クズな義妹に婚約者を寝取られた悪役令嬢は、ショックのあまり前世の記憶を思い出し、死亡イベントを回避します。

無名 -ムメイ-

クズな義妹に婚約者を寝取られた悪役令嬢は、ショックのあまり前世の記憶を思い出し、死亡イベントを回避します。

「あらあら、負け犬のお姉さまじゃないですか? お元気ですか? あたしは元気です。

 お姉さまに魅力がないせいで、エルス様を可愛い可愛い私に寝取られちゃいましたね。

 でも、私を選んだのはエルス様なんだから、いちゃもんなんてつけてこないでよね?」


 私の義妹――イザベラは、とても醜い笑みを貼り付けながら言った。

 その表情から読み取るに、「ざまぁ」とでも言いたいのだろう。


 こうなるように、仕向けたのはあなたなのに。


「あれ~、お姉さま。もしかして、泣いちゃいました? 可哀想に。お金持ちで超イケメンのエルス様に捨てられてしまいましたものね。わかりますよ、その気持ち。

 私なら、死にたくなりますもん。

 だから、ほら。あなたもそこの窓から飛び降りてみたら? お姉さまの味方になってくれる人はどこにもいないし、生きてる意味ないでしょ?」


 そう言って、地上から軽く5メートルは離れている窓を指差したイザベラは、くすくすと笑う。


「まぁ、お姉さまにそんな度胸ないか。あったらすでに死んでいるか、どこか遠くに行っているだろうし。

 でも、そうしないってことは、もしかして――まだ夢を見てるのかしら? エルス様はもう、私のものなのに」


「……そうね、そうかもしれない。

 でも、ダメだった。私がどれだけ違うと訴えても、エルス様は信じてくれなかった。

 私は今まで悪事なんて働いたこともないし、男の人に股を簡単に開く売女でもない。

 それなのに、あなたが彼を誑かして、あることないこと吹き込んだせいで、私は――っ!」


「――で? それがなにか問題でも? 別にいいじゃない。お姉さまにエルス様はもったいないし、私にとってみんなから慕われるお姉さまは、とても……目障りで鬱陶しかったんだから」


「確かに、私にエルス様は釣り合わない。考え方も、価値観もなにも合わなかったから。

 でも、それだけでよかったじゃない! 私からエルス様を奪うだけで、よかったじゃない……。

 目障りだったなら、家から出て行ってほしいって、言ってくれたら私だって……」


「あっそ。じゃあ、出ていけば? エルス様も、お姉さまには一生会いたくないって言ってたし」


「……そう。わかったわ」


 私はもうすべてを諦めることにした。

 なにもかもを奪われたのに、これからも生きていく自信は私にはない。


「ふ~ん、死ぬんだ。まぁ、私はとても嬉しいけど」


「……じゃあね。経験人数3桁で中絶回数13回の、ガバガバ尻軽ビッチのイザベラちゃん」


 そう最後に、誰にも知られたくないだろう事実を吐き捨てた私は、窓から飛び降りた。


 来世は幸せになれることを願って……。




「――痛っ……」


 唐突に発生した頭痛で目を覚ました私は、頭を抱えて痛みに悶え苦しむ。

 とても耐えがたい痛みだった。

 しかし、それに伴って忘れていた記憶が少しずつ、形をなしていく。


「そうか、私は……」


 交通事故で命を落とし、この世界に転生した水野楓。年齢は22歳で、趣味はゲームとアニメ鑑賞。


 つまりはオタクだ。


 もちろん、彼氏いない歴=年齢で、一生独り身を覚悟していたわけで。

 

