ぼっちだからひとりでカラオケ行ったら間違えて部屋に入ってきた地味かわいい後輩(実は超有名ウタウロイドP)が歌い手デビューを打診してきた。今日は後輩の家で夜通しレコーディングして明日は一緒に登校します。
ぼっちだからひとりでカラオケ行ったら間違えて部屋に入ってきた地味かわいい後輩(実は超有名ウタウロイドP)が歌い手デビューを打診してきた。今日は後輩の家で夜通しレコーディングして明日は一緒に登校します。
ぼっちだからひとりでカラオケ行ったら間違えて部屋に入ってきた地味かわいい後輩(実は超有名ウタウロイドP)が歌い手デビューを打診してきた。今日は後輩の家で夜通しレコーディングして明日は一緒に登校します。
ヤマモトユウスケ
ぼっちだからひとりでカラオケ行ったら間違えて部屋に入ってきた地味かわいい後輩(実は超有名ウタウロイドP)が歌い手デビューを打診してきた。今日は後輩の家で夜通しレコーディングして明日は一緒に登校します。
宇田遊馬にとって、放課後はひとりでカラオケに行くための時間である。
(今日は三曲、100点取れるまで仕上げたいな……。)
今日も学校が終わってすぐに、駅前のカラオケ店に駆け込んだ。
スマホで予約した部屋に入り、慣れた手つきで歌を入れる。
(よし。やるぞー。)
ひとりカラオケに目覚めたのは、コロナ禍の去年。
高校入学後も『密を回避した生活』に真面目に取り組んだ遊馬は、放課後も休日もひとりで過ごしていた。
……ぼっちだった、とも言う。
家と学校を往復するだけの生活の中で、ある日、スマホアプリに使ったことのないクーポンがあると気づいた。
ひとりカラオケが対象の、おひとり様優遇クーポン。
運営企業が時勢にあわせたものを配布したのだろう。
せっかくなので、ほとんど経験のないカラオケにおそるおそる行ってみると、部屋の予約から受付までぜんぶ自動化されていて、びっくりした。
(店員さんとも話す必要ないし、ドリンクバーもついてるし。クーポンと学割併用すれば、めちゃくちゃ安くなるんだよなー。)
放課後、ほとんど用事のない遊馬にとって、ひとカラはちょうどいい暇つぶしになった。
暇つぶしはいつしか趣味になり、そして遊馬は……自分でも知らなかったことだが……趣味に熱中するタイプだった。
特に、採点機能が遊馬の琴線に触れた。
歌を歌うと、採点AIが『歌がうまいかへたか』で点数をつけてくれる機能だ。
その点数を上げていく行為に、遊馬は没頭した。
クラスメイトがソーシャルディスタンスを守って遊ぶ方法を模索する中、遊馬はひとりでカラオケに行き、歌い、採点し、自己分析を繰り返し、家でもボイストレーニング動画なんかを見漁って……最初に100点をたたき出したのは、半年前のこと。
歌った曲は、ウタウロイド楽曲クリエイター『まぜるくんP』の『夕焼けサバトでまた来世』だった。
(というわけで、初手はやっぱり、この曲から。)
ほぼ確実に満点を取れるほど仕上げている曲で、自身のコンディションを見るために、最初に歌うことにしているのだ。
先週は中間テストで歌えていなかったから、遊馬のひとカラ欲求はかなり高まっていた。
だが、今日そのテスト結果も返却されて、ようやく本気で趣味に没頭できる。
『夕サバ』のイントロ、特徴的な短調のギターリフが部屋の中で暴れ出す。
遊馬はマイクのスイッチを入れて、マイクヘッドに歌声を叩きつけた。
フラストレーションを解放するように。
(……うん。今日も『夕サバ』は100点いけそうだな。)
額に汗をかきつつ、曲の中盤まで歌ったところで、ふいにガチャリと部屋の扉が開いた。
(店員か? 異音入ると点数下がるんだけど!?)
