08.エピローグ
「……で、それっきり?」
学校へ行くにはこの坂道を上るのが一番早い。榊サトルがうっとうしい口のはさみ方をするので、リサは目を合わせてあげない。彼が自転車を押すのに合わせて、ランドセルを揺らしながらついていくだけだ。
彼はリサの隣に住む一個上の先輩で、リサの“仕事”を知る数少ないひとり。何かにつけて危ないことに首を突っ込んでは、面倒くさい倫理観を振りかざしてお説教をしてくる、腹の立つ男。客観的な見方をすれば、暴走しがちなリサの外付け安全装置であり、胸に溜め込んだやるせない気持ちを吐き出すための愚痴聞き係というところだ。
「そのドゥ子さんは、また旅に出ちゃったと」
「そうです」
「挨拶とかも、ぜんぜんなし」
そう、なのであった。
リサが放置されてた自転車を押して(サドルを一番下まで下げても足が届かないのだ。そのことは、決して面と向かって指摘してはいけない。そこに触れるものは、彼女の大鉈の味を知ることになる)、やっとの思いで“彼女”の生家に辿り着いたとき、もうそこはもぬけのカラだったのだ。
残されていたのは、庭の土をほじくって書かれたメッセージひとつ。
『ほんとにありがとう。またね!xxx』
まったく。ほんとに勝手な女。
そういうわけで、今朝、リサは寝不足やら腹が立つやらで、大変機嫌が悪かったのである。
「いけませんか」
「だってさあ。5年も会いたかったんでしょ?」
「別に会いたくないです」
「そのために組合にかけあって転校してきたくせに」
「なんで先輩が知っ……!」
思わず食って掛かったが、それが意地の悪いひっかけだったと気が付いて、リサはにやにや顔のサトルを、とりあえず、蹴っ飛ばした。のへえ! とか言いながら、サトルは向う脛押さえてうずくまる。そのまま置いていく。
「待ってよお」
「旅人は、旅をするのが仕事です。それが命みたいなもんです。だから」
「離れたって、どこかで会える時も来る。ね」
坂のてっぺんまでたどり着き、リサは先輩を睨み上げた。
「後ろ、乗せてください」
先輩が微笑んで、自転車にまたがった。いつものようにその荷台に飛び乗って、運転手の腰に腕を回した。下り坂に飛び込めば、秋風さえ頬に心地よい。普段ならちょっと後ろめたい交通ルール違反が、今日だけは、どこか暖かくて強固な絆の証明に思えてくる。
繋がっているのだ。過去と今とは。思い出と現実とは。
この空が、遍く世界に繋がっているように。
だから、そう。
きっと、あの人の旅路にも。
THE END.
殺殺人鬼鬼リサ兵器 外清内ダク @darkcrowshin
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