 それで……。


「思い出した。この世界は救いがまったくないとネット上で話題になったことがある乙女ゲームの世界。

 そして、私は――」


 ――悪役のエリザベスに転生した。


 しかし、それはただのゲーム上の役割でしかなく、本当の悪役は、彼女の義妹であるイザベラだ。

 ネット上では、『悪役令嬢を操作して、主人公を貶める最悪の乙女ゲーム』だと話題になっていたっけ。


「どのルートでもエリザベスちゃん、死んじゃうもんなぁ。死に方はいろいろあるけど、特に……」


 ゲーム内におけるハッピーエンド(逆ハーレム)のルートが、1番救いがない死に方をする。


「うぅ……。思い出しただけで、気が滅入る。

 だって、ハッピーエンドが鬱エンドだもん」


 確か、ゲーム内の攻略対象はエリザベスちゃんの幼馴染。

 しかし、あるときを堺にして、幼馴染全員に嫌われてしまう。それどころか、ゲームに出てくる全キャラクターから嫌われて、最終的には殺される。


 そんな乙女ゲーム界屈指の可哀想なキャラであるエリザベスだが、彼女が最後の最期に目の当たりにする光景は、地獄という言葉がふさわしい。


 その詳細は思い出したくないから蓋をしておくが、まぁ簡単に言うと……。


 今まで良好な関係を築いていた人たちが、エリザベスちゃんの死を盛大に喜ぶのだ。

 

 しかし、それでもエリザベスちゃんはそんな彼らを憎むことはない。大事な幼馴染だったから。

 特に王子であるアレンには、死んでしまうそのときまで恋心を抱いていて……。


 そんな彼の幸せを願い続けるのだった……。


「……そっか。私はそんな健気な子に転生したんだ」


 だったら、


「幸せにしたい。中身は私になっちゃったけど、それでも形だけでも幸せにしてあげたい」


 それに、幸せにできなければ私が死ぬだけだ。


「そんなのは嫌だ。死ぬならせめて、あの忌々しい義妹に一矢報いてやりたい。

 そうじゃないと、エリザベスちゃんが浮かばれない!」


 でも、これからどうしたらいいんだろう?

 周りは敵だらけだし、ルート通りにも進めない。


 今はエリザベスちゃんが自殺未遂をして、自室のベッドに寝かされているところだろう。

 その後の進行として、ゲーム内のエリザベスちゃんは何度も自殺を試みるが、恐怖で死ぬことができず……。


 自分の殻に閉じこもっちゃって、ただ死ぬのを待つ……ってのを本編が終わった後に語られる。

 だけど、作中ではエリザベスちゃんに扮したイザベラが裏で暗躍しており、そのせいで悪役として描かれている。


 だから、本編をクリアするまでは普通の乙女ゲーム。

 クリアした後は、後味が悪すぎる鬱ゲーになる。


 しかし、私が転生したからにはそうはいかない。


 だって、自分の殻に閉じこもることもないから、とっくにゲーム内で進むことがないルートを選択している。


 ということは……


「私が暗躍するイザベラを止めればいいのか! なら、まずは味方を増やさないと!」

 

 確からこれから数週間後にアレンがこの屋敷を訪ねてくるはずだ。

 そこで、王子を味方につけることができれば、その時点で『処刑ルート』を回避することができる。


 そのためには、まず……。

 



「……これ、かなり無理ゲーなのでは?」


 アレンが屋敷を訪ねるまで、1週間を切った。

 というのに、状況は最悪のままだった。


 私はこの2週間、屋敷内にいる使用人から再び信頼を勝ち取ろうと行動を起こした。

 だが、どれだけ言葉を積み重ねても、一向に信じてもらえなかった。


 それどころか、話をまともに聞いてもらえていなかったようにも感じた。


「いろいろ頑張ったんだけどなぁ」


 たとえば、忙しそうにしている使用人の仕事を手伝ったり、なにか困りごとがあったら相談してねと、とにかく距離を縮めようと頑張った。


 ほかにも、髪も切った。


 流石に坊主にはできないけど、仲良くしたい、信じてもらいたい、その一心で軽く30センチは切った。


 エリザベスは髪を伸ばしているキャラクターだから、髪を切るのは意思表示をするには効果的だと思ったんだけど、反応はよくなかった。


「一体、なにがいけなかったんだろう?」


 どれだけ考えても答えが出ることはない。

 私の頭に浮かぶのは、なんの確証もない疑惑だけ。


「この2週間、言葉を投げかけてわかったけど、使用人全員が、私が知っている使用人じゃないんだよね」


 まぁ、私と言ってもエリザベスちゃんの記憶だから、感じ方が違うだけかもしれない。

 

 でも、使用人は私以外の人には普通だったから、やっぱり単純に嫌われていただけかも?