「お待たせしました、飲み物入れて――」
歌いながら、開いた扉を一瞥する。
そこにいたのは、肩にかかるくらいの長さの髪の、眼鏡をかけた真面目そうな女子。
遊馬と同じ高校の女子制服を着用していて、両手にドリンクの入ったプラスチックのコップを握りしめている。
店員には見えない。
彼女は遊馬を見て目を丸くし、すぐにパッと頭を下げた。
「す、すいませんっ、部屋を間違え……って、『夕サバ』? しかも上手……!」
感嘆する女の子を無視して、遊馬は歌い続けた。
(友達のぶんもドリンク入れてきて、部屋間違えたって感じか? うわ……。)
早く出て行ってくれないかな、と思う遊馬をよそに、女子の背後で扉が閉まる。
彼女はしばらく目を丸くしたまま、遊馬の歌を聞いていた。
数十秒後、のびやかなハイトーンで歌を締めた遊馬は、採点AIが『99』の数字を表示したのを見て、うらめし気に女の子を睨んだ。
「ひっ」
「ちょっと! きみが途中で入ってきて喋ったから、100点逃しちゃったじゃん!」
「ご、ごめんなさい!」
慌てて頭を下げる女子の胸元に、緑色のリボンがあると気づく。
一年生の学年カラーだ。
遊馬は二年生なので青色のネクタイを締めている。
「一年生? 友達とカラオケ?」
「ええと、はい。中間が終わったので、クラスの打ち上げ会で……」
「あっそ。じゃあ、そのドリンク持って、さっさと自分の部屋戻ったら?」
そっけなく言う遊馬に、女子はおそるおそる問いかけてきた。
「……あの、宇田先輩ですよね?」
「そうだけど」
「全校集会中に居眠りして、生活指導の先生に名指しで怒られてた、宇田先輩」
「そうだけど」
「怒られている最中にも寝ちゃって、生徒指導室に引きずられていった宇田先輩」
「そうだけど。え、なに? 俺の失態、一年生のあいだでも顔と名前付きで知れ渡ってんの?」
クラスにも友達がいない遊馬だ。
とうぜん、後輩に知り合いなんていないのだが、顔と名前を知られていた。
(もしかして、俺……全校生徒に変なやつだと思われてる!?)
恐怖を感じる遊馬とは対照的に、両手にコップを持った女子は眼鏡の奥の瞳を輝かせた。
「宇田先輩、とっても歌がお上手ですね! すごいです!」
「え? ああ、まあ、うん。ありがと……」
後輩女子は興奮した様子でテーブルにドリンクを置いて(置いていいのか?)遊馬ににじり寄ってきた。
遊馬はつい後ずさって、膝裏がソファに触れて、すとんと腰を落としてしまう。
座る遊馬に覆いかぶさらんばかりに、後輩女子が顔を近づけた。
女子に……というか、他人に慣れていないから、どぎまぎしてしまう。
「あの、部屋戻ったほうが……」
「実は、ずっと、宇田先輩みたいな声のひと、探してたんです! こんなところで出会えるなんて! 来たくもないクラスの打ち上げに来てよかったです!」
「来たくなかったんだ……ていうか、探してたってなに?」
「ハイトーンも無理なく出てましたし、声質も歌い方も理想的です! ビブラートの甘やかな感じとか、最高ですよ! 『夕サバ』ってかなり歌いにくく作った曲ですけど、よく高得点取れますね!」
「俺の話、聞いてくれる?」
たじたじしながらツッコミを入れて、
(ん? ちょっと待って?)
