天使の涙





「ねえ、呆れてる?」

「呆れていますよ」

「だよねえ」

「告白する。フラれてすっきりする。中学生になってから。高校生になってから。大学生になってから。社会人になってから。どれだけ一途で臆病なんですか」

「だって」

「川田さんと友人になって、田中さんとの繋がりができたというのに。彼女とは別れたという情報も得たというのに。あなたはもだもだもだもだ。厄介ですねまったく。青春真っ盛りの恋は諦めがつかない」

「本当にその通りです」

「しかも告白するまで私に名前を言わなかったですし、やっと白状したかと思ったら、相談に乗ってと泣きついてくる。おかげで何年地上にいなければならなかったと思うんですか」

「えー。十三年です。けど。でも、気に入ってたでしょ。地上の暮らし。ぐだぐだしてても文句を言う人いなかったし」

「その点についてはまあ」

「お母さんの料理も好きだったし」

「その点についてもまあ」

「私をお姫様抱っこして飛ぶのも好きだったし」

「その点についてはあなたの勘違いですね。年々抱えるのに苦労しましたから」

「でもぶつくさ文句は言いながら連れて行ってくれた」

「少しは天使らしい働きをしないと、比較的快適な場所を奪われますしね」

「へへ」

「今日は晴れ舞台なんですから、もう少し凛々しい顔つきにならないといけないんじゃないですか」

「うん。なるよ。勝手に。でも、天使の前では、無理かな。力が抜ける。天使の脱力感がうつったんだよ、多分」

「怖いですか?」

「うん。怖い。ね。信じられないんじゃなくて。なんだろう。なんか。ほんと。ずっと、想い続けてきたせいかな。自分が、怖い。負担になるんじゃないかって。すごく。気持ちを受け入れられて嬉しくて。すごく嬉しかったのに。ずっと、ずっと。今日だって。嬉しい気持ちだけにならない」

「それは仕方ありませんね」

「うん。だよね」

「そうですよ。彼と一緒にどうにかしていかなければならない問題ですから。ゆっくり。もしかしたら、ずっと持ったままかもしれないし、いつの間にか消えているかもしれない。どうなるかはわかりませんが。確かなのは、あなた一人ではどうにもこうにもできないってことだけです」

「天使もいるし」

「私は今日で天空に帰りますよ。居心地は確かによかったですが、そろそろ自室の綿ベッドも恋しくなってきましたし」

「まじ?」

「大マジです。働き過ぎましたから当分お休みです。なので、あなたが生きている間はもう地上には来ませんよ」

「まじ?」

「大マジです」

「うん。ああ。そっか。うん」

「ここは涙が追加されるところではないですか?」

「うん。私も追加するかと思ったんだけど。どうしてかな。引っ込んだ。天使がいつでも力を抜いていてくれるおかげかな。悲しくない。ああ。そっか。天空で今日もだらだらしてるのかなって思ったら。私も力が抜けそうだし。うん。寂しくないね」

「あらあら。私は本当に働き過ぎましたね」

「本当に。うん。本当に。ありがとう。本当に」

「弌夏」

「うん」

「じゃあ、ごほうびにブーケをください。取りには行かないので、私のところまで正確に投げるようにしてくださいね」

「うわ。今日一番で頑張らないと」

「はい。頑張ってくださいね。私はゆるゆる見ていますから。本当はソファがあればいいんですけど」

「お子様スペースにあるけど」

「じゃあそこにお邪魔しますよ」




 ご両親が来たので失礼しますね。

 天使は新婦の控室から出て、広間へと向かった。

 もう列席者たちは席に着いているのだろう。

 人でごった返していた広間は今やスタッフが厳かに通り過ぎるだけで、静寂に包まれていた。

 カーペットが敷かれた床の上をのろのろと歩いて会場へと向かっていた天使はふと、立ち止まって、小さな卓の上に置かれた二枚の絵を見た。

 一枚は、綿毛の蒲公英とふくら雀。

 もう一枚は。


「見えているわけないんですけどね」


 もう一枚は、打ち上げ花火の変化菊に紛れながらも決して埋もれることのない、黄金の輪を頭上に頂き、純白の翼をたおやかに広げる天使と、天使に守られるように抱えられる少女。

 背景は赤、黄、黒、緑、紫、橙を濃く、淡くと無造作に塗られて、花火は水色と白色で描かれていた。


 雨氷の花火。

 天使は呟き、会場に入って行った。











(2022.6.6)


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雨氷の花火 藤泉都理 @fujitori

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