 

「はぁ……。イザベラがいない今がチャンスだと思ったんだけどなぁ」


 まさか、こうも進展がないとは。

 

 ちなみに今、イザベラはエルスの屋敷にいる。なので、私が目覚めてから一度も会っていない。


 きっと、恋人としてやることやってるんじゃないかな。

 ゲーム上でもどのルートを辿ろうが、なぜか攻略対象全員と肉体関係があったし。


「今思えば、キモいね」


 とはいえ、この事実も全ルート解放後に明かされることで、プレイ中はそのような説明はなかった。 


 ほんと、このゲームはとことんクソゲーだ。


「……というより、このゲームはイザベラ側に都合が良すぎるんだよなぁ」


 だから、エリザベスに救いがまったくない。

 

 普通、乙女ゲームって攻略対象の好感度を上げていくゲームでしょ?

 確かにこのゲームにもその好感度は存在しているけど、決して文字通りそのままの意味じゃない。


 このゲームの好感度は、エリザベスに対する憎悪や嫌悪とイコールだ。


 つまるところ、好感度を上げていると思いきや、エリザベスの首を絞めている、ということになる。


「……なら、なおさら味方を増やさないと」


 特に、アレンは絶対に仲間にしたい。

 

 ゲーム内で最も権力があるのがアレンだから、味方につけることができれば、一気に形勢は逆転するはずだ。


 それに、アレンは唯一エリザベスちゃんを心配している描写があったキャラだった気がする。


「なら、勝負は1週間後だね。

 ゲーム内では、エリザベスちゃんがアレンと関われる日は、この日だけだった気がするし」


 そうなると、時間との勝負になるね。


 アレンが屋敷を訪ねてくる日に、あの忌々しいイザベラも帰ってくるのだ。

 しかし、イザベラが帰ってくるのは、アレンが屋敷を訪ねてから1時間後ぐらい。


 つまり、その1時間でなんとしても、今の現状を説明して、すべてを信じてもらわなければならない。

 そうじゃないと、アレンもイザベラの毒牙にかかってしまう。

 

「……そうならないように、今のうちに情報を集めておかないと!」


 その日から私は、好感度稼ぎではなく、情報集めに時間を使うのだった。

 



 ――時は来た。というか、来てしまった。

 

 現在、私とアレンは客間にいる。

 位置関係は、机を挟んでお互い向かい合っている状態。

 そして、周りにはアレンを警護している兵士と、この屋敷に仕えている使用人が控えている。


 うーん、邪魔だなぁ。特に使用人が。


 それに、ゲーム内でアレンが屋敷を訪ねてきたとき、兵士なんて連れてきてたっけ?

