第11話 邂逅

34

 「失敗は成功の母っていう言葉を知ってるか?」

 「••••••。」

 「じゃあ成功は何に繋がるんだろう」

 「次の失敗だろ」


35

 白塔呑荊棘は知っていた。

 自分たちが成功になど向かっていないことを。

 それは姉である白塔梢よりも事の全貌が見えていたからかもしれない。

 

 「呑荊棘、れん兄から新しい情報来た?」


 白塔梢は真剣な目で尋ねる。

 復讐対象の情報を求めて。


 「梢、この前も言ったけどそんなすぐすぐ情報が集まると思わないで。私は素人なんだし、れん兄もいつも手伝える訳じゃないんだから。それよりこの間聞いたんだけどさ、舞白の様子がおかしいって」

 「舞白ちゃん?なんで?」

 「いや、詳しくは知らない、私も又聞きだったし。でもちょっと気になってさ。舞白は多分私たちよりもキツいと思うのよ。舞白が経験したものは、誰にも共感できないほど凄惨なものだったし、そして何より舞白の本音は私たちよりも壊れてしまってると思う」


 二人は六年前にできた妹のことを思い出す。

 

 「舞白ちゃんは確かに危ないって思うんだよ。ひだまり園に来たばっかりの頃は、本当に見てられなかった。いつ死んでもおかしくないくらい脆くて弱々しかったんだよ。それはみんな気がついていたと思うけれど、それでも舞白ちゃんの心の中にあるものに触れた子はいなかったと思うんだよ。ひょうか姉もずっとそれを気にしてたんだよ。舞白ちゃんがいつか取り返しのつかないことに巻き込まれるんじゃないかって」

 「巻き込まれる、ねぇ。梢、あんたから見て舞白はどう見えてる?」

 「んー、あんまり踏み込んだことは言えないけれど、それでも何か言うんだとしたら、そうだね、舞白ちゃんはいつか人を殺しちゃうんじゃないかって思うんだよ。もちろん舞白ちゃんの言動がそう見えるって訳じゃなくてね、普段の舞白ちゃんは、と言うより私たちが知ってる舞白ちゃんには少なくともそんな風な印象は持てないんだよ。でも今呑荊棘が聞きたいことってそういうことじゃなくて、もっと裏の、もっと奥の部分のことだよね?舞白ちゃん、時野舞白。うん、私は舞白ちゃんが好きだし可愛い妹だから何があっても絶対味方でいると思うんだよ、でも舞白ちゃんの中にいる何かが怖いって感じる時があるんだよ」


 白塔梢は幼少期から社交性に優れ、どんな人とでもすぐに仲良くなれた。それは元々の彼女の性格ももちろんあるのだけれど、情報を集めることにおいて必要なスキルでもあった。双子の表。

 そうして大多数の人間に囲まれてきた彼女はそれなりに見抜く力を持っていた。その彼女の瞳に、時野舞白という存在はとても脆く危うく映ったのだ。


 「それは私も同意見だね、舞白は多分ギリギリなんだと思う。明日にでも壊れてしまいそうな状態がもう六年も続いているんだからね。まあ、でも今は私たちの考えるべきことは他にあるのだけれどね」

 「えー、呑荊棘が聞いてきたんだよ」


 軽い雑談だった。初木町鎌からの連絡を待つ間のアイスブレイク。

 二人にとって他人事ではなかった分、箸休めとまでは言えない内容ではあったが、それでも二人の心は冷静になっていく。大切な家族のこと。可愛い妹のこと。


 それからも二人はいくつかの話題を消化することで時間を潰していたのだが、その連絡は来た。


 「あ、れん兄からだ。えっと、実行犯も絞れたかもしれないって。『楽心教(がくしんきょう)』って宗教団体の幹部が怪しいらしい。聞いたことないけれど、九州ではそこそこ知名度があるみたい。どうする?どうしたって私たちは九州に行かなきゃならないみたいだけれど」

