君の世界は儚い、けど君の生きた世界は尊い

飛鳥カキ

第1話 君の世界は儚い、けど君の生きた世界は尊い

 ガタンッ、ゴトンッ。


 電車が相も変わらず大きな音を立てながら走っていく。


 今、僕こと橘卓也は自分の高校の最寄り駅のホームにちょうど降り立ったところだ。さっき、走っていった電車は違うホームの電車のため僕の乗る電車ではない。


 まだ夕方の4時くらい。今は夏のため、まだ日も高い。僕はクラブに属していない、いわゆる帰宅部というやつだ。


 そのままホームを歩いて行くと、一際目立つ少女がいた。その少女の名は楓麗奈。僕の幼馴染だ。


 麗奈は僕に気が付くと、ニコッと微笑みながらこちらに歩いてくる。


「卓也、今日も早いね」


「麗奈だって同じだろ」


「フフッ、それもそうだね」


 麗奈はいつも明るく僕に話しかけてくれる。この容姿とその明るさも合わさって麗奈は学年いや、学校中で人気者だ。


 最近はある事情であまり学校に来れていないけど。


「卓也」


 麗奈が固い口調で僕の名を呼ぶ。


「ん?何だ?」


「……やっぱ、何でもない」


「何だよ」


 何かを言いかけた麗奈の言葉はその口から発されることは無かった。たまに麗奈はこうやって僕に話そうとしてはやめることがある。最近は特に。


「それよりもさ。チョコ食べない?私、一杯持ってるからあげるよ」


「おいおい、こんな暑い日にチョコ何て持ってくるなよ。溶けるぞ」


「大丈夫だよ。ほら。ちゃんと保冷剤を入れてきたんだから」


 そう言って麗奈が見せてきた小さな手提げ鞄の中にはぎっしりと保冷剤が敷き詰められており、その中にチョコレートが入っていた。


「じゃあ、お言葉に甘えて一つ貰おうかな」


 僕が手を鞄の中に沢山ある中で一枚のチョコレートに手を伸ばすと麗奈に止められる。


「ダメダメ。私と半分こだよ」


 そう言って麗奈が取り出した板チョコを銀紙の上から半分に折り、片方を僕に渡してくる。


「ケチな奴だな」


「あ~あ、貰う側なのにそんなこと言うんだ?」


「冗談だよ。ありがとう」


「分かれば良いんだよ。分かれば。」


 僕がお礼をすると、麗奈はまたいつも通りの笑顔に戻りチョコレートを食べ始める。


 僕も麗奈の横でチョコレートを齧り始める。


 こんな所を教師に見つかれば僕は一発で生徒指導室行きだな。


 そんなことをぼんやりと考えながらチョコレートを齧る。


「こうやって一緒に悪いことをしてると、小さい頃を思い出すね。」


「一緒に悪い事って、僕は麗奈に振り回されてるだけだったよ。僕からは何も悪いことはしてない。」


「そういえばそうだったね。」


 フフッと麗奈が微笑む。


 麗奈は幼い頃、悪いことをしては親に見つかり、このように笑顔を浮かべていた。僕はその悪いことに良く付き合わされて一緒に叱られていたものだ。


「……」


「……」


 沈黙が続く。


 周囲には僕達以外に誰も居ない。


 そのため、板チョコをポキッポキッと噛んで割る音が響く。


 そこに丁度僕たちの乗る電車が到着するというアナウンスが流れる。


「そろそろ来るみたいだね」


「ああ、座れると良いな」


 ガタンゴトン、ガタンゴトン。


 僕と麗奈の前で電車が止まり、プシューッという音を立てて扉が開く。


「電車の中はやっぱ涼しいね!生き返った気分だよ」


「おいおい、そんなに大声を出すなよ。恥ずかしいだろ」


「別に良いじゃん。私達以外誰も居ないよ?」


「そうだけど」


 この車両には僕と麗奈以外に誰も居ない。こんなこと初めてだ。


「ここに座ろっ?」


「はいはい」


 よっぽど外が暑くて嫌だったのか、電車の中に入った麗奈はより元気になっていた。


「暑いからもうちょっとそっち寄れよ」


「ヤダよ。こうが良いの」


 そう言って僕の横に張り付くようにして麗奈が座る。


 こんなに広いのにどうしてこんなにも近づいて座るのか。


 僕は不思議に思いながらも避けるのもあれだなと思い、そのまま座り続ける。


「今日が最後なんだし別に良いでしょ?」


「そういえば麗奈、今日が最後の登校日だって言ってたな」


 麗奈はある病に侵されており明日から入院する。


 実際には手術が成功すれば学校に来ることもできるが、今、僕たちは高校2年生だ。


 入院生活が終わり、自宅で療養してから学校に来るとなると麗奈の学校生活はあと僅かだ。


 それを茶化して麗奈は最後の登校日だと言っているのだろう。


「また治ったら登校できるさ」


「治ったら、ね」


 麗奈は意味深げにそう言うと、暗い表情になる。


「卓也はさ、私がもし、もしだよ?いなくなるって言ったらどうする?」


 突然の重い話に僕は一瞬思考が飛ぶ。居なくなる?


