中学生探偵クロゾウ

七寒六温

第1話

 事件はここ、サファリ中学校で起こった。シマウマさんが昼ご飯用に買った焼きそばパンが、何者かによって盗まれたのである。


 容疑者は、ライオン君、ワシさん、トラちゃんの3人。この中に他人の物を盗む卑怯者がいる。


 3人の中の誰が、犯人なのだろうか……


 この謎を解決するために登場するのが僕。中学生ながら探偵をしている中学生探偵のクロゾウ。

 探偵として、絶対に犯人を見つけてみせる。それが、僕に与えられた役割である。生き物は、生まれた時点で何かしらの役割がある。それはそれぞれ違うけれど。 


 僕は、ライオン君、ワシさん、トラちゃんの容疑者3人と被害者であるシマウマさんを音楽室に呼び出した。


「じゃあ、話を聞いていきますか……」   

 間髪を入れずに話を始めたかった。考える時間を与えることは、犯人にとっては有利なことであるから。


「ちょっと待って。盗まれたの売店に売っている焼きそばパンだよね? じゃあ私じゃないよ」

 口を開いたのはワシさん。


「私、紅しょうが嫌いだから。あの焼きそばパンには、紅しょうがが入っているから私が盗むわけない」

 ワシさんは、紅しょうがが嫌いだと主張した。しかし、これはあくまでワシさんがそう言っているだけであって、ワシさんが紅しょうがを食べられないという証拠はない。それに、紅しょうがが入っていたとしても、紅しょうがだけ他の人に食べてもらえばいいだけ。ワシさんの犯行は不可能ではない。


「それなら俺だって犯人じゃないって根拠あるぜ」

 次に口を開いたのはライオン君。ライオン君は、サファリ中学で1番大食いであることで有名である。


「俺は今日、家からロールパン4個とソーセージパン5個持ってきている。これだけパンがあればお腹いっぱいになる。わざわざ焼きそばパンを盗む必要なんてない」

 ライオン君は、自宅からパンを持ってきていることを明かした。僕はロールパンなら2個、ソーセージパンなら1個でお腹いっぱいになる。だけどライオン君はパンを計9個も持ってきている。 9個も食べてお腹いっぱいにならないとは思えない。しかし、味変したかった可能性がある。ロールパンとソーセージパンしか持ってきていないライオン君は、シマウマさんの焼きそばパンが欲しくなった。

 ありえない話ではない。


「私も。私も犯人じゃない」

 このままでは自分が犯人にされると思ったのか、トラちゃんが口を開く。


「だって私、シマウマちゃんと親友だもん」

 これまでで一番証明が難しいことかもしれない。親友、友だちだなんて、口でなら言える。だけど、その定義は一体なんだろう。本人の意志なのか、それともお互いが親友と認めることか。


 3人は、それぞれ違う言葉で自分が犯人ではないことを証言する。もちろん、あくまで本人が語っている話であるため、嘘が含まれている可能性だってある。


 その嘘を見抜き、犯人を見つけ出すのが、探偵である僕に与えられた任務である。


「じゃあまず、ワシさん。あなたに質問をします。紅しょうがが嫌いと言ってましたが、どれくらい嫌いですか?」


「どのくらい? 人を犯人扱いして偉そうに語るあなたくらい嫌いよ」


「紅しょうがが嫌いと言いましたが、理由はありますか? ピーマンなら苦い、椎茸なら匂いがダメとか明白な理由があると思いますが、紅しょうがに何か理由はありますか?」


「なんでって美味しくないでしょ? それに私は、紅しょうがの赤色で焼きそばパンの茶色が汚れるのが嫌なの」


「分かりました。そうですか……」

 理由がしっかりしている。ワシさんは嘘をついていない。僕を嫌いだということ以外は……


 ワシさん本人の証言だけでは、ワシさんが犯人であるという証拠は見つからなかった。犯人でないという証拠も見つからなかったが。


 

