後日談:教祖様のカラクリを暴け!

「準備はできたか?」


「はい!」


 私の返事と共に部屋に入ってきたメフルザード様は、旅慣れた商人らしい質素な長衣に身を包んでいる。同様に頑丈なショールで全身を覆っている私は「久しぶりのレア衣装ー!」……なんて内心では思いつつ、表向きは愁眉を見せた。


「でも、本当に良かったんですか? やっぱりメフルザード様が自ら行くなんて……」


「そもそも、実物を見てみたいと言ったのは君だろう」


「それはそうなのですが……」


「そういえば、今日の俺はメフルザードではなくサイード・・・・だと言っただろう? ほら行くぞ、ファリン・・・・


 そう言って手を差し伸べたサイード・・・・様は、嬉しそうに笑った。


 そういえば彼は皇太子の位に着いてから、以前のように気軽に外出することができなくなってしまっている。ならばたまには皇都の城壁の中ぐらい、息抜きをしに行ってもいいだろう。


 私はにっこり笑って頷くと、差し伸べられた手を取った。


 皇族の住まう内廷から外廷へと通じる使用人向けの通用口をそっと抜けると、続々と出入りする商人たちの波に紛れ込む。しばらく流れに身を任せて歩いているうちに、とうとう宮殿の大門を抜け、皇都の大路に出た。


 魔籠石という地下資源の莫大な利益に潤うこの国は、ここ十年ほど空前の好景気に沸いている。そんな皇都の大路は祭でも行われているかのように、宮殿の中にも負けない賑わいに満ちていた。だが今日お忍びで宮殿を出てきた目的は、観光ではない。人々の浮かれた心の隙に入り込むように現れた、新興の『教祖様』――その調査を行うためだ。


 かの教祖様は水の女神の化身を名乗り、預言という名の占いの力で、いつの間にか信者の数を増やしていた。やがて豊かな人々から多額の寄進を得て、皇都の内部に小ぶりだが豪奢な礼拝所を建てるまでに成長していたのだが――その礼拝所で祈りを捧げると、なんと神が降りてくるというのだ。神が降りた人間は、崇高な気持ちに包まれながら気を失うのだという。


 初めは疑いの目を向けていた人こそ、その奇跡を体感したとたん、一転して熱心な信者となった。確かに、物語の中ならいざ知らず、実際に気を失ったことがあるという人は少ないだろう。それを触れずにコントロールされるのだから、奇跡と言われたら信じてしまうのかもしれない。


 でも……。


『水の女神は地下の楽園にいるはずなのに、ステンドグラスの天窓を見上げながら祈ると降りてくるって……なんだかおかしくないですか? そもそも女神様へのお祈りは、地に伏せて行うものですし……』


 この話を初めてメフルザード様から聞いたときのこと。この地の神話を思い出しながら私が首をかしげると、彼は苦笑しながら言った。


『天窓を通して、太陽の力を浴びるそうだ。砂漠の民は太陽光を生命の源としているが、そのまま浴びると強すぎる。だから女神の祝福を込めた硝子ごしに、優しい光を浴びるといいらしいぞ』


『なんだか無理やりこじつけた感じがするんですけど……。そのお祈りって、どのぐらいの時間でしょうか?』


『神が降りてくるまで祈り続けろとのことだ。まあそれほど長くはなく、珈琲を一杯淹れる程度の時間らしい。実物を見に行ってみるか?』


 こうして、私たちは礼拝所を調査しに街へとやって来たのだった。



 ◇ ◇ ◇



 厳しい日差しを防ぐ屋根アーケードつきの商店街バザールを人の流れに沿うように抜けると、やがて大きな広場に出た。


 そこにはバザールに店を構えられない露天商や異邦から来た行商人たちが、雑多に軒を連ねている。そういえば皇都に住んでいるのに市街地をゆっくりと歩いたことのなかった私は、つい物珍しさにウキウキと辺りを見回した。


 ダダダダッと響き出した軽快な音に目を向けると、二本の曲刀が木製の台に交互に打ち付けられている。近づいてよく見ると、まるで曲刀のような大包丁でみじん切りにされていたのは、程よく脂の乗った羊肉とニンニクだ。


 やがて粗挽きと化した肉に数種の香辛料をたっぷりと振り、よく練り込んでつくね・・・にすると……料理人は太い鉄串に巻くように貼りつけ、傍らの焼き台で炭火にかけた。たちまち上がったじゅうじゅうという音と共に、つくねから脂が滴り落ちてゆく。香ばしく焼けた匂いが漂い始めると、サイード様が呟いた。


