転生少女と燃え尽きる五分間〜最速の異世界生活〜

シロ卜クロ@カクヨムコン10準備中

【第0話】短くも、儚くも、暖かく——

『私、どうしてこんな所にいるの……?』


街の片隅で、目をパチクリさせている少女は最後に残る記憶を呼び覚ましていた。


覚えていたのは、バイトをしていた全国チェーンの居酒屋で、忘年会シーズンだと言うのに客入りがあまり良くなくて。


店長に言われるがままに、駅前でチラシを配っていた事だった。


酔っぱらいに絡まれながら『寒いし、ウザいし、嫌だな——』と、考えていたら。


運転手は何を考えていたのか、車が入れないハズの駅前に、凄い速度で突っ込んで来た。


少女は、避ける術を持たず車に跳ねられ、最後に見た光景は救急車の天井だった。


そこから先の記憶は無い——


「あの、ここはどこですか?」


少女は勇気を振り絞り、比較的優しそうな女性に話しかけてみた。


「……ゆーばーはうぷと」


女性から帰って来た言葉を、少女は理解出来なかった。


ふと、自分が裸足で立っていた事に気付く。白く染まる街の景色とは不釣り合いな、薄着の服を凍てつく風が通りすぎると、急に全身が震え、立っている事もままならなくなり、その場に蹲る。


最初から持っていたのだろうが、その時初めて右腕に手提げの籠を提げている事に気づいた。


中にはマッチの箱がぎっしりと入っている。


「私、なにやってるの……寒いよ、どうしよう」


普段は内包している言葉が、頭の中から溢れた様に口に出る。


「この状況で気付かねぇのかよ?」


「え? 誰? 何なの?」


「そりゃビックリするよな。突然こんな状況なんだろ?」


ブツブツと、一人言を漏らす少女に、街行く人々はまるで関心を示さない。


「お前、これはあれだよ。何て言ったかな? あぁ、あれだあれ。悲劇のヒロインって奴だ」


「ヒロイン? 私が?」


「あぁそうだ——って、言っても俺もよく知らねぇんだけどな。マッチが売れなくて可愛そうな最期を迎える的な、アレな」


「私、でも—— 全然。なんでこんな? 訳わかんないんだけど」


言葉を吐き出す度に、白い息と共に少女の体温を極寒の大地が奪い。普段から蛍光灯に慣れてしまっている少女の瞳に、ガス灯の淡い明かりの街並みが、余計に寒さを増して行く。


「あなたは、誰なの?」


寒さに意識を奪われまいと耐えながら、少しでもこの世界に意識を残すため、声の出所に意識を向ける。


「俺は、あれだ。お前と一緒だよ。この世界にとして転生してしまった役立たずのマッチ棒だよ」


「転生? どういう事?」


「お前—— 小説とか、アニメとかで転生して異世界で大暴れ的なあれよ、知らねぇか?」


少女は、部屋の光景を思い出す。

そう言えば、アニメをよく見ていた。


特に夢も無く、現実は努力の糧など関係無く、運次第なんだと。


世の中を諦めかけていた年頃で、そんな現実を少しでも忘れさせてくれる異世界の話は嫌いでは無かった。


しかし実際には、思い起こせば、不運な事故に見舞われて、気付けばこんな言葉も分から無い極寒の大地に立ち尽くし。


待ち受けるモノは悲劇しか無い、そんな一場面に転生しただけだから、可笑しいにも程がある。


「あ、お前なんで私はこんなに不幸なんだろうと思っただろ? 


良く考えろ。


お前はこの先、ワンチャン何かがどうかなって、どうかなる奇跡見たいな事があるかもなんだぜ? 


でも俺はどうよ? 