 「行こう、私たちにできることはあまりないけれど、それでも動かなきゃ」


 白塔呑荊棘は初木町鎌にこれからの予定を軽く共有し、すぐに支度に取り掛かった。

 二〇一九年、春、四月三日。

 二人はそれぞれ大きなキャリーバックに荷物を詰め込み、ひだまり園から徒歩五分のところに位置するマンションを出た。憂いはない、懸念も不安も。


36

 同日。場所、福岡県福岡市博多。時刻は十三時。

 白塔梢と白塔呑荊棘は目的の街に降り立っていた。


 「れん兄が案内人を向かわせてるって言ってくれてたけど、待ち合わせ場所ってここら辺だよね」

 「うん。そのはず、ここで待ってれば向こうから声をかけてくるからって言われてる」

 「ねえ、呑荊棘。ものすごく今更なんだけれどさ、れん兄って何者?」

 「知らないよ、元々自分のことを話すような人じゃないじゃん。得体の知れない人ではあるけれど信頼できない訳じゃない。みっちーの事があってからだよ、れん兄が変わったのって。それまでは本当に何してるのかわからなかったけれど、今のれん兄は私たちひだまり園の人間のために動いてくれる。それだけはちゃんと伝わる」

 「へぇ、呑荊棘がそこまで言うのって珍しいんだよ。まあ信頼してるって意味じゃ私も異論はないんだよ、れん兄がいなかったら私たちはきっと前に進めなかったと思うんだよ」


 「ねだんゃち棘荊呑塔白とんゃち梢塔白がちた君」


 男はそこにいた、なんの前触れもなく。


 「え?」

 

 二人が声を揃えて気の抜けた反応をしてしまったことを責めるのは、いささか厳しすぎるのかもしれない。

 上下真っ黄色のスーツに、嘘のように青いハットを被り、足元は真っ赤な長靴を履いていた。

 二人は一目散に逃げようと試みただろう、誰だってこんな格好をした人間に声をかけられたら逃げるに決まっている。しかし、そんな二人の心中など一切気にも留めず、続ける。


 「かい無い違間、がだんるてれさ頼依てっにうよるすをトーポサの讐復のちた前お」

 「な、何言って、るか、わかんない」


 白塔呑荊棘は、一歩だけ前に出て応えた。白塔梢を守るように一歩だけ前に。

 

 「おっと、すまねえ。いつもの癖で喋ってしまっていたよ。これで普通に聞き取れるかい?」

 

 二人は一瞬目を丸くしたが、普通に喋れるなら最初からそうしろよと叫びそうになったが、それでも黙ってコクンと頷いた。

 

 「いいね、それは重畳だ。俺はお前たちにここで会って、お前たちのやろうとしていることに協力するよう依頼されている。名前は••••••、そうだな初木町偽恋はつきまちぎれんと、俺にしては珍しく本名を名乗っておくよ。おいおいなんだよその目は、疑ってるっつーか今にもブチギレそうな目してんじゃねーかよ。まあ、可愛いお嬢さんに睨まれるってのもかなり幸せな時間ではあるんだが、それだと仕事が進まん。とりあえず移動しながら話そう」


 初木町偽恋と名乗ったその男は、そう言い終わるとさっさと振り返り歩き出してしまった。

 数秒間の葛藤、逡巡。

 白塔呑荊棘は迷う。

 先に動いたのは白塔梢だった。


 「行こう。言いたいこともわからないこともたくさんあるけれど、行くしかないと思うんだよ」

 

 白塔梢は、踏み出せずにいる妹の手を取り、男を追いかけた。

 幸い、いくら人混みに紛れようとすぐにわかった。

 男に追いつき、しばらく歩くといつの間にか人混みは無くなっており、逆に人気が全くないと言ってもいいほどの道を三人は歩いていた。


 「よう、お嬢さん方。そろそろ警戒を解いてくれてもいいと思うんだがね。まあこんな人気のない道に連れ込んじまってることには若干の引け目も感じちゃいるがよ。はあ仕方がねぇな。出血大サービスってやつだ。俺の名前は初木町偽恋、そして初木町鎌は俺の息子だ。口外すんじゃねぇぞ、仕事に支障が出る」

 