ふと、気づく。
後輩のセリフに、妙なところがあった。
「いまさ、歌いにくく『作った』って言った? 作られた、じゃなくて。まるで自分が作ったみたいな言い方だね」
『夕サバ』を作曲者『まぜるくんP』は、世界的にも有名なウタウロイド
ウタウロイドとはパソコンで曲を打ち込んで歌を歌わせるソフトウェアのことで、インターネット上で自作のウタウロイド楽曲を発表する作曲者を『ウタロP』と呼称する。
『まぜるくんP』は二年前の初投稿以来、ほぼ毎月ペースで新作を発表し続けている、神ウタロPだ。
年齢性別すべてが非公開で、その正体は実は二十代後半の男性だ……と、なにかのサイトで見たことがあった。
目の前の女子高生とは、なにもかも繋がらない。
だが、後輩は恥ずかしそうに頬を染めて、うなずいた。
「あ、はい。私が作りました。えへへ」
「そんな馬鹿な」
思わず後輩を半目で見てしまう。
虚言癖のあるかわいそうな子なのかもしれない。
あるいは妄想癖かも。
しかし、後輩女子はさも心外だと言わんばかりに唇を尖らせた。
「あー、うそだと思ってますね? でもほんとうなんです。『まぜるくんP』は、私です。本名が
ポケットから取り出した生徒手帳をぐいぐいと見せつけてくる。
たしかに本名は間瀬ルルらしいが。
「てきとうなうそで俺をからかおうとしても、そうはいかないよ。だいたい、本名なんか証拠にならないでしょ」
「じゃあ、これはどうですか」
間瀬はスマホを取り出して、画面を遊馬にずいっと突き付けた。
動画投稿サイトの管理者画面。
登録者は脅威の百万人超。
投稿者本人しか見られないアナリティクス情報も含む画面は、たしかに……遊馬が何度も聞きこんだ『まぜるくんP』のものだった。
「本人です。信じてくれますよね?」
「で、でも、二十代後半の男性だって、なんかで読んだことあるし」
「エコエコ動画の年間バズ曲表彰式の日が、中学の卒業式とカブったんです。だから、代わりに兄さんに行ってもらったら、そういう記事が出ました」
「む、むう……」
筋は通っている……ように、聞こえる。
「いやでも、きみがハッカーで、『まぜるくんP』のアカウントをハッキングしている可能性も否定しきれない」
「そうだとして、私が宇田先輩に身分詐称する必要がないじゃないですか。意味もなく疑り深いから友達いないんですよ?」
「さらりと罵倒を混ぜ込まないでくれるかな」
だが、まあ。
(そうだよな。偽物が詐欺を働きたいのだと仮定しても、同じ学校の先輩になんか、ぜったい声をかけないもんな。)
もっと、ぜんぜん知らない赤の他人を狙うだろう。
つまり、間瀬ルルは本人が言う通り『まぜるくんP』なのだろう。
信じられないことではあるのだが。
遊馬は嘆息して、目の前のスマホを押しのけた。
「あのさ。俺みたいなのに、あっさり正体バラしていいの? 秘密にしてたんじゃないの?」
「そうしないと話が進みませんから」
間瀬ルルは眼鏡の奥の瞳をキラキラと輝かせた。
「宇田先輩。私と一緒に歌ってみた動画、出しませんか!?」
●
間瀬ルルは、さすがにいったんドリンクを持ってクラスメイトの待つ部屋に戻り、どういう言い訳をしたのかは不明だが、荷物をぜんぶ持って遊馬の待つ部屋に入ってきた。
「で、どうですか? 歌ってみた動画、出しませんか? 出しますよね? 出しましょう!」
「クラスの打ち上げはいいの?」
「え!? 歌ってみた動画なんて何本でも一緒に出してくれるですって!?」
「言ってねえよ」
清楚で真面目で控えめっぽい見た目なのに、めちゃくちゃぐいぐい来る。
正直、ちょっと苦手な相手だ。
歌ってみた動画。
それは、文字通り『既存曲を歌ってみる』動画。
ウタウロイド曲をカバーして動画サイトに投稿するひとたちのことを、俗に『歌い手』と呼んだりもする。
いまやネット音楽の一大勢力で、年末の歌特番に有名歌い手が出場したのも記憶に新しい。
「……正直、興味はある。歌ってみたって、カッコいいし」
「でしょう? 私ならMIXもできるし、オリ曲だって書けますから! 先輩を一流歌い手に育て上げることが可能なのです!」
「ミックスってなに?」
「あー……。歌を加工してうまいこと……あれです。歌声にお化粧するような感じです」
「よくわかんないけど、クオリティ上げる作業ってこと?」
うなずかれた。