樹に転生して、数十年の間、特におもしろい事も無く、気付けばさらなる不運に見舞われて、こんなマッチって、どうすればいいんだよ。なぁ?」


「いえ、そんな突然テンションMAXで言われても…… 私、どうして良いかわからないですし……」


『マッチのクセに、そんなにアツく語らないでよ——』と思ったけど、マッチだから熱く語るのかな——なんて、訳の分からない言葉が頭の中で繰り返す中。


何かを言ってやりたいけど、そんな力も残っておらず。


「なんだ、やっぱりお前、このまま死んじまうのか?」


もはや、瞳も開けておく事が出来ない程に衰弱しきった少女に、マッチの言葉は幾分か柔らかくなる。


「そうだ、あれだ、あれだよ。


お前、こんな外に居なくても、そんなに寒いならどっかに避難しろよ。


そうだよ、そうしたら、とりあえず今ここで死んじまうなんて事にはならねぇよ」


その言葉が少女に届いているかは、もはやマッチには分からない。

それでも、少女の白い息が続く限り語りかけようと、自身には感じる事が無い寒さを、忘れさせたくて必死に語る。


「それか、あれだ、ほら。


楽しい事考えて見ろよ。少しは元気になるんじゃねぇか? 


それで気力が戻ったら、死力を注いでなんとかどっかの家に入れよ。


盗みでも、なんでも良いじゃねぇか、その後は何か食べろよ。


そしたらもっと元気になって、この世界で生きて行くことが出来んじゃねぇか? 


それで、元の世界の知識を活かしてこっちの世界で金儲けでもやれば、チート能力なんて無くても、俺とよ、お前でよ、こっちの世界——そうだ、この異世界を旅して回ろうぜ!」