「では次、ライオン君に質問します」

「ロールパン4個、ソーセージパン5個、パンを9個持ってくるにしては味が偏り過ぎてませんか?」


「そ、それは……俺はロールパンとソーセージパンが大好きなんだよ。だからこの2つを持ってきているんだよ」


「……あなた今、嘘を付きましたよね? 探偵の僕ならすぐに分かります」


「う、嘘じゃねーよ」


「鼻ですよ鼻。嘘を付く人間はよく、左手の人差し指で鼻を触ります。これは一種の防衛反応だと言われております。嘘をついている自分を必死で守りたいのでしょうね」


「そ、そうだよ。嘘だよ」

「本当は、俺の家、家族多いから、あんまり贅沢できないんだよ。弟や妹にお金がかかる。でも、俺もお腹は減る。だから、ロールパンやソーセージパンといった、どちらかと言えば安価で手に入るパンを食べているんだよ」


「それは、失礼しました」

「しかし、こういう見方もできます。同じ味のパンを食べているあなたは、欲しくなったのではないですか? 焼きそばパンが……」

「たまたま目に入った焼きそばパンが、シマウマさんが買った焼きそばパンをみて、うらなましくなって盗んだのではないですか?」


「おい、いくらなんでも俺は、そんなことはしない。昔から親父に、他人のものは盗むなと育てられてきたから。人のものを盗むなんてするわけないたろ」


「なるほど。その話は、本当のようですね」

 ライオン君が犯人であるという証拠は見つからなかった。犯人でないという証拠も見つからなかったが。


「じゃあ次、トラちゃんに質問です。どうしてあなたは、シマウマさんと親友だと言い切れるのですか?」


「どうしてって言われても。私はシマウマちゃんのことこの学校で一番大切だと思っているから……」

「シマウマちゃんは、私のことをどう思っているか知らないけれど」


「なるほど。ちなみに僕はエビフライが大好きです。僕がエビフライを大好きになったのは小学5年生の時。お父さんが連れて行ってくれたレストランで食べたエビフライが。厳密に言うと、エビフライにかかったタルタルソースがとても美味しかったのです。そこから、エビフライが大好きになりました」


「……何の話ですか?」


「エピソードですよ。エピソード」

「このように、トラちゃんが、シマウマさんを好きになったエピソードがあれば教えてください」


「私、引っ込み思案で、近くの家に住むクラスメイトに『一緒に帰ろう』って声を掛けることができなくて、いつも一人寂しく帰っていたんだけれど、小学5年生のある日、帰り道に、悪さをする野生のオオカミが出るって噂が出回って……」

「一人で帰るのは不安で怖かったんだけど、一緒に帰ろうと誰かに声を掛けることもできなくて困っていたらシマウマちゃんが、『トラちゃん、私と一緒に帰らない?』って言ってくれて、そのおかげでその日から私は一人で帰ることはなくなったの」


「だから、私にとってシマウマちゃんはヒーローだし、親友なの」


「そんなことがあったのですか?」

 心温まるエピソードについ、僕も涙を流してしまいそうになりました。しかし僕は泣きません。

 なぜなら僕は探偵だから。探偵とは常に、冷静に状況を分析し、事件を解決しなければならない。


「紅しょうがか、お腹いっぱいか、親友か……」

 この事件の鍵を握るのは、それぞれが犯人ではないことを証明する時に使った言葉。3人の話した言葉が全て嘘偽りないと仮定したら、自ずと犯人は一人しかいない。しかし、動機は分からない。証拠は見つかっていないが、犯人の名前だけ言ってしまおう。その後は勢いで誤魔化せば、動機などは犯人が直接話してくれるだろう。


「皆さん、この中学生探偵のクロゾウは、犯人が分かってしまいました。疑ってしまった皆さん、申し訳ありません」


「犯人は……」

 

 ――僕が声高らかに犯人の名前を呼ぼうとした瞬間だった。一番カッコいい見せ場の部分で、トラちゃんは口を開いた。


「ごめんなさい、ごめんなさい。私がやりました、私です……」

 自白。それは犯人自らが罪を認めること。

 