 別にこの人たちにはいてもらっても構わないけれど、やっぱり少し話しづらいな。


 でも、使用人には出て行ってもらいたい。

 そんなことはできないけど。


「どうかしたのか、エリー?」


「なんでもありませんわ。

 それより、今日はどのような用件でいらしたのですか?」


「いやなに。少し気になるところがあってね。それを確認しにきたんだ」


「気になるところですか?」


「あぁ。でも、まずは……」


 そう話を切り出したアレン。

 彼の表情は真剣なものとなり、私は心を射抜かれたような感覚になってしまった。


「どうして、窓から飛び降りたりした?」


「そ、それは……」


「俺が知っている君なら、こんなことは絶対にしない。

 幼い頃、慣れない剣を振り回して怪我をした俺を異常なまでに心配していた君なら、絶対に」


「…………」


「今回のことで、俺は君のことがよくわからなくなった。

 俺は君のことを見ていたようで、見ていなかったんじゃないかと思うようにもなった。

 だから、エリー。君の話を聞かせてくれ。

 俺は今日、このためだけに来た」


 そう言われて、ふと涙が溢れてきた。

 でもこれは、私が泣きたくて泣いたわけじゃない。

 きっと、どこかに残っているエリザベスの意識、いや感情が、そうさせたのだ。


 ……そうだよね、エリザベスちゃん。

 いろいろ言いたいことあったもんね。


 でも、あなたはもうここにはいない。

 それなら、私があなたのすべてを彼に伝えてあげる。


 いいでしょ? 私はあなたで、あなたは私なんだから。


「え、エリー? 俺、なにか気に触ることを言ってしまったか?」


「違います、アレン。私はただ、嬉しかったんです。

 誰も耳を傾けてくれなかった私の話を聞いてくれるって、そう言ってもらえたことが」


「……なにか、事情があるみたいだな」


「でも……」


 私は使用人たちに目を向ける。


 今、この人たちの前で話すわけにはいかない。聞かれて、イザベラに告げ口をされると面倒だったから。


 すると、


「すまない。この部屋から出て行ってくれ」


「あ、アレン!?」


 あまりにも直接的すぎる物言いに、私は驚愕をあらわにしてしまった。


 しかし、それとは裏腹に、使用人たちは部屋から出て行く。


 その光景を見た私は、ぽかーんとしてしまう。


「こ、これは……?」


「魔法だよ、エリー。あまり人前で使用する魔法じゃないけど、これからする話に関係があると思ってね」


「…………?」


 私はアレンがなにを言いたいのかまったくわからず、小首を傾げる。


「エリーは魔法が使えないから、あまり実感が湧かないかもしれないけど、魔法は日常的に使われているんだ」


「そうなのですか?」


「あぁ。それにエリーは、魔法による被害を今から一ヶ月ほど前から受けているはずだよ」


「あっ……」


「気づいたみたいだね。

 今、君を取り巻く環境は、ある人物の悪意によって作り出されたものだと、俺は踏んでいる」


「……イザベラ」


 私の脳裏に浮かんだのは、義妹の顔だった。

 しかし、どうやらそれは当たっていたらしい。

 アレンは一度うなずくいてから、話を続ける。


「彼女が一体、なんの魔法でこのような状況を作り出したのかはわからないが……。

 おそらく、さっき俺が使った『精神支配系』の魔法を使ったのだろう。

 それで、君の悪い噂を、さも事実であるかのように流布した……と考えた方がいい」


 噂……。そうだ。


 噂が流れて、それから時間が経たないうちに、エルスをイザベラに寝取られたんだ。

 なるほど。トントン拍子に上手くいきすぎていたのは、魔法のせいだったのか。


 って、噂? アレンは私の噂を聞いた?


 私は考えるより先に、


「ち、違うから! 私、処女だからぁ!?」


 と、口走ってしまうのだった。




 自爆発言をしてから、数分が経過した。


 その数分間はとても長く感じ、なにも入っていないティーカップに何度も口をつけてしまうぐらいには、時間を持て余していた。


 ……が、なんとか落ち着きを取り戻したとき。


「――落ち着いたかい?」


「……はい。恥ずかしいところをお見せしました」


「しかし、驚いた。エルスと婚約していると聞いていたから、てっきり俺は……いや、やめておこう」


「…………?」


 と、なにかを言いかけたアレンに対して、私は小首を傾げるのだった。


「……さて、本題に入ろうか。

 まず、大前提として。エリーについての噂だが、広まってはいるものの、信じている人は俺の知る限り多くない。

 もちろん、俺もまったく信じていないが、なぜエリーの周りでだけ信じてしまう人が続出しているのか。

 これがわからない。

 魔法をかけ続ければ、そのように見せかけることはできるが、所詮は魔法だ。いつかは解ける。

 だが、ここにいる使用人を見て思ったが、どうにも魔法が使われているようには見えないのだ」


「確かに操られているようには見えませんね」


 ここが私の中でも引っかかっていた。

 だから、疑惑止まりで確信には至らなかったのだ。


「なにか、心当たりはないか?」


「心当たり……ですか。……そうですね。これはあまり関係ないかもしれないのですが、ここ1ヶ月で、メイドたちが全員辞めたことでしょうか?  

