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メジャーリーグを夢に見たのは、一度や二度のことではない。大きな声援を浴びて、バッターボックスに立つ選手。唸るバットで空を裂き、外野の奥までボールを飛ばす。実力のあるやつらほど、その舞台を望まずにはいられなかった。
「おい、さっさと歩け」
ヤツは苛立ちを隠せない様子で、俺の足を蹴飛ばした。見知らぬ土地の見知らぬ道で、相当神経が張っているのだろう。
「なぁ、俺はもういいよ。亡命するなら、おまえ一人で行け」
「バカ野郎!! おまえの夢は、その程度のものだったのか!?」
夢はあくまで「夢」であって、叶う保証はどこにもない。だから俺は、いつしか夢を諦めていた。だがヤツは、夢にしがみついて、這い上がろうとした。
「くそっ、大使館はどこだ」
アメリカ大使館があるメキシコシティは、キャンプ地から離れたところにあった。迂闊に人目に留まれず、姿を隠して歩き続ける。いくらアスリートとは言え、疲労は相当なものだった。
「とにかく、大使館だ。そこまで行けば、亡命の手続きができる」
大使館に駆け込むまでが全てだ。ヤツは何度も、そう言い聞かせた。そうすることしか、できなかった。
「もう、いい。もう、いいんだよ……」
俺は腹の調子がおかしくなって、思わずその場でうずくまった。先ほどから、追手の気配がする。母国の人間か、それともメキシコのやつか。とにかく、捕まったら、終わりだ。どうなるかは、分からない。
「おい、立て! ぼさっとするな!」
ヤツは俺の肩を掴んで、乱暴に引っ張り上げた。貧乏には、戻りたくない。だが、死にたくもない。母国で生きている以上、全ては二者択一だ。高望みなど、考えられない。
「こんなところで、死ねるかよ……! 俺は、必ず、メジャーに行く……!」
「期待の新星」とまで言われたヤツは、最後の最後まで夢を追い続けた。やがて足が鈍くなり、汚れた路地でへたり込むまで、悔し涙を流し続けた。
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