 僕は、トラちゃんが犯人だという結末に辿り着いていた。犯人はトラちゃんですと名前を叫ぼうと思っていたのに。


「私です。シマウマちゃんの焼きそばパンを盗んだのは私です。ごめんなさい」


 ――盗まれた。盗みやがった。

 

 本来なら僕が、犯人の名前を言い当てて、最高の見せ場になるはずだったのに、犯人の自白によってその見せ場はなくなった。


「トラちゃん。どうして? さっき私のことを親友って言ってくれたじゃない」

 シマウマさんは、トラちゃんの自白を信じられないとばかりに驚いた顔で見つめていた。シマウマさんにとってもトラちゃんは大切な存在だったのだろう。そんな大切な人が、まさか自分の焼きそばパンを盗んだ犯人だったとは思いたくなかったのだろう。


「だって、シマウマちゃん最近、焼きそばパンにばかり夢中で、私のこと見てくれないから。私よりも焼きそばパンのことが大切な存在になったんだと思ったら私、悔しくて……」

「焼きそばパンがなくなれば、シマウマちゃんは私のこと見てくれるかなと思って、つい盗んでしまった。結果それは、シマウマちゃんを悲しませることになってしまった」

「……ごめんなさい。本当にごめんなさい」 


「……トラちゃん」

「私、トラちゃんにそんな思いさせてしまってたんだね。私の方こそごめん。でも、大丈夫だよ。私、焼きそばパンは好きだけれど、焼きそばパンがトラちゃんに敵うわけないじゃん。トラちゃんは私の、親友だから。トラちゃんが嫌って言うなら、私、焼きそばパン食べなくてもいいよ」

 トラちゃんがシマウマさんを親友と思っていたように、シマウマさんにとってもトラちゃんは親友だった。 


「ワシさんとライオンさんもごめんなさい。2人に濡れ衣を着せるような感じになってしまって」


「俺は怒っていないぞ。俺、貧乏だし、この見た目だから、物が失くなるとしょっちゅう俺のせいにされてきたから。疑われるのには慣れている」


「私も怒っていませんよ。疑いが晴れればそれで問題ありません。ポンコツ探偵さん、あなたにも怒っていませんよ」


――ポンコツ探偵だと?

 僕はポンコツ探偵じゃない。分かっていたもん。トラちゃんが犯人だって分かっていたもん。動機までは分からなかったけれど、犯人は分かっていたもん。

 

 中学生探偵今のままでは、カッコよくない。犯人の自白で事件は解決してしまったため見せ場は作れなかった。それにワシさんには、ポンコツ探偵と言われてしまった。ここは1つ、カッコいい言葉でも言おう。


「トラちゃん、あなたはあと1人、謝るべき人を忘れていませんか?」


「……1人?」

 皆が、僕の方を向いて一斉に首を傾げる。


「いえ、僕ではありませんよ」

「トラちゃん、あなたが謝るべき人は……あなた自身ですよ」

「罪を犯すことは、自らを欺くことでもある。罪を犯さずに生きてきた1年前の自分、3ヶ月前の自分、昨日の自分に、トラちゃん、あなたはあなた自身に謝るべきです」

 ――決まった。 

 おそらく、 音楽室にいる全員が僕のことをカッコいいと思ったはずだ。実際、カッコいいもんね。


 僕は、事件を解決した後は、「謝るべきは自分自身です」というこの決め台詞を言うことにしている。


「これで、一件落着ですね。シマウマさんの焼きそばパンは見つかりましたし、シマウマさんとトラちゃんの関係も修復できましたもんね」


 サファリ中学校で起こった焼きそば盗難事件も中学生探偵であるこの僕が、解決した。犯人は自白したが、犯人が自白するように促したのはこの僕だ。すなわち、僕が解決したと言っていいだろう。



 皆さんも、解けない謎や溶かしてほしいわだかまりがあれば、この中学生探偵クロゾウにご相談ください。絶対に、解決してみせます。


 ……お金? そんなものはいりませんよ。

 だって僕は、中学生探偵ですから。

 

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