なるほど、『まぜるくんP』ならそういう作業も一流だろう。
遊馬にはよくわからないが。
「すっごく魅力的な誘いだと思う。人生で一度あるかどうかくらいの大チャンスだっていうのも、わかる」
「でしょう、でしょう、そうでしょう! さあ、そうとわかれば、さっそく――」
「でもいやだ」
遊馬が告げると、間瀬ルルは濡れた毛長犬みたいにシュンとなった。
「な、なぜですか。好条件だとわかっていながら……。はっ! もしかして、私みたいな地味な小娘よりも、もっと胸元開いたギャルっぽい子が好みですか!?」
「そういう基準で判断はしてない」
ため息を吐く。
「その、なんていうのかな。俺はあくまでカラオケでいい点数を取るのが好きなのであって、歌ってみたとか、そういうガチっぽい活動はちょっとさ。しかもネットに上げるんでしょ?」
「ああ、怖いんですか?」
う、と言葉に詰まる。
「……きみ、けっこうズバズバ言うね。そうだよ、怖いんだよ。インターネットは怖い。歌ってみた動画の投稿なんて、ネットイナゴのかっこうの餌食だ。顔も知らねえやつらに好き勝手言われるのは、いやだよ」
「……まあ、理解はできますけど」
間瀬ルルはしぶしぶと言った様子でうなずいた。
「そういうことなら、仕方ありません。宇田先輩がおいやなら無理強いはしません」
ぐいぐい来る後輩だが、話がわからないわけではないらしい。
ほっと胸をなでおろす遊馬に、間瀬ルルはしぶしぶ顔のまま口元だけをにんまりと歪ませた。
「生活指導の先生に『宇田先輩に思わせぶりな態度をとられ、カラオケの個室に連れ込まれ、心行くまで遊ばれた』と相談します」
「ちょっと待ってもらっていいかな!?」
両手でTを作って『タイム』を宣言する。
「風評被害が過ぎる。次に指導室呼ばれたら、俺、夏休み全部補習入れるって脅されてるんだけど。ていうか相談内容的に補習程度じゃ済みそうにないんだけど」
「でもでも、歌ってくれそうなフリして私をもてあそんだのは事実じゃないですか。もてあそばれた私の傷ついた心と体をどうしてくれるんですか?」
「体は傷ついてないだろ……。つーか、証拠がないぞ、証拠が」
「え? 私がクラスのみんなになんと言って退室してきたか、お教えしましょうか?」
遊馬はソファの上で頭を抱えた。
(ロクでもないこと言って退室してきたな、コイツ……!)
この間瀬ルルという後輩のことが、ちょっとだけわかってきた。
見た目よりずっと不真面目でずるがしこいタイプだ。
「どうします? どうしちゃいます?」
楽しそうに聞く後輩。
遊馬は、うー、と何度も唸ってから、右手の人差し指を立てて見せた。
「わ、わかった。じゃあ、一曲。一曲だけ、歌う。それで勘弁してくれるか?」
「ええ、もちろん! 一曲だけで、じゅうぶんです!」
間瀬ルルは春の花が咲くみたいに、にっこりと笑った。
「一曲だけでもネットで評価されたら、病みつきになってもう普通の生活には帰ってこられませんからね。ずぶずぶハマって抜け出せなくなること間違いなしですっ!」
「笑顔でなんてこと言うんだ、きみは」
●
そして、遊馬はルルの自宅に招待された。
「なんで家!?」
「だって、先輩の家にレコーディング環境ないでしょう? 一曲目からいきなりスタジオ借りる予算は、さすがにないので。うち、完全防音ですし、環境もありますから」
カラオケから歩くこと十数分。
招待されたオートロック付きマンションの一室は、全体的にピンク色の小物が多くて、漂う匂いも……少なくとも、遊馬の自室とは違う匂いだ。
芳香剤だろうか。花のような香りと、石鹸の香りと、それからこうばしいソースの香り。
視線を匂いのもとに向けると、キッチンのカウンターの上に、カップ焼きそばの空きケースが山のように積み上げられていた。
遊馬は真顔でルルを見つめた。
「はぁー」
「な、なんですか! そんながっかりした顔で見て! 女子のひとり暮らしなんてだいたいこんなものですよ!?」
「あのさ。ゴミ捨て何曜?」
「うち、けっこう良いマンションなので、いつでもゴミ捨てできるんですよー。いいでしょ?」
「じゃあ溜めずに捨てて来いよ!」
「せ、先輩だってひとり暮らしするようになったら、ゴミ積み上げるんですからね!? 人類はそういう風にできているんです!」
「主語がデカすぎる」
ぶーたれるルルの代わりに、キッチンのゴミをまとめる遊馬であった。