「……なんだか腹が減ったな。少し食べていくか」


 私はいつの間にか溜まっていた唾液を飲み込むと、強くうなずいてみせる。うなずき返したサイード様が声をかけると、真剣に串を回していた店主は満面の笑みで顔を上げた。


「まいど!」


 店主は台に重ねてあったピタという無発酵の平焼きパンを一枚手に取ると、よく水を切ったヨーグルトを一匙乗せる。そしてつくねを火から上げると、滴る肉汁を包むようにパンに挟んで、グッと鉄串を引き抜いた。


「うちのクビデはうんめぇぞ。熱いから気をつけてな!」


「ありがとう!」


 私は笑顔で受け取って、辺りを見回した。だが席など見当たらずに困っていると、サイード様がそっと私の背中に手を添える。どうやら次のお客さんが来たようで、二人で雑踏から外れて建物の陰に身を寄せた。


「どうした、食べないのか?」


「あの、座るところは……」


「ああ、このあたりの屋台は立ち食いしてゆくものらしいから、気にしなくていい」


 実のところ、私はそれほどマナーを気にする方じゃない。ただ彼と想いが通じて数か月が経った今、逆に以前よりも彼の目に映る自分の姿を、意識してしまうようになっていた。大口開けて立ち食いして見せるのは、なんだか気恥ずかしいものがある。


 だが先に食べ始めた彼の美味しそうな顔を見て、私は意を決してパンを両手に構えると、恐る恐る口を開けて噛みついた。あふれる肉汁がよく染みたパンの向こうには、スパイスの効いたつくねが待っている。噛むほどに増す羊肉の濃い旨みを、爽やかなヨーグルトがいっそう引き立てて――私はすぐに夢中になると、恥じらいなんて忘れて無心にかぶりついた。


 しばらく無言で肉を平らげると、私たちは満足して再び歩き出した。いつの間にか上りきった太陽が、容赦なく広場に照りつけている。私たちは足を早めると、広場の向こうに立つ礼拝所へと急いだ。




 漆喰で繊細な装飾が描かれた日干しレンガの礼拝所に入ると、中は高い天井を持つ広間になっていた。天窓のステンドグラスを通して色とりどりの光が降り注ぎ、幻想的な姿を見せている。そして噂の通り、鮮やかな光の中で天を仰ぎ見るように、数名の男女が静かに祈りを捧げていた。


 順番待ちの列に並んでそっと様子を観察していると、間もなく、一人の女性が崩れ落ちた。途端に「おお……」と周囲から低い歓声があがり、女性は別室へと丁重に運び出されてゆく。入口で聞いた説明では、目が覚めるまで滞在できる休憩室が奥にあるらしい。


 その後もあまり時間をおかずにもう一人が気を失う様子を見届けた後で、私はサイード様の袖を引いた。


「もう大丈夫です」


 サイード様が頷いて、私たちはそっと礼拝所を後にする。雑踏には戻らず手頃な建物の陰に身を寄せると、彼は背負っていた荷物の中から水袋を取り出した。


 水を飲んで休憩するフリをしながら、サイード様は声を潜めて囁いた。


「どうだった」


「あの状況、軽度の脳卒中を起こしている可能性があります。あんなふうに首を反らし続けていたら、他の場所でも同様に倒れるはずですよ」


 この症状、実は西方の教会建築でも発生しているものらしい。天井画のあまりの美しさについ足を止めて見入っていると、崇高な充足感と共に気を失うというのだ。


 その症状は長らく『素晴らしい芸術に感動しすぎたから』という理由の、心因性のものだと考えられていたのだが……首を反らして後ろの血管を圧迫し続けることで、軽度の脳卒中が起きやすくなると分かったのだ。


「後遺症を残すものではないらしいので、今すぐ禁止するほどのことではないのですが……あのこじつけ・・・・が脳卒中を起こすと分かっていてあえて仕掛けたものなら、ちょっと怪しいですね」


「そうだな……。何を企んでいるのかは分からないが、第三宰相などはすっかり信者と化しているらしい。これ以上重臣たちに入り込まれる前に、調査の手を増やした方が良さそうだ」


 私が黙って頷くと、彼は水袋をしまって歩き出す。再び広場に差し掛かると、露店の中にキラキラと反射する光が見えた。


 それは伝統の組紐細工マクラムの店だったが、他と違っているのは丈夫な紐で編まれただけの簡素な実用品ではなく、様々な半貴石を繊細に編み込んで美しい装飾品に仕上げているという点だ。


 足を動かしながらも思わず目を奪われていると、サイード様が苦笑しながら言った。


「せっかくだから、寄っていくか」


 私は喜んで店に向かうと、狭い陳列台にぎっしりと並んでいる商品を見た。この美しいマクラムは、古の大都市国家シャバーズに実在した首長妃シェイカが広めたもので、伝説によると彼女は精霊のいとし子と呼ばれていたらしい。


