37 長良川の戦い 後編
それは、織田信長が
「……お
「
信長が腕を出すと、可成は馬を止め、ひらりと飛び降りて、信長に帰蝶を渡した。
「道三さまの当て身により気を失っておりましたゆえ、ご無礼つかまつりました」
「……で、あるか」
可成らに水を与えるように命ずると、信長は「濃、濃」と言って、帰蝶を起こした。
帰蝶ははっとして目を覚ます。
「……父上、父上! ……えっ、信長さま!?」
「追い返されたようじゃな、やはり」
それだけで、信長、そして帰蝶は事態を理解した。
道三は決戦に挑むつもりだが、それは死中に活を求める戦い。
そのような戦いに娘をつき合わせず、信長の
「……信長さま」
「判っておる。今すぐ出陣じゃ」
帰蝶は木綿が持ち帰った緋色の甲冑を身にまとった。
可成、木綿、小六らも長駆の疲れを厭わず、立ち上がった。
ところが、その瞬間に。
彼らは急報を聞いた。
「申し上げます!」
佐々孫介が、息せき切って、急使とおぼしき者を担いでやって来た。
その急使は、
「申し上げます! この者、尾張より、佐久間さまよりとのこと!」
「何と」
佐久間信盛は、この時点で清州城で留守居役を命じられていた。
その佐久間が急使を送って来たということは。
「岩倉織田家、襲来! 岩倉織田家の織田伊勢守信安、清州付近、下之郷へ焼き討ちとのこと!」
……今川義元のほくそ笑む姿が、目に見えるような気がした。
*
「……
斎藤道三軍の角内が、一色義龍軍の甚右衛門に勝ったことを大音声で告げた。
それを合図に、義龍も道三も突撃を命じた。
「かかれ! あれなる国盗りの叛賊・道三を討て!」
「
乱戦に次ぐ乱戦。
その最中、ついに義龍は求める敵・道三を
勝った。
義龍はそう思った。
いかに
この六尺五寸の巨体の義龍の一撃を食らえば、かなうまい。
「はっはー! 食らえ! この一色義龍さまの一撃を食らって、あの世へ行け!」
義龍は喜色満面に槍を繰り出す。
一方の道三は、あわてずにその槍をいなし、
「フン、一色義龍か……」
「どうした? うらやましいか? 成り上がりて、さまざまな家を乗っ取って下剋上して来た貴様だが、おれは生まれながらにして貴種よ! 父は土岐であり、母は一色よ! 貴様のように、斎藤だの山崎屋だの、片腹痛いわ!」
「……何故、土岐と名乗らん?」
「……あ?」
「何故、土岐と名乗らん? そう聞いた」
気がつくと道三の槍が、義龍の槍を
その動き、あたかも、蛇の……
「……うっ、くっ、このっ」
「おおかた、自信が無いのであろう。あるいは、嘘だった時の狙いか」
「う、嘘とは何だ、嘘とは」
義龍の槍が震える。
手から汗がにじみ出ている。
「この道三の子ではない、土岐家の子である、というのが嘘だった時の狙いよ」
「何だと!?」
「嘘だった時……やはり土岐ではなく斎藤だったでは外聞が悪い……ゆえに、ゆえにこそ一色よ。そうしておけば、
「…………」
義龍は顔を真っ赤にして沈黙している。
道三はそれを「肯定」とみなした。
そして憐れんだ。
「息子よ」
「い、今さら、そんな呼び方をするなっ」
「息子よ……それも今川義元の入れ知恵か? だとしたら、もうよせ。自分で考えろ。わしが気に入らないなら、戦ってやる。だがそれなら、お前自身の知恵と力で戦ってみせよ……かつての、このわしがそうだったように」
「……黙れ。黙れ黙れ黙れ黙れええええいっ」
義龍は滅多やたらに槍を振り回した。
恐慌状態の主に気づいたのか、義龍の兵が続々と集まって来る。
「討て! 奴を討て!
「それが答えか義龍、ならばお前は、織田の信長の門前に馬をつなぐようになろう!」
「早くあのじじいの
義龍の
さしもの道三もこれにはたまらず、どうと崩れた。そこを小牧源太という兵がやって来て、道三の
一瞬動きを止めた道三。
その首を。
源太の刀が。
「……帰蝶!」
斎藤道三、享年六十三歳。
野望に彩られた人生であったが、最後には嫡子の野望の前に斃れた。
そして下剋上の梟雄の最後の言葉は、愛する娘の名だったと言われるが、定かではない。
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