第14話 運命
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僕には世界が眩しく見える。
僕には人生が濁って見える。
羨望や憧れなんてなくなればいいのに。
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白塔梢にとって、白塔呑荊棘は生きる理由である。
白塔呑荊棘にとって、白塔梢は死ぬ理由である。
どちらがいいとか、どちらが間違っているとか、そういうことではなく。
ただ事実としての認識の違いがそこにあるだけなのだ。
致命的な決断をした二人がまず最初にしたことは、例の協力者によって捕らえられている人間に会うことだった。
初木町偽恋の提案により、できるだけ早く行動しておくことにしたのだ。つまり、話し合いが終わると同時に三人はその拠点を出る準備を始め、十分後にはその家には誰も存在していなかったのだ。仇にこちらの動きが把握されているというのは、初木町偽恋をしても、あまり喜ばしい状況とは言えるものではなく、だからこその攻めの一手なのだと、白塔呑荊棘は推測していた。
拠点を後にした三人は、タクシーに乗り込み三十分程揺られ、そこからさらに徒歩で十分、地下鉄で二駅、タクシーで十分、バスに乗り込み二十分、そしてさらに徒歩を三十分。足跡をカモフラージュすることが目的なのだろうが、そういった行動に対しほとんど無知な双子にとって、それは苦痛でしかなかったし、この状況で今更そんなことをしたところで何がどうなるのか怪しいというのが本音だった。
「ねぇ、偽恋さん。ここまでする必要があるとは思えないんだよ。もちろん私と呑荊棘はそういうことに詳しいわけではないけれど、それでももうこっちの動きが向こうにバレている以上必要以上にコソコソしても仕方がないと思うんだよ」
「あぁ、お嬢ちゃんの言いたいことはわかる。確かに事此処に至っちまえば、今更ジタバタしても仕方がねぇ。無用心になるのは愚策でしかないが、かと言って全て後手に回るってのも得策とは言えねぇ。だがな、お嬢ちゃん、俺は今あちらさんに対してこんな面倒くせぇことしてんじゃねぇのよ。俺が足跡を隠したい相手はそっちじゃなく、今回協力してもらったってヤツだよ、こいつとお嬢ちゃんたちを会わせないためのカモフラージュってこった」
「協力者、なん、だよね。その人」
「おぅ、詳しいことを話すつもりはねぇが、俺の預かり知らぬところで勝手に出会って勝手に殺されても困るからな、ある程度のことは共有しておくが詮索はなしだ。俺ですらあまり積極的に関わりたいとは思ってないんだからよぉ。まあ滅多なことがない限り対面するこたぁねぇと思うが、もし万が一会った時は何もするな。そいつに関する一切の行動を禁止しろ。思考も思案も会話も対話も、とにかく関わりを持つな。死にたくなければ、生きたいのならばそれだけは守ってくれ。わかりやすく表現するならばそいつは『死』そのものなんだよ、出会っただけで死を見せる。死に魅入ってしまう、そういう存在だ。見た目はお嬢ちゃんたちよりも少し年下の男の子でしかなくても、それはそういうふうに見えるだけ、奇跡的にそういうふうに見えているだけなんだからよぉ。だから肝に銘じとけよぉ、『死』には近づくな」
白塔梢も白塔呑荊棘も、はっきりと何を言われているのかはわからなかったけれど、それでも目の前の殺し屋をして、そこまで言わせる存在がこの件に絡んでいることは何となく把握できた。その存在が自分たちの常識の外のさらに果ての向こう側のものであること、協力というには危険を含み過ぎていること、出会った時点で終わってしまう何かが自分たちの近くにいるということを二人は認識した。
「まあ、あんまりビビらせ過ぎるのも逆効果なのかもしれんが、忘れるなよぉ。俺も含めて、お嬢ちゃんたちとは住む世界が違う、生きている世界が違う。基準がまるっきり違うのさぁ。っとぉ、そんなこと話しているうちに目的地だな。この埠頭の倉庫にそいつを監禁してある、いいかい?覚悟はできてんのかよ」
「今更なに?引き返して欲しいわけ?私たちはもう進むって決めてる。梢だって私だって、そんなに綺麗な人間じゃない。心の内側に黒くて昏いものを抱えてる。だから大丈夫」
「くははぁ、いいね。いい目だ。じゃあ行こうかぁ」
こうして三人は福岡県某市のはずれにある小さな埠頭のとある倉庫の中へと足を踏み入れたのだった。
