名探偵高天原の事件簿
塵芥
序 1
「ここで本当に合ってるのかな…」
古ぼけた洋館の前に呆然と立ちながら、僕は思わずそう呟いた。
*****
「うーん」
腕を組んで唸る。
「うーーん…」
原因は僕の眼前にあるチラシだ。
新聞受けにいつの間にか入っていたそれは、この春から一人暮らしを始めた苦学生の僕にはとてもそそられるものだった。
「時給4,500円…」
普段なら何か犯罪を疑うだろう高時給。どうやら家事をするお手伝いさんを募集しているらしい。勤務時間は要相談で昇給ボーナス制度有り。見るからに怪しい。
「どうしようかなぁ…」
悩む。犯罪に巻き込まれるのは絶対に嫌だけれど、こんな好条件のバイトは他に見たことがない。
年齢問わずなのも高校生の僕にはとても魅力的だ。
「うーん…うん、よし」
面接だけでも行ってみよう。本当に危ない雰囲気を感じたら全力で逃げてこよう。問題なさそうだったら働かせてもらおう。
そう思って面接依頼の電話をかけようとスマホを手に取ったところで、僕ははたと手を止めた。
「…電話番号どこに載ってるんだ?」
チラシには、募集要項と小さな地図しか書いていなかった。
そして話は冒頭に戻る。
腹をくくった僕は小さな地図を頼りに面接会場に足を運んでいた。が、地図が示す場所がどう見ても明らかに怪しい。
大きな洋館は塀と門に守られていて、所々ツタが巻き付いている。門の隙間から覗いてみると、荒れ放題の庭と水の枯れた噴水が見えた。おそらく花壇だったであろう場所は今や雑草が占拠している。
「…一応人がいるかだけ確認しとこうかな」
そう呟き門の隣にあった洋館に似合わないやけに現代的なインターフォンを押す。ピンポン、と軽快な音がなった。…が何も反応がない。
「…いたずらだったのかな」
そうだよな。あんなに好条件のバイトなんてあるはずない。僕はため息を一つついて踵を返そうと、
「…誰だ?」
ひび割れた声がインターフォンから響いた。
「あっ、え?」
「何だ?悪戯か?」
「いえっ違います!僕はその、チラシを見て」
「まぁ何でもいい…僕は今体調が優れないんだ、さっさと帰ってくれ」
声の主はぶっきらぼうに言う。
なんだこの人は、言い方ってもんがあるだろ。
僕は少しイラつきながら返事をした。
「…そうですか、わかりま」
言いかけている途中、ドサリという鈍い音が機械の向こう側から聞こえてきた。
「ちょっ…大丈夫ですか?」
何か物音が聞こえる。重たいものが大量に落ちる音…?
「すみません!大丈夫ですか!?」
何も聞こえない。いや、微かに呻き声がきこえる。
「…っ入りますよ!後で文句言わないでくださいね!」
僕は勢いよく門に飛びついた。
門には鍵がかかっていなかった。不用心だなと頭の片隅で思ったけれども、それよりも今は家主(おそらく)の安否が心配だ。
広い庭を雑草に足を取られるけれど気にせず駆けていく。
焦りながら大きな玄関ドアに手をかけるとこちらもすんなりと開く。いやだから不用心すぎるだろ。
「すみませーん!大丈夫ですかー!?」
声を張り上げながら中に入る。中は昼間だというのに薄暗く、埃っぽい空気が充満していた。
「どこにいますかー!?」
一向に返事が返ってこない。若干の後悔をしつつ家の中を進んでいく。
「……どこにいますかー…」
…僕は幻聴を聞いたのだろうか?実はここは幽霊屋敷で、あの声は幽霊のものだったりするんじゃないか?一抹の不安が脳裏をよぎった。
「…どこに…」
ふと、少し遠くのドアから光が漏れていることに気が付いた。少し心細くなっていた僕は思わずドアに走った。
その部屋は本で埋まっていた。たった一つ、大きく開け放たれた窓のある壁以外の三面は本棚がそびえており、中には本が詰まっている。床の上にもいたるところにたくさんの本が積みあがっていた。本以外にはたった一つ、ソファが部屋の真ん中に鎮座している。
そして部屋の隅に、男がうつ伏せに倒れていた。
「大丈夫ですか!?」
急いで近づこうとすると男の周りに散乱している本が行く手を阻む。邪魔だな!?
本の山をかき分けて男に駈け寄り仰向けにする。随分と背の高い人だ。僕と同じぐらいの年齢だろうか。黒く短い髪の毛が、僕の手を擦る。
「う…」
男は小さく呻いてうっすらと目を開けた。
「…!」
視点の定まらない様子でこちらをうかがう切れ長の目は、血のように赤かった。
「…君は…」
掠れた声に意識が引き戻される。
「大丈夫ですか?救急車を呼びましょうか」
そう問いかけると、男は再度目を閉じて微かに首を縦に振った。
「そう…だな。ここ数日、得体の知れない倦怠感があった…部屋から出ないため、気に留めていなかったんだが…」
「わかりました。少し待っていてください」
スマホを取り出し119を押す。早くしなければこの人が死んでしまうかもし
ぐううぅぅ~~~
何とも間の抜けた音が部屋に鳴った。
「…あの、もしかしてですけど、ご飯食べてます?」
男は少し考える素振りを見せた後、なるほど!といった様子で頷いた。
「いやぁ助かった。まさか僕は餓死寸前だったとは」
ソファに腰掛けて僕が買ってきたおにぎりを口に運びながら、彼はニコニコと話しかけてきた。
洋館とコンビニを全力で往復する高校生の姿は、傍から見たらきっとひどく馬鹿っぽかっただっただろう。人に見られていないといいけど…
「はぁ…」
「何だ気の抜けた返事だな」
今度はペットボトルに入ったお茶(これも僕が買ってきた)を飲みながら彼は言葉を続けた。
「まぁいい。しばらく見なかったが何処に行っていたんだ?」
「は?」
何を言っているんだこの人は。
「犬くんには連絡していないだろ。彼、少しでも僕が一人になると知ったら飛んでくるからな。まったく君は社会人としての意識が足りていないんじゃ…」
「ちょ、ちょっと待ってください!誰と間違えているんですか?」
焦った僕は大きな声で彼の話を遮った。なんで知らない人に代わって説教を受けなきゃいけないんだ。
「ん…?君は犬くんの部下じゃないのか?」
「誰ですか犬くんって。違いますよ、これ見て来たんです」
背負ってきたリュックサックから出した例のチラシを目の前に差し出す。まじまじと見つめた彼はあぁ、と手を打った。
「そうだった、部下くんが手紙を置いて逃げたから新しい人間を雇おうと募集広告を出したのだったな」
大丈夫かこの人。いろいろ忘れすぎだろ、前の人耐えきれなかったのかな。
呆れた感想が浮かぶ。
「では君が助手希望なのか」
聞き捨てならない彼の言葉で、僕の意識は現実に戻った。
「え?助手?お手伝いさんではなく?」
「そうだが」
「助手って、何の…」
まさか犯罪。来る前に想像していたことが頭の中をよぎる。いやまさか、だって目の前の彼は僕と大して歳も離れていなさそうで、でもそんな、まさか…
固まる僕を見てにんまりと笑顔を称えた彼はゆっくりと手を広げ口を開いた。
「この僕、名探偵
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