「そういえば君に装飾品を贈ったことはなかったな。たまには欲しいものがあれば言ってくれ、俺は気が利かないんだ」


 そう後ろから声を掛けられて、商品の吟味に没頭していた私は心外そうに振り向いた。


「え、高価な服も宝石も、いつもたくさんおねだりしているじゃないですか! 何も遠慮していませんよ」


 これは謙遜でもなんでもなく、ただの事実である。地下資源の輸出で一番儲かっているのは、なんだかんだで皇帝陛下とその一族なのだ。だがサイード様は、不満そうに首を振った。


「いや、それらは全部公務で身につけるために必要なものだろう? 君の個人的な嗜好ではなく、立場に相応しいかどうかで選んだものじゃないか」


「そりゃあ貴方の服装との対比を考えて、最適なものを揃えていますけど……条件に合う中で、ちゃんと私の好みに合うものを選んでいますし」


「だがそれは、あくまでお気に入りの仕事道具でしかないだろう。今君が手に取っているものは、いつもの装飾品とは雰囲気が全く違うじゃないか」


 サイード様の視線の先にあるのは、ごく細い組紐で繊細に編み込まれた首飾りだった。中央の石は自然に入ったひび・・が奇跡的に美しい虹色を生んだ虹水晶アイリスクォーツだが、いつもの重たい黄金で大きな宝石を繋いだ首飾りに比べたら、とても素朴なものだ。


「確かに素材は違いますけど、どちらも職人の手仕事が素晴らしく精緻という共通点はありますよ。本来、素材ではなく技術にこそ対価を支払うべきなのに、今は人件費の比重が軽すぎるのがおかしいんです」


 これまでは、武力に長ける者に富が集中しがちな時代だった。だがこれからは、労働、つまり人の時間に対価を支払う時代がきっとくる。


「資源には限りがありますから、それまでに民の意識を変えなければ……資源が尽きたときが終わりです」


「そうだな……」


 つい真剣な顔をして黙り込んだ二人に、露店の主人がげんなりとした顔で言った。


「で、買うの? 買わないの? 買わないんなら、商売の邪魔だからあっちへ行ってくれよ!」


「あ、買います買います!」


 私は慌てて首飾りを置くと、先に目を付けておいた同じ意匠デザインの黒曜石の耳飾りを三つ差し出した。


「はい、まとめて買ってくれたから、ぜんぶで十ディナーリにオマケしとくよ!」


「ありがとう!」


 さっと小さな革袋を出して支払いを終えると、サイード様が不満そうな顔をする。


「なんで自分で払ったんだ! 俺が出そうと思っていたのに……」


「でもこれ、貴方にもらったお手当を引き出してきたものですし……。大丈夫、おつりで困らせないように、ちゃんと小銭で用意してきました!」


 私がドヤ顔を返すと、サイード様は嘆くように言った。


「俺からの贈物感が欲しいんだ!」


「すみません、これは友人たちへのお土産用なので……。この黒曜石の耳飾り、陛下の象徴色イメージカラーにピッタリの漆黒だから、みんなも喜ぶかなって……」


 仕事でなく趣味で選べと言われたら、この選択になるのは仕方ない。とはいえ『友達とお揃いの推し色アクセが欲しい!』なんて事情で彼にお金を出してもらうのは、さすがに気が引ける。私がしどろもどろに白状すると、鋭いツッコミが飛んだ。


推し活そっちかよ! いいから他にも選んでくれ。頼むから……!」


「は、はいっ!」


 改めて陳列台を見ると、可愛い細工と天然石の持つ多様な輝きに目移りしてしまう。だからさっきは、目的を決めることでようやく買う物を絞り込めたんだけど……。


 ファリンは悩み抜いた挙句、買うことで職人さんへの還元になるからと言い訳しつつ――お気に入りのものをたくさんゲットしたのだった。






 ...

――――――――――――――――――――

おかげさまで、本作の書籍発売が決まりました。

『金沙後宮の千夜一夜〜砂漠の姫は謎と踊る〜』と改題しまして、角川文庫キャラクター文芸編集部様より、2月22日に発売予定です!


メインストーリーは同じですが、web版の11万字から16万字に大幅ボリュームアップしています。ラストは少し先の話も追加して、さらなる超ハッピーエンドになりました!

Amazon様には販促用POPも掲載していただいたので、よろしければ見に行ってみてください♪

https://www.kadokawa.co.jp/product/322308000463/


ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございました!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【受賞】千夜一夜ナゾガタリ~義妹の身代りで暴君に献上されたまま忘れられた妃は、後宮快適ニート生活を守るため謎を解く~ 干野ワニ @wani_san

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