 男は至極当然のように、彼女たちが現在進行形でお世話になっている兄の名前を出した。


 「は?え?れん兄の父親?でも、え?だってれん兄は、ひだまり園で」

 「呑荊棘、落ち着くんだよ。大丈夫、信用するかどうかはひとまず置いておいて、れん兄が私たちに会わせたのがこの人なら私たちはれん兄のことを信じよう」


 三人は進む。

 歩くこと十五分。街並みは普通の住宅街でありながら、人が生活している空気がほとんどしない、目に映る住居全てが空室であるかのような雰囲気。

 そして三人はとある一軒家にたどり着く。


 「ここが今日から俺たちが拠点とする家だ。盗聴や盗撮の心配もねえし、こんな街だからな尾行すらできねえ。終わった街ではあるが、それならそれで使い道はあるってことだな。とりあえず入るぞ」

 

 男は当然のように鍵を開けた。ピッキングだった、不法侵入じゃねぇか。


 「ははー、中は結構綺麗じゃねぇか。こりゃこの仕事の後も俺が使ってやってもいいな。ん?どうした?さっさと荷物置いてこっちに来い。お前たちの目的と現時点での作戦を聞かせろ」


 男はリビングのソファに堂々と座り、二人にもそうするよう促す。

 若干以上の抵抗はあるが、ここまで来てしまったらもう後戻りはできないと二人は従う。


 「さてさて、それじゃ作戦会議といこうか。まあ外枠の部分は鎌から聞いてるが、齟齬があっちゃいけねぇ。お前たちの口から改めて説明してもらう」

 「わかりました、でもその前に聞きたいことがあるんですけど」

 「ん?お前は呑荊棘っつったか?いいぜ、聞きたいことは聞いておけ。応えられる範囲で答えてやる」

 「あなたは一体何者なんですか?」

 「はっはー、いいね。青いねぇ。何でも屋って言えたらもうちょい格好がついたんだろうけどよ、俺は殺し屋だよ。依頼があれば誰だって殺す。まあいきなりそんなこと言われても信じられねぇよな、そりゃそうだ。住んでる世界が違うからな、そして生きてる世界が違うからなぁ」


 白塔梢と白塔呑荊棘に緊張が走った。

 「殺し屋」という言葉はその実態に反して、かなり有名である。

 昨今の映画や小説でも当たり前のように出てくる単語であり、そのキャラクターがどういったことを生業にしているかも想像しやすいはずであった。

 しかし目の前にしてみると、そんな知識はフィクションでしかないのだと思い知らされる。

 白塔梢にしろ、白塔呑荊棘にしろ、二人とも多くの人間に囲まれた生活に身を置いていた。だからこそ二人には目の前の男が異常に見えた。異常で異質で異形だった。

 

 「それ、れん兄は?」

 「もちろん知ってるさ。じゃなきゃこうしてお前たちと行動を共になんかしてねぇよ。それで、他には?」

 「れん兄になんて頼まれて来たんですか?」

 「ふん、つまらねぇ質問ばっかりじゃねぇか。鎌からの依頼は簡単なものだったよ、お前らを手伝えだとさ。ただ殺し屋である俺に依頼するっつーことはつまりはそういうことなんだろ?護衛としての俺なのか、刃としての俺なのかはお前たちの話を聞いてからにはなるがな」


 ここで白塔呑荊棘は一つため息を吐く。

 

 「わかりました、まだ完全に信用はできないけれど。でもどっちみちここから先は私たちじゃ踏み込めない世界もあると思う。殺し屋って人種に階級みたいなのがあったとして、例えばあなたがそこの最下層に位置する殺し屋だったとしても、私たちよりかは可能性を持ってると思う。梢は?」

 「ん?私はいいんじゃないかなって思うんだよ。復讐そのものは誰かに任せたいとは思えないけれど、その手伝いをしてくれるっていうなら願ったり叶ったりなんだよ」

 「いいねぇ、いい、いい!お前たちちゃんと壊れてんだな。安心したよ、俺は真っ当なお嬢ちゃんを二人もお守りしなくちゃならんのかと嘆いてたところだったんだぜ?そんなもん足手まといでしかねぇ。俺たちは良いトリオになれそうだぜ」

 

 白塔呑荊棘は、顔を顰める。

 白塔梢は、ただ真っ直ぐ男を見つめている。

 そして初木町偽恋は楽しそうに笑った。


 その後、白塔呑荊棘の説明を一通り受けた初木町偽恋は、楽しさを隠すことなく二人に告げた。


 「お前ら、死ぬぜ」

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