第8話 過去

27

 みんなが幸せになればいい、そんなことを願っていた頃もありました。

 みんなが笑って生きていければ良いなと夢を見ていました。


 でも、「みんな」の中に私はいませんでした。


28

 「あたしは、親と兄貴と妹を殺されてる。ここに来たのは十一年前、六歳の時。大してニュースにはならなかったけど、当時のあたしにとっては何もかもを終わらせやがった忌々しい出来事で、あたしから家族を奪った事件だったよ。実際よくあるニュースだっただろうよ。強盗に入られた一家が殺されたなんて最近じゃ驚きもねぇだろ、他人事ならな。でもその時あたしは全てを見てた。ドラマなんかによくあるだろ、クローゼットの中から小さい子が事件を目撃していて、大人になって復讐するみたいなやつ、まんまそれだった。運が良かっただとさ。あたしはたまたま偶然間に合っただけ。母さんが親父が、兄貴が妹が殺される前に隠れることができたってだけ。でもだから何なんだよって感じだよな。その状況に運もクソもねぇだろ。あたしの運が良かった?ふざけんなよ。家族全員殺されたことのどこに運が良かったなんて思い当たる要素があるんだよ。あたしは母さんが殺される瞬間を見てた。あたしは親父が殺される瞬間を見てた。あたしは兄貴が殺される瞬間を見てた。あたしは妹が殺される瞬間を見てた。あたしら子どものことは助けて下さいって強盗相手に頼んで縋って泣いている母さんの心臓にナイフが刺さるのを見てた。うちにあるお金は全て渡すし通報もしないから家族の命は取らないでくれって土下座して声を言葉を繋ぎ続ける親父が動かなくなるのを見てた。ちっとも仲良くなんてなかった妹二人を逃すために精一杯囮になろうとして失敗してゆっくり時間をかけて命を剥ぎ取られる兄貴を見てた。それを見ちまった下の妹が泣きじゃくってな。捕まるなり身体中の骨を一本ずつ折られていく妹を見てた。人間に見えなかったよ。あたしの家族を蹂躙していくそいつも、その『結果』も。そいつが家から逃げ出した後もあたしはクローゼットから出れなくてさ、ずっとそこから動けなかった。結局死体の匂いかなんかで通報されて警察が来るまでの二日間あたしは、何もしなかったしできなかった。んで保護されてからそのままここに来たって感じだな。そん時はまだ犯人捕まってなくてさ、それがとにかく悔しかったよ。時間が経てば経つほど心が濁っていく。復讐してやりたい、殺してやりたい、あたしの家族が遭った目以上の苦しみの中で死んでほしい。そんなことばかり考えるようになった。おいおいそんな顔すんなよ。流石にもう受け入れてるよ。ジタバタしようなんて思うことすらできねぇほどにな。どうしようもねぇことはどうしようもねぇんだって嫌と言うほど思い知った。失ったものは何をしたところで帰ってくることはないし、復讐なんかしたところで誰も報われねぇ。でも確かにちょっと前までは違った、そんな風に思えなかった。あーもう終わったんだなってヤケになったよ。何もかも壊れれば良いと思った。みんな死ねば良いと思った。あたしに同情してくるやつも、あたしのことを嗅ぎ回ってくるやつも、あたしを利用しようとしてくるやつも、あたしを助けようとするやつも、みんな死ねば良いと思った。そしたらよ、笑えんのがさ、あたしの家族を殺したそいつ。勝手に死んでたよ。そいつが死んだことは姫ちゃんが教えてくれたんだけどよ、ただの事故だったんだってよ。あたしの人生を滅茶苦茶にしたそいつは、あたしとは全く関係のないところで、あたしとはなんの因果もないところで、なんの物語性もなく、なんの苦しみもなく、なんの後悔もなく、なんの反省もなく、なんの謝罪もなく、なんの懺悔もなく、なんの受刑もなく、なんの更生もなく、勝手に死にやがった。酒飲んで車運転してそのまま壁に激突したんだとさ。いきなり聞かされた時は流石にというか、さらにって感じかな、荒れに荒れたよ。ははっ、あの頃のあたしは手に負えなかっただろうなぁ。そん時の兄貴と姉貴たちには悪いことしたよ。でもそんなことしてるうちになんつーかな、ダセェなって思うようになった。全部あたしだったんだよ。あたしに同情してんのも、事件のこと忘れられずにコソコソ嗅ぎ回ってたのも、あたしの置かれていた現状ってやつを利用しようっとしていたのも、あたし自身を助けてほしいって泣いてたのも、全部あたしだった。本当に全部、あたしにはあたししか見えてなかった。だからやめた。見えてなかったものを見ようって思った。失くしてしまったものじゃなくて、今あたしが手にしているものに目を向けた。そしたらいたんだよ、痛いくせにヘラヘラ笑って我慢してるやつとか叫び出したいくせに引き篭もることで無理やり押さえつけてるやつとか、自分ん中にもう一人の人格作ってまで助かりたいくせに周りの人間のために動けるやつとか、そういう奴らがここにはいた。あたしにはこいつらがいるから今はもう何ともねぇ。ここ卒業してった兄貴や姉貴たちの中には碌でもないやつもいれば、あたしが逆立ちしたって敵わねぇくらい立派なことしてるやつもいる。そんなん見せられたらさ、自分って何なんだよって思ってさーあたしはどうなりたいんだよってね。でももう決まってた、迷う余地なんてなかった。あたしがなりたいものはずっとあたしの中にあった。あたしはお前らみたいな思いをするやつらをほっとけない。あの時何もできなかったあたしだからこそ、もうあんな思いはしたくない。夢なんか語るガラじゃねぇからここでしか言わねぇしお前らも誰にも言うなよ。あたしは警察官になりたい。姫ちゃんも警察に所属はしてるって言ってたしな、あたしも姫ちゃんみたいになるのもアリだな。つかそうなれたら良いんだけどな」