自分自身が放つ言葉に、感情を刺激され、言葉が詰まる。


「そうだ、そうだぜ。なぁ、そうだろ?」


もはや、言葉が意味を成さない。


それでも何でも良い、とにかく何かを話続けなければ——と、マッチは必死に語り掛けた。


「俺さ、せっかく異世界に来たのにずっと樹だぜ。それも、ほとんど人が来る事の無いような、神秘的な所でよ。


最初は俺、とんでもねぇ冒険とか始まるかもとか思ってたんだけどよ、どこまで行っても樹のまんまだぜ? ビックリだろ?」


「……——」


「たまに人が来たと思っても、何を言ってるか分かんなぇし、枝だけ持って行きやがる。


枝って折られるとめっちゃ痛いんだぜ? 知ってたかよ? 驚きだろ? ——とにかく、俺はそんな中、言葉も分からなずに、眠る事も無く何十年だぞ。


何かの罰かと思ったけどよ、真面目では無くても、それなりに普通に生きてたんだぜ? それを突然の事故でこれだよ」


「……」


「神様が本当にいるなら、俺はとことん怨むね。どうせなら、あのまま死んでしまった方が良かったよって、そう思えるセカンドライフだよ。


——あれだ、2回目の人生だから本物のセカンドライフだよ。


そんな事を言っても、樹だからライフなのか? 命だから、まぁライフか。


——って、俺はさっきから何を訳の分からない事ばかり言ってるんだ?」


「……」


「それでよ、結局何かの、何の戦いに巻き込まれたかも分からないんだが、俺が慣れ親しんだ森を何者かがぶち壊して、俺の身体もバラバラだよ」


「……」


「お? 少し笑ったか? ——それでさ、気付いたらマッチでよ。それでようやく、お前っていう俺の言葉が分かる奴に出会えたんだよ」


「……」


「なぁ! おい!! 死ぬなよ! 死ぬ気でなんとかしろよ! 分かってるのか? 今度死んだら次はねぇかも知れねぇんだぞ? 全力で生きろよ、聞こえてるのかよ。おい!」


長々と語り続けたマッチの言葉が、暗さを増す夜の街に簡単に吸い込まれて行くのが分る。


少女の口からは気付けばもう、白い息など出てはいない。


マッチは無力に苛まれ、絶望の縁でただ独り孤独に泣いた。


当然——涙は出て来ないが、それでも少女を想い泣いた。


「……マッチ、擦っても……良い?」


少女が振り絞る言葉に、先程まで饒舌だったマッチには何も返す言葉が見当たらない。

そんなマッチを優しく少女は掴み、いや、優しくというよりは、もうマッチを持つ力しか残っていない様子で。


『あぁ、最期に俺を燃やし尽くして、に次の世界に旅立とうか——』


マッチは声にならない意思を少女に託した。


その時——


街を震わせる轟音が響く。


このままバットエンドにはさせねぇぞ——と、言わんばかりに、さらなる悲劇をもたらせてやると、神が——いいや、この場合は悪魔と例えるべきだろうか。


そいつらが、天上でほくそ笑むのが見えるような災いが降り注ぐ。


街の中央に見える大きな教会が小さく霞んでしまう程に巨大な剣を携え、二本の角を持つ巨大な化け物が、街の防壁を破り突然に現れ。


人々は、そんな突然の災いに対応出来ず、蜘蛛の子を散らすように、逃げ惑う。


「あんなモン気にするな。俺を擦って燃やし尽くしたらこの話は終わりだ。なんでも良いから早く俺を擦ってくれ!」


マッチの必死の形相に——


表情など無いのだが、それでも必死に訴えかけてくる、それを見て——


少女は、クスリと笑うと、その表情には異世界や理不尽な神に対する恨みの色は無く——


最期に素敵なと出会えて良かったと——


優しい表情で、マッチを擦った——


マッチの炎は明るく——


その明かりの向こうには暖炉と、美味しそうな料理が見える。


暖炉は暖かく、今まで震えて動かなかった身体が嘘のように、その温もりが命の炎となって少女を満たして行く。


手を伸ばせば料理には、実際に触れる事も出来、それを何気に口に運べば、芳醇な旨味が、血肉となって身体を満たして行くのが分かる。


「な? なぁ、おい! 俺、スゲーだろ?」


燃やしたハズのマッチが語りかけて来る。


「今よぉ! 燃えてよぉ、燃えたら意識が飛んで。そんでよ、次はこっちのマッに転生したみたいだぜ? って、そんなのは今はどうでも良いからよ、空腹が満たされたら、試しにもう一度俺を擦ってみろよ、な?」


そう言っている間も、建物よりも背の高い化け物が街を破壊し暴れている。


「あれ、なんとか……しなきゃ……」


「何言ってんだよ。あんなの俺らじゃなんともならねぇよ」


「大丈夫……力を貸して……」


少女は、震える身体を必死に壁に押し当てると、壁を背にして立ち上がる。


「おい、おぉぉおい! 俺の話を聞けよ。体力が戻ったんだったら良かったじゃねぇか。な? 今のうちに俺らも逃げようぜ? なぁ?おい!」


少女は、マッチの声に耳を貸さずに、もう一度勢い良くマッチを擦った。


マッチは、明るく燃え上がり、その向こうには暖かいローブが見える。


ローブには実際に触れる事が出来、それを手に取ると少女は身体に纏い、身を滅ぼす寒さを遮る。


「良かった、良かったよ、それで暖まれば、どこに逃げても大丈夫そうだ」


マッチは再び、違うマッチに転生を果たし、少女に語りかける。


「このまま、あいつを倒すアイテムなんか出ないかな?」


少女の顔は、マッチが今までに見た、どんな物よりも、何よりも美しく。


「何を言ってるんだ。そんなモノどう考えたって無理だって。これでいいじゃねぇか。さっさと逃げるぞ」


「大丈夫。安心して——」


優しく握る少女の手が、マッチの心を充足させる。


「きっとこれはこの少女の記憶なの。私には分かる。私は——いいえ、違うわね。あなたにはこの世界を救う力があるの」


「何言ってるんだ——」


「大丈夫だから、私の魔力に身を預けて」


少女は言葉を遮るように、マッチに優しく口付けをして、魔力を注ぎ込んだ。


少女の周囲には、薄紅の光が漂い。


白い街に、まるで春が訪れた様に、鮮やかな花の息吹が吹き荒れる。


逃げ惑う人々が、脚を止めて息を飲む光景の、その中心で少女の身体が浮遊する。


ここが、あの世なのかと思う程に美しい、少女の秀麗な姿を見て咽び泣く者も多く。


「何が起きてんだ? これはどういう事なんだ? おぉぉおおい! 誰か何か答えてくれよ……俺一人完全に置いて行かれてるぜ?」


周囲がざわつき、マッチが孤独に苛まれる中、少女はさらに魔力を高め、歓声の中、言葉を紡いで行く。


「黄昏よりも暁きモノ。古よりも深きモノ。我、汝の語り部となりて。異なる世界に安寧をもたらせる理となりて、今こそこのモノの力を解き放たん」


[神樹解放セジュ 絶対最強防壁グレートフルウォール]