中は殺風景だった。
まともな照明など一つもなく、蝋燭が数本と懐中電灯が二つ。それらの灯りだけが倉庫内で自分たちの道を示すものだった。幸い三人とも自前の携帯やらライトやらを持っていたため、歩行にはさほど困らなかった。倉庫のドアを閉め、外との空気を遮断しゆっくりと倉庫内を見渡して初めて気づいたことであるが、この倉庫の中には何もないのだ。視線を遮るものも、身を隠す場所も。そしてそんな空間の中に一人、両手を後ろで縛られ、脚からは出血をしており、首にはワイヤーのようなものが巻き付けられていて、ワイヤーをどこに繋いでいるのかはわからないけれど、それらによってその人物は一切の自由を剥奪されていた。
「ふん、一応ちゃんと生かしてはいるみたいだねぇ。死ぬには傷が浅い。脚の怪我もアキレス腱を切断されてる程度だろうからねぇ」
初木町偽恋は、捕らえられたその人物を見て冷静にそう言った。
それに対して、白塔梢と白塔呑荊棘は顔をしかめ、睨むようにその人物を見据えていた。
「さて、お嬢ちゃんたち。ここからは好きにしなぁ。聞きたいことを聞いてもいい、死なない程度に痛めつけるのもいい、こいつの所有権は今この時をもってお嬢ちゃんたちのものになった」
自分たちに余裕がないことや、黒幕である枠綿無禅に睨みを効かされている状況などを全て忘れているかのように、初木町偽恋は嬉しそうに、楽しそうに二人に視線をやった。
「梢、ここは私に任せてくれる?」
「う、うん。呑荊棘に任せるんだよ」
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「初めまして、白塔呑荊棘です。六年前、二人の弁護士を自殺に見せかけて殺したのはあなたですか?」
「あぁ」
「一人でやったんですか?」
「いや、三人。残りの二人はもう死んでる」
「どうして殺したんですか?」
「そういう指示だったからだ」
「どうやって殺したんですか?」
「ターゲットの車に細工をして事故を起こさせ、気を失ってる間に殺した」
淡々と、淡々とそれらは行われた。
白塔呑荊棘が尋ね、男はそれに答える。
ひどく憔悴している様子のその男は、こちらが予想していたよりもすんなりと答えてくる。
「お嬢ちゃん、口を挟んで申し訳ねぇがこんなに簡単に口を割られちまうと、職業柄疑っちまうもんでねぇ。少し代わってくれ」
「はい」
白塔呑荊棘は言われた通り、男の前から一歩下がった。
そして彼女が立っていたところに、初木町偽恋はゆらりと割って入った。
「旦那ぁ、俺は素人じゃねぇ。それを踏まえて答えてもらいたいんだが、このお嬢ちゃんたちの質問の答えは全て事実かい?」
「あぁ、あんたらに嘘を言う必要が俺には無い」
「へぇ、それは知られたところで困らないって意味かねぇ?」
「それもあるが、違う。俺が仕えていた主人がいなくなった、だからもう隠す必要も無くなった、それだけだ」
「ほぉ、後ろ盾が無くなったってことかい?旦那の主人ってのは誰だ?」
「教祖様だ」
「なるほど」
「俺からも聞きたいことがある。ここから先あんたらの質問には全て答える。だからその前に聞かせてほしい」
「あぁ?立場ってのがわからないでもないだろうに。お嬢ちゃんたちよぉ、どうする?」
「••••••いいですよ、何ですか」
応えたのは、白塔呑荊棘だった。
「そっちの女二人は、あの時の弁護士のガキだろ。お前らのことはあの仕事以来ずっと監視してたからな。ひだまり園を出て大人しく生きていくようならそれで構わない、教団や枠綿に噛み付いてくるなら始末するってのが俺たちに降りてきていた指令だ。まあその指令を出していた教祖様が殺された以上、これからお前らが何を企んでいようと俺がお前らを殺す理由はもう無くなった訳だが。それと同じ理由で俺にはもう守るもんが何もない。質問には答えるさ、知っていることは全て話してやる。だからまず答えろ、お前らがうちの教団に寄越したアレはなんだ?」
白塔梢にも白塔呑荊棘にだって、この疑問に答えることはできない。
この場でその答えを握っているのは初木町偽恋、ただ一人なのだ。
「ははぁ、旦那が聞きたいのはそこか。それに関しては俺が答えるとするぜぇ。だが正直お嬢ちゃんたちに聞かせられるようなモノじゃねぇんだよなぁ、俺が先刻わざわざ濁して話した優しさが無意味になっちまう」