 

 「ひょうか姉にそんな過去があったなんて知らなかったんだよ。ねえ?のばら」

 「ああ」

 

 「じゃあ次は私がお話しする番だね、でも私は多分そんなに話せることないんだ。忘れてるというか思い出せないように鍵がかかってるって感じらしいの。だから話せるところまでになっちゃうけど、その辺あの子は全部知っているのかもしれないけどね。うん、みんな知ってると思うけど私、番貝夜弦には『ぎん』っていうもう一人の人格があるの。『ぎん』が生まれるきっかけになったその事件の始まりお父さんが痴漢の冤罪被害に遭ったことだった。殺人なんて起きるはずもなかったのに、結果的に私はお父さんとお母さんを殺された。ここからは『ぎん』から聞いた話だからところどころ私自身は覚えてないんだけど、私のお父さんとお母さんは社会そのものに殺されたの。社会の掲げる正義に殺された。痴漢の件でお父さんは会社をクビになって、それでも働けるところを探してたんだけれど全然見つからなくてすごく辛そうだったみたい。でもその時はまだお父さんもお母さんも折れてなかった。私がいるからって頑張ろうって言ってたみたい。でも裁判で有罪になったことは二人の想像以上の影響があって、家族三人で普通に道歩いてるだけなのに石を投げつけられたり、ひどい時は何人もの知らない男の人たちがお父さんを殴ったり蹴ったりしに来たこともあった。お母さんも似たようなことされてたって。お父さんみたいに殴られたり蹴られたりじゃなかったみたいだけど、でもまあそういうことみたい。警察に相談しに行ってもね、前科があるお父さんと性被害に遭ったお母さんのこと信じてもらえなかったんだって。次第に二人は家から出れなくなって、ある日朝目が覚めたら二人とも死んでたみたい、お互いの心臓を刺し合って。私は全てを近くで見てたはずなのにほとんど覚えてないの。でも覚えてることも何個かあるの。お父さんたちは死ぬ前に私に手紙を残してくれたの。ごめんねってたくさん書かれてた。大好きだよって何回も書かれてた。わたしたちのこと許してねって。そしてもう一つ覚えてる。当時痴漢の被害に遭ったってお父さんを訴えてた人がね、二人が死んじゃった翌月逮捕されたの。痴漢をでっち上げてお金を稼ぐ詐欺の常習犯だったみたい。被害に遭う役と目撃者役とターゲットを取り押さえる役。その人たちのメールのやり取りに残ってたんだって、お父さんを次のターゲットにすることも裁判が順調で面白がってる様子も。なんでお父さんだったのかな、なんでそんな人たちを今まで放置してたのかなって、痴漢が嘘なら二人が死んじゃったことも嘘にしてよって、その頃には私の中には『ぎん』がいたの。目を瞑ったらね、いつでもあの子は会いに来てくれて私の話を聞いてくれる。あの子はずっと前から私のことを見ていたみたいなんだけれど、私がはっきりとその存在に気付いたのはその頃だったかな。それから暫くして、私が小学校を卒業するタイミングでここに連れてこられたの。それまでは親戚のところに居たんだけれど、やっぱり『私たち』には居場所がなかったの。ごめんねところどころ曖昧な伝え方しかできなくて、いつかは向き合わなくちゃって思ってるんだけれど、怖くてまだあの子に甘えてるんだ」