「いなくなる?病気のことを言ってるの?そんなに重くないって言ってなかった?」


「だから、もしもの話だよ。私が居なかったら寂しい?」


「そりゃ寂しいだろ。だって僕が話せるのは家族を除けば麗奈だけなんだし」


 学校では話しかけられはするが、すべて事務的な事だ。唯一僕が気兼ねなく話せるのは麗奈だけだ。


「そんなことないでしょ。卓也はカッコいいんだから、誰からも話しかけられるよ」


「僕がカッコいい?」


「うん、カッコいいよ」


 どこを見てそう思ったんだろ?運動も並みだし、勉強も並みだ。身長だって高くないし、おまけに顔が良いという訳でもない。


 この世の全ての男子の平均だと言っても過言では無いくらいだ。……自分で言ってたら少し空しくなってきたな。


「僕は君の方がカッコいいと思うな。だって、病気になる前はスポーツでは賞を取ってたし、勉強だってずっと学年一位じゃないか」


「ううん。そんな事じゃないの」


 そんな事じゃない?一般に僕の中のカッコいいの全てをこの人は持っていると思うけど。


 顔も良い、スタイルも良い、スポーツもできる、勉強もできる。


 神から二物以上を与えられた存在、それが麗奈だ。


 僕にも少しだけ分けて欲しいものだ。


「ねえ。入院前だし、今から二人で遊園地に行かない?」


「どういう事だよ。入院前だからこそ安静にしとけよ」


「良いじゃん。私の入院祝いってことでさあ。ねっ?ダメ?」


 上目遣いで麗奈が頼んでくる。


 こういうぶりっ子をし始めた麗奈は僕がOKを出すまでずっとこの調子になる。


 それだと僕の精神衛生上良くない。


 僕は、はあっと溜息を吐き、財布の中の残金を確認する。


 今日はちょうどバイトの給料日だったから10万くらいあるな。


 これなら二人分払っても足りるだろう。


「分かったよ。行こうか。でももう夕方だし、向こうに着いたら6時とかになるぞ。帰るの遅くなるって親には言っとけ」


「わーい!やったー!」


 おい、ちゃんと僕の言う事聞いてるか?