 元々、イザベラが嫌がらせをしていたこともあって、辞めてしまうメイドが後をたたなかったので、そこまで気にしていなかったんですけど」


「……なるほど。もし、これが偶然じゃないなら、イザベラがそうなるように仕向けたと考えた方がいいだろう」


「もしかして、イザベラが使える『精神支配系』の魔法は、女性には効果がないのかも?」


「俺もそう思う。実際、噂を広めているのは男ばかりだ。

 しかし、誰にも悟られることなく、人を操れるとはとても思えない。

 確かに条件付きの魔法は効果が高いが、単純に魔法をかけただけだと、どうしても行動に違和感が出てくる。

 そうなってくると、最低でも後1つ、特殊な条件が必要な高度な魔法が使われていると思う」


 ……魔法ってなんだかとても難しい。

 私に話しているにも関わらず、話についていけている気がまったくしない。


 だけど、なんとなく……。


「あの、魔法って対象の体に触れながら使用すると、効果が高まったりしますか?」


「……そうだな。遠くから魔法を施すのと、近くで魔法を施すのとでは、効力が違うと聞いたことがある」


「だとしたら、その……言いにくいのですが、その特殊条件は性行為だと思います」


「どういうことだ?」


 アレンが疑問を投げかけてくる。

 それに対して、私は思いついたことを話す。


「……えと、私の知る限り、イザベラの経験人数は3桁を超えているんです。

 しかも、イザベラがいろいろな男性と肉体関係を持ち始めたのは、2ヶ月ほど前から。

 もし、イザベラの魔法が『精神支配系』だとしたら、性行為をしたのは私であると見せかけることも可能だと思います。

 だからこそ、噂が広まっているのかもしれません。

 その人たちにとっては、噂ではなく事実だと錯覚してしまっているから」


「確かに、それだと時期的にも辻褄が合ってくるな」


 と、アレンも納得した様子を見せた。


 そうなってくると、ゲーム内で攻略対象全員と肉体関係があったのも頷ける。

 急にイザベラと距離が近くなるのも、その魔法のせいだったのかもしれない。


「……これなら、そう時間がかからずにエリーの噂を払拭できるな」


 そうアレンが呟いたとき、玄関のドアが開けられる音がした。


「イザベラが帰ってきたのかも」


「あぁ。それに、この感じ……この部屋に近づいてきてるな。足音は3つか?」


「3つ?」


 そう首を傾げたところで、客間のドアが開けられる。

 

「ど、どうして、あなたがここに……」


 私は思いがけない訪問者に、驚愕を隠せなかった。


 なぜなら、この部屋に訪れたのがイザベラと屋敷の使用人、そして……エルスの3人だったから。




 この展開はゲームではなかった。

 どうやら、私が取った行動がついに世界を変えてしまったらしい。知らんけど。


 果たして、これがいい方向なのか。それとも悪い方向なのかはわからない。

 ただ、私の意思に反して体が震えているのを見るに、エリザベスちゃんにとっては、嫌な展開だろう。


 エリザベスちゃんは、たった1ヶ月ぐらい前に、エルスが寝取られた場面に遭遇してしまっているから。


 きっと、2度と会いたくなかっただろうな。


 でも、ここで引くわけにはいかない。

 私は幸せを勝ち取るのだ。


「おかえり、イザベラ」


「ふ~ん。お姉さま、生きてたんだ。死んでくれた方がよかったのに。

 でもまぁ、それでもいいわ。こうしてまた、お姉さまに再会できたから。

 だからね、お姉さま。また、私に無様を晒してね? 

 いい歳こいた女が婚約者を寝取られ、言われるがままに飛び降りたあのお姉さまは超えられないかもしれないけど」


 そう言うイザベラは、相変わらず醜い笑みを顔に貼り付けていた。

 でも、言っていることはすべて事実で、なにも言い返すことができない。


 そんな私に近づいたイザベラは、私の髪を引っ張って、


「ダッサ。なにこの髪。もしかして、髪を切っただけでエルス様を取り返せるとか思ってる?

