名前だよ」
…僕の名前の何がこの人の興味を引いたんだろう?
眉間にしわの寄った微笑みを浮かべながら、瑞祥さんは言葉を続ける。
「誠くんは、探偵とはどんな職業だと思うかい」
「え…っと、謎を解く仕事、ですか?」
「当たらずとも遠からずだな」
「探偵とは、
いつの間にか、彼はソファから立ち上がっていた。
「偽とはすなわち
ゆっくりと、1歩1歩、僕の方を見据えて近づいてくる。
「真実の意を持つ名前の君は、探偵という職業の傍らに立つのにぴったりだと思わんかね」
僕の前に立った瑞祥さんは、僕に手のひらを差し出して、
「ようこそ、高天原探偵事務所へ。新たな助手を歓迎しよう」
そう言って、怪しくにんまりと笑った。
夕日が照る中、ぼんやりと歩いている。
さっきまで夢の中にいたような、そんな感覚がする。
あの後、今日はとりあえず家に帰れと瑞祥さんに洋館を追い出された僕は、帰り際に明日の12時に洋館に来るように言われた。仕事内容はその時詳しく教えてくれるらしい。
…変な人だったな。まるで嵐だ。
取り留めのないことを考えながら、ポケットに手を突っ込み錆びついたざらりとした感触を味わう。
ポケットの中には古めかしい立派な鍵が入っている。瑞祥さんから持っているようにと渡された、洋館の鍵だ。ずっしりとした重みが、今日あった事は夢ではないと主張している。
「…明日、早めに行って掃除でもしようかな」
埃っぽい洋館を思い出しながら、ぽつりと呟く。と、そこで思い出した。
「僕一言も助手やりますって言ってない…!」
誰もいないのをいいことに、自分の流されやすさと瑞祥さんの押しの強さに愕然として、僕は思わず大きな声を上げていた。
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