 無邪気に喜ぶ麗奈を見て僕は溜息を吐く。


 どうせ麗奈の家と僕の家は隣だから帰るときの心配とかは無いけど。


 こんなに元気そうなら病気何て無かったんじゃないか?まあ、重くないって言ってたしこんなもんなのかな。


「楽しみだね!どのアトラクションに乗ろうかな」


 麗奈と僕は今、スマホで遊園地のホームページを見てどのアトラクションに乗るかを考えている。


「これとか良いんじゃないか?『クマさんのゆったり列車』とか」


「ダメだよ。全然スリル無さそうじゃん」


「じゃあ、これとかは?『カッパさんのゆらゆら川流れ』」


「ねえ、ふざけてる?」


「ふざけてない」


 断固として私はふざけておりません。


「『ギャラクシー恐怖特急』っていうの良くない?」


「良くない」


「お願い、私これに乗ってみたいの」


「ヤダコワイ」


 僕は絶叫系が大の苦手なのだ。そんな上目遣いでお願いしてきたって無駄だぞ。


「私、今日が最後なの。お願い」


「怖いもんは怖いじゃないか。ヤダよ」


 麗奈はム~ッと明らかに不満そうな顔を浮かべる。


 今から遊ぶっていうのにぎくしゃくするのは嫌だし、しょうがないな。


「分かったよ。そんなに乗りたいなら良いよ。僕は下で待っとくから」


「ダメ。卓也も乗るの」


「はあ、分かったよ」


 僕は渋々『ギャラクシー恐怖特急』に乗ることを承諾する。


「それで、コーヒーカップとかメリーゴーランドとかは乗るとして後はこのお化け屋敷にも行ってみたいなあ」


「お化け屋敷?麗奈ってお化け嫌いじゃなかった?」


「嫌いだけど、でも入ったこと無いしさ。それに卓也だって居るし」


「僕に頼られてもな」


 正直、お化けに関してはあまり怖いとかそんな感情は湧かない。


 居るかどうかも分からないお化けよりも凶器を振り回す人間の方が怖い。


「まあ、お化け屋敷くらいなら良いよ」


「よしっ、じゃあ後は何を食べるかだよね。どれにしようかなあ」


「園内なら一杯食べるもんあるだろうけど、結構高いぞ」


「そこは卓也に任せたっ!」


「別に良いけどさ」


 麗奈は病気のため、バイトもできない。


 そのため、必然的に麗奈と遊びに行く時は僕がお金を払っていた。


 僕も何かが欲しいとかそういうのも無く、他にお金を使う場面も無いし別に良いんだけどね。


「な~に?その不満そうな顔?こんなに可愛い娘と遊べるんだから良いでしょ?」


「ハイハイ、可愛い、可愛い」


「何々?もう一回言って」


 僕が可愛いと言うと面白そうに麗奈がせがんでくる。面倒な奴だな。


「だから可愛いよ。麗奈は可愛い」


 お返しだとばかりに僕が真剣な表情で言うと麗奈も少し照れたのか顔を赤くする。


「そ、そんな真剣に言われても」


「麗奈が言えって言ったんだろ」


 麗奈が思いの外照れたため、言ったこちらも恥ずかしくなってくる。


 まあ、可愛いのは事実だしな。可愛いと言ったところで僕にダメージは無い。


「あ、ここ、ここ。こことか良いんじゃない?おしゃれそうだし。写真とかも一杯取れるよ!」


 麗奈が再び晩御飯の話に戻す。


 麗奈が指を差したところは確かに写真映えしそうな食べ物が色々あった。


「そうだな。ここにするか」


 そうして僕と麗奈が遊園地の予定や学校での出来事を話しているうちに遊園地の最寄りの駅に電車が到着する。


「着いたね」


「そうだな、降りるか」


 そうして僕達は電車を降り、遊園地に着く。


「うわ~、キレ~い」


 遊園地には至る所にイルミネーションが施されており、その色とりどりの光が夜の闇を明るく照らしていた。


 そのためか、園内にはカップルが多かった。


 それに気恥ずかしくなりながらも、僕はイルミネーションで彩られる園内へと入っていく。


「綺麗だな」


 僕がイルミネーションの凄さに圧倒されていると、麗奈が手を引っ張ってくる。


「ねえ、早く行くよ!」


「分かった分かった」


 僕は麗奈に手を引かれながら次々とアトラクションを乗っていく。


 イルミネーションがそこら中に施された綺麗な川を小舟でゆっくりと景色を眺めたり、コーヒーカップで死ぬほど目を回したり、お化け屋敷で怖がる麗奈にしがみつかれたり。


 メリーゴーランドですれ違うたびに笑い合ったり、まるで神の如き速さで上下を行ったり来たりするアトラクションで嫌な気持ちになったり、綺麗な食べ物を写真を撮りながら食べたり……。


 そして、とうとう僕の最難関であるアトラクションへ到着する。


「『ギャラクシー恐怖特急』か」


 僕はその圧倒的なまでの大きさに恐れ戦く。


 僕は今からこいつと戦いを繰り広げるというのか。


「さあ、行くよ」


 渋る僕の手を麗奈が引っ張る。


 母さん、父さん、産んでくれてありがとう。僕はこれから数々の勇者達を葬った死地へと向かいます。


 ・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・

 ・・・・・・


「……死んだかと思った」


「そんな大げさな」


 皆さん、僕はやり遂げました。


 僕は全ての期待を背負って飛び立ち、帰ってきた宇宙飛行士の様に空に向かって敬礼をする。


「何してるの?」


「何でも良いさ」


「というか時間的に次がラストだよ。私、最後はあれに乗りたいと思ってるの」


 麗奈が指さすのは大きな観覧車。


「良いよ。遊園地の最後としては定番だし」


 そうして僕と麗奈は観覧車へと乗り込む。


「やっぱり上から見ても綺麗だね」


「そうだな」


 観覧車から見えるイルミネーションにはしゃぐ麗奈の横顔を見て僕はそう思う。


 本当に綺麗だなと。


「ねえ、卓也。おかしなことを聞いても良い?」


 少し頬を赤らめながら真剣な表情で麗奈が聞いてくる。


「何?」


 僕もその麗奈の異様な雰囲気に気圧されながらも問いかける。


「あのね、もし、もしもだよ?私が、その、卓也のことが好きだって言ったらどうする?」


 突然の言葉にドクンッと胸が高鳴る。


 麗奈が僕のことを好き?そんな事考えたこと無かった。


 勿論、僕は麗奈のことが好きだ。それは友人としても男女としても。


 しかし、麗奈が僕のことを好きだとは考えたことが無かった。


 普通に考えて麗奈と僕では容姿も能力も全てが釣り合わないからだ。


「そうだよね、困っちゃうよね。やっぱ、ゴメン!この話は無かったことにして!」


 僕が沈黙していると麗奈がそう言って話を打ち切ってしまう。


「いや~、やっぱりイルミネーションって綺麗だよね」


 麗奈は顔を赤らめているのをごまかすかのようにまた外の景色を眺め始める。


 そんな麗奈の横顔を見て、僕は意を決して言葉を発する。


「好きだよ」


「えっ?」


「友人としてとか人間性がとかそういう話じゃなく僕は麗奈、君の事が好きだよ。だから僕と付き合ってくれないか?」


 僕が愛の告白をすると、麗奈は一瞬驚いた顔になる。そして涙ぐんだ笑顔を浮かべると、


「はい。よろしくお願いします」


 麗奈は差し出す僕の手をしっかりと掴んでそう言った。


 観覧車の下ではイルミネーションが二人を祝福するように大きなハートを描いている。






 これは僕の17歳の時の思い出。


 そして、麗奈との最後の思い出だ。

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