「ついでに洗面所のゴミもお願いします」
「調子に乗るなよゴミが」
「いま女の子にゴミって言いました!?」
ともあれ。
「ていうかさ。今さらだけど、なんで俺に声かけたの。歌い手なら、俺よりうまいひといっぱいいるでしょ」
「そうでもないですよ。けっこうMIX頼りなひとも多いですし。私、前から音域広くて機械みたいに正確な歌い方ができる男のひと探してたんですけど、ネットで募集しても、なかなか『これ!』ってひといなかったんです」
「ネットで募集……?」
「ええ、『まぜるくんP』の企画で……ご存じないですか? ネットニュースにもしていただいたんですけど」
自分のスマホで調べてみると、すぐにニュースが出てきた。
『有名歌唱ロイドクリエイターまぜるくんP、歌い手の公開オーディションを開始』というニュース。
その下には『まぜるくんP公開オーディション、通過者なしで企画終了』という記事も。
(ぜんぜん知らんかった。)
情報に敏感なタイプでも、ニュースサイトを読むタイプでもないとバレたようで、少し気恥ずかしい。
ルルは、中身は少々はっちゃけ気味だが、外面は清楚で真面目な女子高生そのものだ。
時事に関心を持ち、ニュースもチェックしていることだろう。
そう思ってふと机の上を見ると、社会のテスト用紙が無造作に置かれていた。
22点だった。
50点満点でもやや低い水準だが、母数にはしっかりと『100点』が記されていた。
遊馬は顔を逸らして天井を見上げた。
天井は、キッチンと違って清潔で真っ白だ。
まるで答案用紙のようだな、と思った。
(……コイツ、見た目詐欺が過ぎるな。)
生活力はなさそうだし、勉強には不真面目だし。
なんというか、地味で真面目っぽい見た目からは想像もつかない。
見た目で判断するほうが悪いのだが。
一抱えほどもある巨大なパソコンの電源を入れるルルの背中に、遊馬はふと、疑問を投げかけた。
「ていうかさ。なんで、ひとりで暮らしてんの? 親御さんは? その、理由が言いづらいなら、言わなくていいけど……」
ルルは肩越しに、寂しそうな微笑みを浮かべた。
「実はうち、両親が……」
「あ……」
「ピンピンしてて」
「そんなこったろうと思ったよ」
「ウタロPとして、それなりに収益入ってくるようになってから、作業部屋として借りたんです。高校から近いので、ついでに住んでます。家賃も学費も自分で払っているので、親にはなにも言わせませんよ」
「ストロングスタイルだ……」
「あ、でも不仲っていうわけじゃないですからね? 二日に一度はお母さんが来て、掃除と洗濯とゴミ捨てをやってくれますし、私も週に一度は実家に戻って唐揚げとお味噌汁を作ってもらっています。仲良し親子です」
遊馬が迫真の真顔を向けると、ルルは顔をそむけた。
「あの、その、そんな目で見ないでください……。さっきまでみたいに冗談っぽく流してくださいよ……」
「大きいゴミ袋ある? いちばんデカいゴミを捨て忘れたみたいだ」
「また女の子にゴミって言った!? し、仕送りはしてますし! 音楽で稼いだお金、ちゃんと家に入れてますもん!」
「……まあ、他人の家庭に口出せる立場じゃないし、これ以上は言わないけどさ。掃除と洗濯とゴミ捨てくらいは自分でやれよ」
「うう。音楽のことを優先しちゃって、つい溜めちゃうんですよね……」
音楽。
そういえば、そのために来たのだった。
「おしゃべりしすぎた。そろそろ歌おうぜ」
「おお! やる気満々ですね、先輩!」
ルルは嬉しそうに微笑みながら、上げ下げしたり回したりするつまみが大量にくっついた板みたいな機械をパソコンにつないだり、太いケーブルをどこかから取り出したりし始めた。
「ほんとうは、やっぱりレコーディングスタジオを使えればいいんですけどね。欲を言えば機械類の作動音も入れたくないので。宅録だと環境音はどうしても避けられないですし」
「やっぱりプロなんだな。こだわりがあるっていうか」
「こだわりっていうか、ただの沼っていうか……です。けっこうなお値段になりますからね、機械って」
防湿庫からお高そうなマイクとヘッドホンを取り出して、ルルは遊馬を見た。
「それじゃ、始めましょうか」
「ああ。さっさと終わらせて、俺は家に帰る」
●
結論から言うと、終わらなかった。
「テイク二十、サビのパートから。宇田先輩、サビはもっと感情入れてください」
