第7話 共感
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何かいいことはありますか?
生きていていいことなんて何かあるんですか?
さあ、お勉強の時間です。
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人間の好奇心というものは、どうしてこんなにも害悪に満ちているのだろう。
他人の不幸がそんなに面白いのだろうか。他人の幸せがそんなに妬ましいのだろうか。他人の存在がそんなに許せないのだろうか。他人ならば何をしてもいいと思っているのだろうか。他人だから何をされても仕方がないと思うしかないのだろうか。
誰に聞いたところで、どうせ答えなんかもらえないだろうけれど。
「チッ。またあいつら来てやがんのかよ。大人ってやつはもしかしたらあたしらみたいな学生よりも暇なんじゃねぇの?」
ひだまり園に帰ってきて、早速怒り心頭なのはひょうか姉だった。
ひょうか姉はこれまでもこういう事態を何度も見てきたこともあってか、心底うんざりした様子だった。
「おい、舞白。あんな奴ら相手にすんな。くだらねぇ事しか聞いてこねぇくせに時間だけはアホみたいに食っていきやがる。しばらくは外に出んのもやめとけよ。なんか欲しいもんあったら姫ちゃんに頼んで私にメールでも電話でもしてきな。それくらいはしてやる」
口調に反してとても優しいひょうか姉だった。うん、いつも通り。
「舞白ぉ、あたしらに味方なんていねぇからな。どいつもこいつも上辺だけ。いや、それだけならまだしも、上辺だけさらって少しでも自分のキャパを越えるようなことがあったら、キャパを越えるようなことを知ったら手のひら返して攻撃してきやがる。いやいや、それでもまだ最悪じゃねえ。最悪なのはそれこそ、今もそこの門のとこで舞白のことを待ち続けているような奴らだな。奴らは自分の聞きたいようにしか聞かねぇ。会話にならねぇ。お話にならないんだよ。気をつけろなんて言わないから、自分の身は自分で守れ」
「うん、ありがとうひょうか姉」
ひょうか姉は私が頷くのを確認すると、舌打ちしながら私の頭を撫でてくれた。
この人はきっと守ってもらえなかったのだろう。誰にも助けてもらえなかったのかもしれない。誰からも救ってもらえなかったのかもしれない。だからこその「今」なのかもしれない。
自分を自分で守るためのポーズとしての彼女なのかもしれない。派手に髪を染め、耳には十分すぎるほどのピアスをぶら下げ、きつい口調で威嚇しているのかもしれない。
優しい手に撫でられながら、そんなことを思った。
「ただいまー、外の人たちは舞白ちゃんのお客さん?」
帰ってきて早々のんびりとした口調で尋ねてきたのは、よっちゃんだった。
私にはまだ、彼女がよっちゃんなのか「ぎん」なのか瞬時に判別がつかないため、毎度毎度ほんの少し探りを入れながらの会話になってしまう。
「うん、そうみたい。ごめんなさい、みんなに迷惑かけちゃって。嫌な思いさせちゃってるよね」
「ん?舞白ちゃんが謝ることではないよ。全然全く微塵も。舞白ちゃんは何も悪くないよ」
この反応は多分よっちゃんだ。
よっちゃんも優しい。このひだまり園に来て少なくない時間が経とうとしているが、最近気づいたことがあった。
「気づく」などと大袈裟に表現してはいるけれど、包み隠さずありのまま言うなれば、このひだまり園の中には変な繋がりがある。絆と言ってしまっていいのかはわからないのだけれど。
ここで生活している子どもたちはみんな須く、何かを背負っている。その何かが不透明な子もいるが、それでもその事実は共通しているのだと確信できる。みっちーもひょうか姉もれん兄もよっちゃんもこずえ姉ものばら姉もがっくんもこころちゃんもひーくんも、そしてじゅんちゃんも。
年齢性別関係なく、ここにいる子どもはみんな何かしらに巻き込まれて生き残った子たちなのだ。
その日の夜は、みんなが私のことを心配してくれていた。ひょうか姉に至っては、「事が収まるまで舞白はあたしらの部屋で寝かす」なんてことを殻柳先生と交渉してくれていたらしい。