 本当に救えないね、お姉さまは。大人しくしていれば、これ以上醜態を晒さずに済んだのに」


 と、こうなるのが当たり前であるかのように、馬鹿にしてくる。


 私のことなんか、なにも知らないくせに。


「エルス様もなにか言ってあげて? みっともないでしょ? 先に裏切っていたのはお姉さまなのに、未だにエルス様を諦めきれないこの馬鹿に」


 私はエルスに視線を向ける。……が、エルスは私なんて見ていなかった。

 その視線を辿ると、そこにはアレンがいて……今まで見たことがないぐらいに怒っていた。


 その怒りは私には向いていないのは明らかだが、それでも背筋が凍りついてしまうほどに強烈で、目を合わせられないほどの冷酷さを持った目をイザベラに向けていた。


「どうしたのですか? エルス様」


 この場において、唯一この状況に気づいていないイザベラは、エルスに問いかけた。


 しかし、エルスは、


「アレン……。なんでお前がここにいる?」


 と、イザベラなど眼中にもなかった。


「エルス」


 そう口を開いたアレン。

 しかし、その声はとても低く、いつもの優しい彼とはまるで違う人のように感じた。


「その女を今すぐ黙らせろ。不愉快だ」

「しかし……」

「俺の言うことが聞けないのか?」

「いや、違うんだ。聞いてくれ! そもそも――!」


 と、少しずつヒートアップしていく2人。

 しかし、ここでまったく空気の読めないイザベラがその2人の間に入っていく。


「だって、お姉さま! 不愉快ですって!

 アレン様……でしたっけ? 見る目がありますね。

 私のお姉さまは――」


「――黙れ。不愉快なのはお前だ、イザベラ」


「……は?」


「エルス。こいつはお前の婚約者なんだろう?

 なら、今すぐに黙らせろ」


「だから、待てって! お前は騙されてる! そこにいる女はどうしようもないクズなんだよ!」


 そう言って、私を指差すエルス。

 

 その瞬間、この部屋全体が震えたような気がした。

 これは、一体……?


「アレン! なんのつもりだ!」


「それは、俺のセリフだ」


「なに!?」


「お前は俺がエリーに騙されていると言ったな? 確かに、エリーは俺を騙した」


「だろ!? だったら――」


「それでも、俺はエリーをクズだとは思わない。

 だって、そのおかげで俺はより、エリーが俺にとって1番魅力的な女性だとわかったから」


「あ、アレンっ!? なにを言って……っ!?」


 急にそんな告白みたいなことを言われて、私は顔が熱くなっていくのを感じる。


 そんな今にもどうにかなってしまいそうな私の方に、アレンは体を向けた。


「エリー、君は昔、こう言ったな? 私なんかよりアレンくんに相応しい女性はいると。

 しかし、俺は今までそんな人と出会ったことはない。

 俺の前に現れたのは、そこにいるイザベラのような金目当ての女だけだった」


「ちょ、ちょっと! 私がエルス様に近づいたのはお金のためだって言うの!?」


「そ、そうだ! そんなはずはない。イザベラは俺のことを思ってくれている!」


「……いい加減、目を覚ませ」


 そう言って、アレンはパチンと指を鳴らした。


 すると、


「な、なんで、俺はこんなことを……」


 と、エルスが膝から崩れ落ちた。


「アレン? なにをしたの?」


「エルスにかけられていた魔法を、解呪しただけだよ。

 悟られないほどの巧妙な魔法でも、魔法が使われているとわかれば簡単に解呪できる」


 なるほど。


 だから、アレンは時間をかけずに噂を払拭できると言っていたのか。


「す、すまない。エリザベス、俺は君に酷いことを……」


 そう言って、私に頭を下げるエルス。

 そんな姿を見て、イザベラは、


「な、なにをしているの!? なんでお姉さまに頭なんか下げてるのよ!」


 と、憤慨する。


 しかし、魔法が解けた今、イザベラに従う意味はない。

 エルスはひたすらに頭を下げ続ける。


 そんな彼を一目見て、アレンはイザベラに視線を向ける。


「一体、どういうつもりでエリーの噂を流した」


「違う! 噂を流したのは私じゃない!」


「わかった。聞き方を変えよう。どういうつもりで、男に噂を流させた。

 エルスのように、肉体関係を持った男を操っていただろう?」


「…………」


「もう一度、聞こう。なんのために、男を操ってエリーを貶めようとした?」


「……なんでよ。なんでいつもこうなのよ! 上手くいってたはずなのに!