「いやだから、俺はその『感情入れる』がわかんないんだって。機械的な歌い方できるのが良かったんじゃなかったのかよ」
「機械的な歌い方しかできないとは思ってなかったんですよぅ」
すでに時計の針は二十一時を回ってしまっていた。
遊馬は知らなかったが、こういうレコーディングは一回歌って終わりではない。
一曲を通しで歌い、パートを分けて歌い、うまく歌えたところは機械で切り取って、うまく歌えなかったところは何度も歌い直して……そうやって『最強の歌唱音源』を作り出すまで、終わらないのだという。
ともかく、遊馬の想像の百倍くらい時間がかかるものなのだ。
歌う曲はカラオケでも歌った『夕サバ』で、一発で終わらせるつもりだったが、ぜんぜん終わる気配がない。
というか。
(間瀬の要求する基準が高すぎるんだよ……。)
遊馬は脳内でぼやきつつ、ピンク色の絨毯に座り込んだ。
間瀬ルルはパソコンのモニターとにらめっこしながら、自分もヘッドホンで遊馬の歌声を何度も聞きなおしている。
指を噛んだり首を振ったり髪を掻きむしったり、鬼気迫るといった様相だ。
(こういう相手に、今日はもう遅いから帰りたいとか言えないしなぁ。)
親に「友達と遊ぶから今日は遅くなる」と連絡したところ「友達いたんだね。お母さんは嬉しいです。遊馬にもお友達ができて。好きなだけ遊んでおいで。」と返信が来たので、いっそ、とことん付き合ってやるつもりだった。
どうせ、最初で最後の『歌ってみた』だし。
「間瀬さぁ。おまえ、ちょっと休憩したら? 俺より休んでないでしょ」
「いえ、でも……」
「休憩、大事だろ。俺、音楽のことはわかんねえけどさ。ずっと同じことしてたら、詰まるじゃん。勉強でもゲームでも、カラオケの点数上げでも」
間瀬ルルはしばらく遊馬を見つめてから、ふっと微笑んだ。
「先輩、優しいですよね。友達いないけど」
「一言余計なんだよ、お前は」
「えへへ。それじゃ私、一回休憩いただいて、シャワー浴びてくることにします」
「おう。……おう?」
シャワー? 首をかしげる遊馬を置いて、ルルは廊下に出て行った。
無音の時間が過ぎる。
遊馬は全神経を耳に集中させてみたが、水音すら聞こえない。
(……いや。防音室だからな、うん。)
音が聞こえないのは当たり前だった。
(間瀬ルル、けっこう無頓着なやつだとは思ってたけど……。)
男の先輩がいるときに、わざわざシャワーを浴びるなんて。
警戒心がないにもほどがある。
地味めだが、よく見ると顔の作りは整っているし、好きなことに夢中になる性格は、厄介ながらも好ましい感じがするし、ボディラインなんか、ひとつ年下のくせにすごくこうメリハリが……って。
「いやいや。違う。そういう想像をするな」
脳裏に浮かんだシャワーシーンを振り払う。
無心になるため、遊馬が素数を数えていると、ピンク色のパジャマに着替えたルルが戻ってきた。
頭にはタオルを載せており、なんだか全体的にほかほかしている。
その姿を見て、遊馬は一瞬「そすうってなんだ?」と思考を停止させたが、
「おう。お帰り」
表面上は、しっかりと紳士的な対応ができた。
「あがりましたー。先輩もよかったらどうですか?」
「いや。俺はいい」
動揺を悟られないように、立ち上がる。
「俺も休憩できたからさ。録ろうぜ」
「はいっ!」
風呂上がりパジャマ姿の無防備な後輩に対する動揺をおくびにも出さず、遊馬はマイクの前に立った。
悶々として上手く歌えそうになかったが、腹の下に力を込めて歌声をマイクにぶつける。
そして、歌い切った遊馬に、ルルが感嘆の声を上げた。
「先輩、感情込めて歌えてるじゃないですか! すごく揺れてましたよ、こう、心というか、情緒というか……。私の理想の『夕サバ』っぽくなってきました!」
「そ、そうか」
「いきなり見違えましたね。なにがどう変わったんでしょうか。環境的な要因ですかね……?」
「いやあ、休憩したからじゃないかな……?」
ごまかす遊馬に、ルルは首を横に振った。
「いえ、こういうコンディション調整の方法はしっかり押さえておいたほうが、今後の役に立ちますから。……でも、環境的にはなにも変わってないですよね。ごはんを食べたわけでもないですし、変わったことと言えば……」
ルルはパジャマの自分を見下ろした。
「……あっ」
頬を赤く染め、上目遣いに遊馬を見る。
