第12話 カワカミとマチルダ
「なー。カワカミー。なーなー」
なんの予定もない昼下がり。
店番をしている俺の膝の上で、マチルダが顔を上げた。
「なんですか」
俺は伝票をつけながら返事をした。
「チョコならいつも棚に置いてますよー」
俺が言うと、マチルダはんーんと首を振った。
「チョコはもう食べたから要らない」
「た、食べちゃったんですか」
「うん。あったやつ全部食べた」
よく見ると口の周りにチョコがついている。
んもー、と俺は眉を下げた。
「全部は食べちゃダメっていつも言ってるでしょう? 食事はちゃんと考えて食べないと、偏った栄養じゃあ大きくなれませんよ」
「別にいいもん。大きくならなくても」
「ダメです。マチルダさんもちゃんと大きくなって、ちゃんと大人にならないと」
「別にいいもん。あたしはここでカワカミとずっと暮らすから」
「なに言ってるんですか。俺とずっと一緒に居たって、良いことなんてないですよ」
「別にいいもん」
「良くないですって。いつか大きくなって、お嫁さんにならないとね」
「あたしはカワカミがいれば、それでいい」
マチルダはそう言って、足をバタバタさせた。
うーん。
どうしたことだ。
なんだか今日は可愛いぞ。
「で、なんですか? また遊びに行きたいんですか」
「うん。よく分かったな」
「そりゃーね。マチルダさんの用事と言えば、遊びか食事ですから」
「うん。それでな、あたし、タコやりたい」
「あー、凧ですか」
「うん」
「好きですね、あれ」
「うん。好き」
マチルダはにこりと笑った。
「お前の国には、あれがたくさんあるのか」
「そうですねー。最近は減ってましたけど、昔は河原で何十と連なってやってました」
「へー。すげー」
マチルダはんふーと鼻から息を吐き出し、目を輝かせた。
「なあ、あたしいつか、お前の国に行ってみたい」
「そうですねー。行けると良いですね」
「うん。その時は、お前のカーちゃんとトーちゃんに挨拶するな」
「え? なんでですか?」
「そりゃそーだろ。義理の親になるんだから。挨拶はするだろーが」
「は? け、結婚するんですか」
「しないのか?」
「い、いや、そんなこと、考えたこともなくて」
「んだよ。さっきお嫁さんにならないとって言ってたじゃん」
「あ、ああ、あれは別に、俺がどうとかじゃなくって」
「うそつけ。だからちゃんと飯を食って欲しーんだろ。おっぱいを大きくして欲しーんだろ」
「ち、違いますって」
俺はなんだか顔が赤くなってしまった。
マチルダはにひひーとイタズラ気に笑った。
「冗談だよ、じょーだん。わたしが結婚なんてするわけねーだろ」
「や、やめてくださいよ、ほんと。ちょっとドキッとした――」
と、その時。
突然、店の扉が開いた。
「……あの、すいません」
現れたのは、まるで浮浪者のようなボロボロの服を着た男だった。
「いらっしゃい」
俺はにこりと笑った。
そして、膝の上からマチルダを下ろした。
「マチルダさん、ちょっと奥に行っててください」
「えー? タコはー?」
「すいません。どうやら仕事のようで」
「やだー。あたし、タコやりたいー」
「分かってますって」
「分かってない。絶対分かってない」
「それじゃあ、話を聞いたら、そのあとで」
「絶対だぞ? お前、たまにウソ吐くから」
「大丈夫ですって」
俺が頭をポンポンしてやると、しぶしぶながら、マチルダは店の奥へと消えて行った。
「さて」
と、俺は改めて椅子に座りながら言った。
「なにをお探しでしょうか」
男は黙っていた。
その目はまるで生気がなく、穴ぼこが開いたようにうろんだった。
「ここでは、他では買えないようなものが買えると聞いたんだが」
「ええ。具体的にはどんなものでしょうか」
「空を」
男はそこで言葉を止めた。
そして、右の眼から涙を流した。
「空を、飛びたい」
そうですか、と俺は言った。
それから帳簿を閉じて、言った。
「あなた、いくら払えますか?」
異世界で俺、幼女の暗殺者に悪党をアテンドしてます 山田 マイク @maiku-yamada
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