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そんな訳で私は今、ひょうか姉たちの部屋に来ていた。
メンバーはひょうか姉とよっちゃんとこずえ姉とのばら姉、そして私。
いつも施設内では普通に接してるはずなのに、いざこうして囲まれるとみんな大人に見えた。
私の嫌いな大人ではなく、お母さんやお姉ちゃんみたいな。
「舞白、ここに来てからもう一ヶ月くらいは経ってるよな?言いにくいことも聞かれたくないこともあるだろうけどな、舞白の好きにしたらいい。それに文句言う奴がいたらあたしらがぶっ殺してやるよ」
ひょうか姉は部屋にみんなが揃うとそう言って私を真っ直ぐ見据えた。
「あたしら」ってよっちゃんとか「ぎん」ならちょっと想像つくけど、こずえ姉とのばら姉はきっとそういうことはしないだろうなと、ただなんとなく思った。
「うん、ひょうか姉の言う通りなんだよ、舞白ちゃん。私とのばらは二人だったから大丈夫だったんだよ。でも舞白ちゃんは一人で受け止めなくちゃいけないもんね。舞白ちゃんをいじめる人がいたら流石の私も我慢できそうにないんだよ」
「••••••ん。こずえの言う通り。舞白、あんたのことは私たちみんなで守る」
ただなんとなく思ったことがこんなにも早くひっくり返るとは思ってもみなかった。
静かに、でも強く語ってくれたのはこずえ姉とのばら姉だった。この双子は普段の振る舞いから見て、こう言うトラブルは避けるだろうと思っていたのだが、全く怯むこともなく、それ以外の選択肢なんか最初から見えてすらいないかのように私に寄り添うことを選んでくれていた。
「あのね舞白ちゃん、私は舞白ちゃんに対して何かをしてあげられるほどいろんなものを手にしているわけではないし、そんなに余裕があるわけでもないのだけれど、それでもこのひだまり園で暮らす家族としてできることはなんでもする。きっとあの子もそう言ってくれると思う」
よっちゃんはそう言っていつも通りに優しく話す。「あの子」とはきっと「ぎん」のことだろう。
いつの間にか私にはこんなにも頼もしい味方ができていて、いつの間にか私にはこんなにも優しい家族がそばにいてくれていたのだと気づいた。
失くしてばかりだと思っていた。もう戻ってこないものと諦めていた。二度と触れ合うことのない優しさだと見限っていた。私には何もないのだと言い聞かせていた。周りにいるのは他人でしかなくて他人は助けてなんかくれないと決めつけていた。もう一度誰かを信じる日が来ることを恐れていた。そしてまた失うのだろうと絶望していた。
「みんな、ありがとう。みんなも辛い思いを抱えているのに私なんかに優しくしてくれて」
ーーパシッ。
「舞白、その私なんかっていうの禁止。いいな?お前はもうあたしらの家族だろーが、誰がなんと言おうと、お前がなんと駄々捏ねようと、だ。」
ひょうか姉は軽く私の頭を叩いた後、少し照れているのか、こちらのことを見ずに早口でそう言った。
勿体無い言葉だなと思った。私がもらっていい言葉とは思えなかった。そんなことを言うとひょうか姉に怒られるので言わないけれど。
「ところでよ、今まで誰も触れてこなかったし触れられなかったからあたしも口にしたことはねぇけどよ。お前らなんで自分がここに来たのか知ってんのかよ」
全員答えなかった。
だが、きっとみんなもそれとなく気にしていたこと。
それでも言い出す子がいなかったのは、痛みを知っているから。悲しみを知っているから。寂しさを知っているから。絶望を知っているから。孤独を知っているから。無力感を知っているから。喪失感を知っているから。
でも、私がここに来たことで、その止まった時間が、触れられることのなかった過去が動き出してしまった。それが良いことだったのか悪いことだったのかはわからないけれど。
少なくともこの瞬間、何かがどこかへ向かって動き出した。
いや、狂い出したと表現すべきかもしれない。
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