「……せんぱいのえっち。なに見て感情揺らしてるんですか、すけべ」
「違うって! いや、違うんだって!」
「やっぱり胸元開いてる子のほうが好みなんですね、先輩は」
手をバタバタさせる遊馬をジト目で見ながら、ルルは胸元のボタンをひとつ外した。
「ちらり、です」
柔らかそうな縦線が、遊馬の視界でふるりと揺れる。
「んぶッ、間瀬ちょっとなにやってんの!?」
「こうしたら、もっと感情入りますよね? さあ、さっそく録ってみましょう!」
「なりふり構わなさすぎるって、おまえ! もうちょっと、自制をさぁ!」
「自制なんてするはずないじゃないですか。なに言ってるんですか先輩」
ルルが遊馬をまっすぐに見た。
瞳の奥の、大人しい外見とは裏腹な、ギラギラした貪欲な輝きに撃ち抜かれて。
遊馬は、なにも言えなくなる。
「私たち、いま音楽やってるんですよ? なりふり構っていられるわけ、ないです」
束の間、呼吸すら忘れてしまった。
そうやって、しばらく見つめ合ってから、遊馬はようやく言葉を取り戻す。
「……わかった。でも、過激なのはやめてくれ。心臓に悪い」
努めて冷静を装いつつ、ヘッドホンを着用してマイクに向き合った。
ルルが機械を操作する。
「それじゃ、またサビから。いきます」
「おう」
冷静に、冷静に……。
(いや、冷静になっちゃダメなのか? 感情揺らす歌い方……だからって、間瀬のほうを見るのはなんか、ダメな気がする……!)
というか。
(俺、間瀬みたいに、なにかにギラギラしたことあったっけ。中学も高校も部活やってねえし、あるとすればカラオケくらいで……。ああもう、くそ……!)
ぐるぐる、ぐるぐると脳内で感情が渦巻く。
悶々とした気持ちとか、突きつけられた『本気の人間』との差とか、なにもかも。
遊馬は歌声にのせて、マイクに叩きつけた。
●
「すいません。結局、朝まで付き合ってもらっちゃって」
「いいよ。まさか後輩の家から登校することになるとは思わなかったけど」
あのあと、ああでもないこうでもないと言いながら、ハモり音源までレコーディングして、気づいたら登校時間だった。
遊馬は家に帰る時間もなかったので、朝食代わりのカップ焼きそばを食べて、身支度を整え、間瀬と一緒に家を出た。
徹夜の眠気と、レコーディングの疲労が一気に全身に襲い掛かってきて、歩きながら寝てしまいそうなくらいだ。
けれど、さっきまで全力で歌っていた曲のリズムと興奮の残り香が体に染み込んで、妙な高揚感と達成感を遊馬にもたらしていた。
(……すげえな、音楽って。)
普段、何気なく聞いている音楽。
その裏側にある苦労の、ほんの端っこの端っこを少しだけ味わって、遊馬は思う。
「……俺たちの『歌ってみた』、いいのになるといいな」
「いいのにしますよ。任せてください」
そんな会話をしながら、オートロックの自動ドアをくぐってマンションを出る。
道路には、制服を着た同じ高校の生徒たちがいて、しかも遊馬のクラスの同級生もいた。
そういえばばっちり通学路だった。
「……あっ」
気づいたときには、もう遅い。
同級生が遊馬を見て、ぎょっとした表情で叫ぶ。
「う、うわァー! 眠そうな上に疲れた様子の宇田くんが後輩女子と一緒のマンションから出てきて同伴登校してるゥー!」
「なに説明口調で叫んでんだおまえー!?」
「そうですよ! 眠そうな上に疲れた様子ではなく、宇田先輩と私は実際に眠くて疲れています! 徹夜で、しかも激しかったからですね!」
「おまえもなに言ってんだ間瀬ー!?」
もちろん、間瀬ルルが『まぜるくんP』であることは秘密なので、言い訳を考えるのに四苦八苦する一日になるだろう。
(くそ! ……まあ、最初で最後だし、いいか。)
そんなことを考えて、遊馬は笑った。
なお、結局これが最初で最後の『歌ってみた』にはならず、夏休みにルルの家で録音合宿という名の同棲をすることになるのだが……それはまた、別のおはなし。
ぼっちだからひとりでカラオケ行ったら間違えて部屋に入ってきた地味かわいい後輩(実は超有名ウタウロイドP)が歌い手デビューを打診してきた。今日は後輩の家で夜通しレコーディングして明日は一緒に登校します。 ヤマモトユウスケ @ryagiekuru
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