 お前のせいだ! お前が生きているから! 生きてさえいなければ、なにもかも上手くいったのに!」


 そう怒鳴り散らしながら、イザベラは私の髪を引っ張り、首を絞めてくる。


 どうやら、気がおかしくなってしまったらしい。

 ヒステリックにもほどがあるでしょ。


 私はなんとか逃げようとするが、髪を引っ張る力も、首を絞める力も強くて、もがくことしかできない。


「た、助け、て……」


 首と同時に喉を締めつけられており、上手く喋ることができなかった。


 だが、アレンの耳には届いてくれたようで、


「手を離せ」


 と、魔法を使用した。

 流石に今のイザベラでも、魔法には逆らえないようだ。


「けほっ、けほ……っ」


 解放された私は、首を絞められたせいか、咳をする。

 そんな私を心配してか、アレンは駆け寄ってくる。


「エリー、大丈夫か!?」


「う、うん……」


「よかった」


 と、言った後、アレンは控えていた兵士に命令する。


「イザベラを拘束して、牢へ連行しろ」


「はっ」


 返事をした兵士は手錠を取り出して、イザベラの手首にはめて拘束する。

 そして、客間から出て行った。かと思いきや、アレンの魔法が解けたのか、イザベラがなにやら騒ぎ始める。


 しかし、そのまま連れて行かれたようで、やがて静かになった。


「さて、エルスはどうしようか?」


「どうしましょう?」


 居間に残された私たちは、未だに頭を下げ続けているエルスに視線を向けて、そう話すのだった。




 あれから、しばらくの日数が流れた。


 現在、私は王宮の庭でアレンと2人でお茶を飲んでいた。いわゆる、お茶会というやつだ。

 お茶会って聞くと、女性の集まりみたいなイメージがあるけどね。


 それでしばらくの間、他愛のない話で盛り上がっていたが、ふとアレンがこんなことを聞いてきた。


「――しかし、よかったのか?」


「なにがですか?」


「エルスとイザベラのことだ」


「そのことですか……。私としては、あれぐらいが処罰としては妥当だと思ったのですが」


「いや、エリーがそれでいいならいいんだが……」


 どうやら、私が2人に下した処罰に、アレンは納得いってないらしい。


 しかし、私としてはあれぐらいが妥当だろうと判断した。


 まず、イザベラについて。

 あのバカな義妹は、暴力と自殺教唆の罪で間違いなく有罪判決を受けるだろうという話になっていた。


 でも、私は示談で解決することにした。


 あのイザベラだ。牢に閉じ込めたとしても、絶対に反省なんてしない。

 だから、その代わりに自分で稼いだお金で慰謝料を支払ってもらうことにした。


 イザベラはプライドが高いから、誰かの下で働くのはなによりも嫌だろうから。

 後、これは私が指示したわけではないが、イザベラは家から勘当されることになった。


 そして、エルスだけど、彼はまぁ……反省しているし、どちらかと言うと被害者側だ。

 でも、それでも1度は自分の意思でイザベラと関係を持ったため、慰謝料を支払ってもらうことにした。


 後は、イザベラの動向を毎日欠かさず確認し、逐一報告するのも義務づけた。

 またいろいろな男と肉体関係を持って、今回のようなことをされても困るから。


「……それで、その。今日はどのような用件で私をお茶会に誘ったのでしょう?」


 と、今日の本題に入ることにした。


 すると、アレンは1度俯いたかと思いきや、なにやら覚悟を決めたのか、私の目をまっすぐ見てくる。


「エリー。いや、エリザベス」


 私のことを愛称ではなく名前で呼ぶ。


 その瞬間、私はこれから大事なことを言われるのだと、雰囲気から察して息を呑む。


 そして、


「俺と結婚してほしい」


 と、プロポーズを受けた。


 しかし、その返答は昔から決まっていて、


「はい……。喜んで……」


 私はアレンの告白を受け入れた。


 エリザベスはアレンのことが好きだったから。

 昔から、ずっと、ずっと……。

 密かに、アレンだけを一途に想い続けていた。


 それは、ゲームで語られることはなかったものの、プレイヤーなら全員わかっていたことだ。

 だって、そうでしょ? 裏切られてもなお、アレンの幸せを願うぐらいなんだから。




 だから、よかったね。エリザベス。




 初恋が叶ったよ。


                 ~完~

 



 






 









 

 

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