少女の紡ぐ言葉に反応して、魔力の行き渡ったマッチは、無数の幾何学模様となって空へと舞い上がる。


巨大な化け物を多い尽くす程に分裂すると、完全にその模様の中に封じ込めた。


「なんだ、なんなんだこの展開は!?」


化け物を囲う為に解き放たれたマッチは、分裂を繰り返しても、全てに自身の思考を同期していた。


考える事が出来、話す事が出来。


完全に防壁の中に閉じ込められ、化け物の身動きが封じられている事を見届けると、少女はさらに言葉を紡いで行く。


「深淵より這い出るモノ。我、汝の理を得て、希望を分け隔てるモノ也。この地に災いとなりて降り注ぐ、邪悪なる力を打ち砕く、汝らの災いとなりて、今——その力を示せ」


[神樹解放セジュ絶対パーフェクト破壊存在ブレイカー]


少女の手から放たれた一本のマッチは、化け物の足元へと導かれ、地表へと至る。


直後——忽ちに光の根を張り、光の大樹となって化け物を貫き、その存在感をこの世界に知らしめた。


化け物は最期の足掻きを繰り広げるが、防壁の中では成す術も無く、次第に動きは制限され、最期は断末魔と共にこと切れた。


「お前、いったい何したってんだ?」


「私は、この少女の記憶を呼び覚まし、神樹であるあなたの……本当の力を引き出しただ……け……」


「おい、どうしたんだよ!」


突然に——


糸が切れた操り人形の様に、その場に崩れ落ちる少女を、支える事がマッチに出来る訳も無く。


「大丈夫だよ。私はこの時の為にこの世界に来たみたい。私の記憶が全てを教えてくれるの」


「何言ってるか、全然わかんねぇ! 今時、自己犠牲とか鬱展開とか流行んねぇんだよ!」


「あなたの力は強すぎる——だからね、それを使いこなせるのは転生者だけなの」


「……よ、良かったじゃねぇか。だったらこれから異世界で無双ライフをエンジョイしようじゃねぇか。俺とよ、一緒によ」


「そうしたいね。そう出来たら良いなぁ。ヒロインは私で、主人公はマッチさん」


「そうだよ、それでよぅ——」


「でも、それは無理なの」


「無理じゃあねぇよ。頑張れよ! 俺も頑張って燃えるからよ」


「私は……私達は、あなたの力を引き出す為に命の炎を燃やさなきゃダメなの。だから、あなたを使えるのは一時の戦いの中だけ——」


「命の炎って何言ってんだよ。分かんなねぇよ……これじゃ、結局バットエンドじゃねぇか……」


「違うよ。これは、一人の少女と、一人のマッチさんが異世界を救うハッピーエンドなんだよ。だから……悲しまないで……」


少女はもう一度、優しくマッチに口づけをした。


彼女にとって、最初で最後のキスの相手。


キスは一瞬の事で、それよりも早く少女の鼓動は停止した。


「そんな事言ったって……俺……これから……どうすれば良いんだよ……」


マッチにとっても、初めてのキスで——


少女からの魔力供給を絶たれたマッチは言葉を失い、再び沈黙するマッチへと姿を変える。


——街の中央には、光輝く大樹が残り、力尽きた少女と、沈黙のマッチを、夜の街に優しく照らし出す。


光の大樹は、少女の戦いを称える様にいつまでも、いつまでも、その光を絶やすこと無く輝き続けた——


―END―


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