 「夜弦、よく頑張ったな。あたしはあんたを尊敬するよ」

 「そうなんだよ!よっちゃん!よっちゃんもぎんちゃんもたくさん頑張ったんだよ!」

 「次は私たちか?」

 「のばらが話してくれるの?」


 「ふん、こずえが話すには荷が重たいでしょ。いいよ私が話す。と言っても実は知らないことが多すぎて、なかなか分かりにくい話になるかもしれないけどね。私らの両親は表向きは自殺ってことになってるけどね、あれは嘘だ。両親を自殺に見せかけて殺したやつらがいる。四年前、うちの両親は弁護士として働いてた。根っからの仕事人間だったみたいだからか、家にはいつも遅く帰ってきてた。だからほぼ毎日シッターがうちに来て晩飯作ってくれたり、洗濯物回して干したりしてくれてた。それにまあ私らはお互いがいたからね、寂しいってのはあんまり感じてなかったように思うよ、こずえはどうだったか知らないけどね。両親の仕事は極々稀に泊まりになることもあって、あの日もそうだった。仕事で泊まりになるからって連絡があった、明日の帰りに何か好きなもの買ってあげるから楽しみにしててくれって。でも両親は帰ってこなかった、二人で心中したって聞かされた。でもそんなはずはない、それだけはあり得ない。あの二人は自殺なんてしない、その事実は私らが知っている。それに両親が殺されたって確信した理由はまだある。シッター、あいつが何か絡んでる。両親が帰ってこない日はこずえの寝つきが悪いから私もよく巻き添えで起こされてたんだが、そういう日は決まって、夜中コソコソ誰かを呼んで何かしてるあいつを私は知ってた。詳しく探れなかったけれど、家に何か細工してるのはわかってた。今になって思えばカメラや盗聴器だったんだろうけどね。そしてあの日もそうだった。でも決定的に違ったのはあいつはもうコソコソしてなかった。堂々と父さんの書斎に入ったり、母さんの衣装棚をひっくり返したり、二人の男と一緒に家の中をぐちゃぐちゃにしてた。それ見た時なんとなく殺されるって思った。だからこずえを起こしてバレないように家を飛び出してひたすら逃げた。交番の場所は覚えてたからそこ目がけてとにかく逃げた。それからはあっという間だった、交番に着いて警官に説明して、家まで来てもらってそいつらは捕まった、はずだった。実際私らの目の前でパトカーに乗せられるのは見てた。だから安心してたし、正直誇らしくもあった、強盗を捕まえたって両親に自慢できるって。でも現実は全然違う方に進んでいった。両親は自殺したとか言われるし、家を荒らしたそいつらも次の日には釈放されてた。家の近くでその三人が私らを探し回ってるのを見たから間違いない。あいつらは罪をもみ消して、私らのことも消そうとしてたって思ってる。その時私らは親戚の家に引き取られてたから、実際何かされることはなかったけれどね。それから数日後だったかな、二人揃ってここに連れてこられた。気がついたらって感じだったからどういう経緯でここに来たのかは知らない」

 「私知ってるんだよ。のばらは寝てたから覚えてないかもだけれど、姫ちゃんが来たんだよ。それから親戚の人たちと話して、そのまま連れてこられたんだよ。正直ここに来てよかったって私は思うよ。あそこにいても私たちって邪魔だったみたいだしね」

 「ふん、そこは同意見だね。とにかく私とこずえの過去ってのはこんなところだよ」


 「はぁ•••なんつーかよ、あたしが言い出したこととはいえ、やっぱりいろいろあったんだな。今までそこだけは触れずにきてたけどよ、あたしは話せてよかったし聞けてよかったよ。大したことできるわけじゃねぇけどよ、あたしにできることは何でもすっから、遠慮なく頼れよ。ふぅ、それで、だ。舞白、あんたはどうする?話すか?」


 私は語り出す。

 今日までの私を。

 誰にも話してこなかった、私の悲しみを。

 

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