理想の美容室

柑橘特価

見た目で選ぶ異性はやめておけ

 失敗した。


 『僕』は都会の1000円カットの前で立ちすくむ。

 今日は、大学生になって人生で初めて出来た『彼女』とデートなんだ。夜景の見えるレストランも予約を取った、席も完璧。シチュエーションは完全だ。この流れならお姫様でも僕の物になる。


 あとは髪を切るだけ……と、思ったんだけど……


「節約するんじゃなかったーーーーー!!!」


 少し人目の付かないところで心の中では大声、実際には小声で叫ぶ。


 僕のバイト代だとレストランくらいにしかお金は使えなかった。まあ少し髪を切るだけなら1000円でも変わらないだろう。と思ったのが運の尽き。


 こんなのじゃ会えないよなー……


 見た目じゃ気にしないとは思うけど、僕がめちゃくちゃ気にする。今の時間は16時、こんな時間にこんな都会で空いてる美容室なんてある訳無い……あれ?


 何ここ?


 ふらふらとペットが死んだように歩いていた僕の目の前に1つの美容室。何の変哲も無いんだけど、僕の目に止まる。名前は【NICE TIME】。


 ……だっさ。


 超絶ダサい。でもなんかここならどうにかなりそうな気がする。もうどうにでもなれ!


「お、いらっしゃーい」


「空いてます……?」


 出迎えてくれたのは僕とそこまで年齢の変わらなそうな『美容師』のお姉さん。ピンク色のショートヘアにオシャレな服。腰には良く美容師がよく付けているハサミとかが刺さってるあれ。

 店内はそこまで広くない。観葉植物とかが置いてあるそこには、席が2つあるだけ。でも見る限り店員はこの人だけじゃない?


「空いてるよ。見ての通り閑古鳥さ」


 ダサかったのは店名だけ。オシャ度が高い店内全部に僕は浄化されそうになる。


「じゃあお願いして良いですか?」


「良いよ良いよ。そこに座って」


 閑古鳥かんこどりが鳴くほど空いてる店内は腕のせいか?とか気になる事はあったけど、今より変になる事は無いと思う。僕は言われるがままに席に座る。


「少年、さては今日デートだな?」


「え?」


「それで違うところで髪を切ったけど失敗した。違う?」


 ……なんでわかるんだ?


「こんな時間にこんな都会で飛び込み。肩には切ったばかりの細かい髪の残りが乗ってる。わかりやすいさ」


「その通りです……」


 この人只者じゃない。少年漫画の強敵が出てきた時のリアクションの様に戦慄が走る。


「ま、あたしの仕事だから髪は切るさ。でもさ、君の彼女は見た目だけで嫌うような人?」


「それは……」


「違うんじゃないかな?」


 大学に入り、ゼミで出会った今の彼女。最初は笑顔が素敵で、こんな人と付き合えたら良いなと思った。友達に頼んで連絡先をゲットした。

 2人で初めて会った。映画を見に行き、また行こうねと約束した。

 何回か会う事を繰り返して、それはデートになった。


「僕は……」


「うん、自信が無いのはしょうがない。これから付けていこう?よし、今日はお代はいらない。あたしが見た目で選ばない彼女かを確かめてあげよう」


 と、言って僕の注文を聞かずに切り始める。僕がどういう髪型が良いかを知っている様に。オーダーメイドの洋服を仕立てる様に。


 まあこの人なら任せても良いかな?


 ***


 髪を切り終わった僕は、待ち合わせの場所で彼女を待つ。なんて言ってくれるだろう。見た目だけじゃ無いだろう。僕を選んでくれたのは中身だろう。

 見た目で選ぶ異性はやめておけ。最後にあの人は言っていた。


 町行く人達も僕に視線を集める。そりゃそうだ。今の僕は誰よりもイケてる。


 LINEが来る。彼女が駅に着いたって。ドキドキする。いつも会っていたのに、今日の気分は最高だ。何回会っても初めて会う様に鼓動が高鳴る。


「おーい!」


 早く気付かれたくて、会いたくて手を振る。向こうも僕に気付いたようだ。


 あれ?


 僕の姿を見た彼女は、そのまま回れ右して去っていく。


 待って!


 駆け出した僕は、もう人混みに紛れた彼女の事を探し出す事は出来なかった。


「やっぱ見た目だけだったのか……」


 彼女も消えた人混みの中に、僕は溶けていく。


 フワリと、僕のモヒカンは電車の走る風に揺れる。


 こんな事で別れたなんて誰にも言えない。それにしても予約はどうしようかな。

 そうだ、予約したレストランにあの人を誘ってみようかな。空いていたし。


 そう思った僕は、【NICE TIME】へと歩き出した。

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理想の美容室 柑橘特価 @yasuurimikan

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