「アレはいつの間にかそこにいた。うちの教団はただの宗教団体じゃない、殺しだって平気で請け負うこともあった。それを今更弁明するつもりはねぇが、少なからず普通の信者もいる。何も知らずに純粋に信仰している人間もいたってことだ。だがアレはそんなことを一切考慮していなかった。情報を吐かなければ殺す、これはまだ分かる。情報を吐かせるための見せしめに殺す、これも分かる。だがアレの行動には何も意思がなかったように思う、意図が見えなかった。こうして捕らえられ、生きていることが返って気味が悪いほどに徹底的に殺していった。もう一度聞く、アレはなんだ?」
「なるほどねぇ、俺は現場にいたわけでもないし、そいつの仕事ぶりを目にしたことがある訳でもないが、うんうん、なるほどねぇ。流石、と言うべきかな。そいつに関して言えることはほとんど無いんだがなぁ」
「あんな理不尽を放っておいて、何も語らんのか。俺は殺し屋とか始末屋みたいやプロではないにしろ、それなりに汚れ仕事はやってきた。だからこそ分かる、アレはプロとかアマチュアとかそういう次元の存在じゃないだろ」
「その通りだー「ちょっと待って」
二人の会話に白塔呑荊棘が割って入る。
「理不尽?あんたがそれを口にするの?私たちのお父さんとお母さんを殺したあんたが、理不尽なんて言葉を口にしていいと思ってんの?」
彼女の言葉には、隠すつもりなど毛頭ない怒りが込められていた。
それこそ理不尽に両親を殺された二人にとって、その男の言っていることは理解できるものではなかったのかもしれない。だが、彼女の怒りに応えたのは意外な人物だった。
「理不尽、なんだよ、お嬢ちゃん。お嬢ちゃんたちの過去は分かってる。それが、それこそが理不尽だと感じるお嬢ちゃんたちを否定するつもりは無いんだがよぉ、こればっかりは事実だ。二日前、この旦那がいた『楽心教』の本部ってとこにはよ、教祖を含め二百人近くの教団関係者がいたんだぜぇ。そして生き残ったのはこの旦那一人だけ。それ以外の人間は、命は全てそいつに殺されちまってる。さっき旦那も言ってたことだがよぉ、全くの無関係な人間もいたはずなんだよ、数から見れば関係なかった人間が殆どだろうよ。なのに殺した、老若男女等しく皆殺しなんだぜぇ。この旦那に同情の余地なんてものは全く無いだろうがな、それでも同情されるべき人間もその場に多数いたってことは確かなんだよ」
「に、二百?」
「あぁ、二百だ。お嬢ちゃん、この旦那の肩を持つとかじゃねぇが、この数字は異常なんだよ。あぁっと、だがその数字をお嬢ちゃんたちがどうこう思う必要は無い。これはこっち側の話だからよぉ、お嬢ちゃんたちが気に病む必要は、全くない」
その言葉を聞いても、白塔呑荊棘は自分の顔から血の気が引いていくのが分かった。
それは白塔梢にしても同じだった。
自分たちの復讐に巻き込んだということは、誰が何と言おうと、この二人にとっては否定しようがない事実であり、疑いようのない結果なのだ。たった一人の何かによって齎された結果が、これからどれだけの波紋になるのか二人には全く予測がつかない。
覚悟はしていた。
もう何があっても前に進むのみだと、心に誓った。
復讐に生きた二人は、それを果たすまで迷わない、そう決めた。
だがどうしても、その結果から目を背けられない。
捕虜一人を捕らえるために、二百人が犠牲になっている。
そんなの、それでは一緒ではないか。
五年間、あのひだまり園で共に過ごした妹と。
狂気に笑われながらも生き残った妹と、同じではないか。
それは、理不尽としか言えないものだったろう。
この時白塔梢も白塔呑荊棘も、その妹のことを連想していたのだろう。
規模は違えど、絶望は同じ。理由が違えど、結果は同じ。
そのどうしようもない事実と、自分たちが立っている現実が白塔呑荊棘に口を開かせたのだろう。
「舞白、ごめん」
いや、それではあまりにも運命とやらが悲劇に傾きすぎているように思えなくもないが、しかしそんなこと、後でどう振り返ったところでどうしようもないのだけれど。
しかし、運命というものはいつだってそこにあって、運命の仕事を執行する。
「おいおい、今お姉さん『ましろ』っつったか?」
その場にいた四人に一気に緊張が走る。
声がした方にそれぞれが目をやる。
そこには、一匹の殺人鬼が立っていた。
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