嘘と機械
ボウガ
第1話
人間の記憶や意識は、時折、自分に都合のいい形で過去をゆがめる。思い返せば、まったく違う事を記憶していたり、忘れたいような出来事にふたをするために自分に暗示をかけたり、無意識に好きな情報だけに目を向けることで、そのほかの情報や物事に対する判断力に好みによる偏りが生じたりする。その“記憶のウソ”を見破る装置があれば……そうした目的で開発されたのが、イヤホン型のある装置だ。その装置は、今いった嘘について使用者に警告をする。初めのうちはそれで問題がなかったのだ……。
装置は企業が開発し一般に販売された。装置の名前は“ビジョンex”。人々の古い記憶の中から、その時感じた感覚、比較的短期的な記憶を取り出し保存し、経験中のことと、思い出す記憶についての違いを見て自分の考えを反芻したり、認知や興味に偏りが存在するとき、データといかに乖離しているかを警告してしらせたり、初めは、大人たちに人気だった。自省やら教訓やらをもたらし、自分の過ちに自分に気づくことができる。そういう面では大変な活躍をしたし、“よくできた大人”を多く生み出した。そして他者の目を気にして自省をする大人、彼らは往々にして他人の目を気にしすぎるほど気弱だったので、それが販売してしばらくの間は彼らに自信がつき、自信をつけることや彼らの精神の安定にずいぶん貢献した。だがそれが販売されてから、時間が経過するごとに奇妙な出来事が増えていった。
その“奇妙な出来事”というのが、教訓を得たことを嘘の正当化の材料にしようとたくらむものが現れたり、嘘と現実を明確に区別することで、さらに強いウソを考える犯罪者や詐欺師が現れた。自己暗示をかけることで、もし犯罪が発覚しても自白を抑えるのに利用したりするのだ。おまけに奇妙といっては何だが、まず“ビジョンex”の良き使用者の中に心の病を抱える人間がふえた。販売されてから5年ほどだったあとのことで、まさか企業もそんな年月がたってから弊害が現れるとは考えておらず、動物での実験も行ったもので、慌てて回収騒ぎなどになった。それでもそれまでのコンピューターなどにはない、脳波の検出能力や、嘘と事実をわける能力はひそかにわずかな人々に重宝され、類似品ので海賊版の“ビジョンdx”が市場に出回ると、もはやドラッグのように警察も、国もそのすべてを回収し取り締まることができなくなっていた。結局、“ビジョンex”や“ビジョンdx”あらゆる研究や検査の結果、この件でもっとも教訓めいた結果を残したのは、人間が作りだす“嘘”を極端に“正しく”しようとした人間は精神的な余裕を失い、むしろ“嘘”を補強しようとした人間がこの機械をうまく扱えたという事だ。
この装置の問題が根本的に解決したように見える出来事がおこったのは、それから数十年がたってからだった。“人々に都合のいいウソ”を時として許し、人に害が及ばない程度の“嘘”を人々が信仰し、小さなグループ、友達や恋人や家族との間で“合意のとれた嘘”を許容しはじめたのだ。
“ビジョンex”に関するドキュメンタリーで、ある“ビジョンex”の被害者は、最初は精神を安定させるために“ビジョンex”を使っていたが、嘘がはだけ、あらわになったことで、かつての悪い記憶を思い出してしまった。今の大親友がかつて、自分をいじめるグループの端っこの存在であったことを、この件に対して、彼女がいうことには
【誰にだって一つやふたつある忘れたいことは、もしや他人だって忘れておきたいことかもしれない、嘘は時として、人間関係をうまく維持する“暗黙の了解”を作るものよ】
またある人は、自分は昔から周囲からドジだのバカだのバカにされたので、本当にそうだと思い込んでいたが、実は、テストやら勉強やらをあえてさぼっているだけで本当は知的な存在だとわかってしまった。やればできるが、やらない。でも彼女はそれで幸せだったのだ。それには彼女なりの理由がある。
【私は、失敗をすることやドジによって、天然ボケとかいわれてちやほやされた、その嘘が発見されることで周囲から人気がなくなってこのドラックのような装置をすてたわ】
そう語る。
しかし、最後にある特異な人はビジョンexの性能と悪影響を“良い物”だと説明した。彼女は、自分の事をもともと嘘もつけないかよわい人間だと思っていたが、自分は無意識に多くのウソをついて自分をまもり、それに気づいても自分の主張や意見をはっきりといえるもう一つの自分の側面に気づいたといい、その意味で
【“ビジョンex”は私には特別な教訓をのこしたのよ】
と語った。
嘘と機械 ボウガ @yumieimaru
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