第11話 顛末


「いやー、市井はえらい騒ぎだわ」


 クルッカは椅子に足を乗せ、行儀の悪い姿勢で言った。


「どうやらどこぞの正義の味方がブン屋にレッグストア卿の裏帳簿を流したみてーでよ。王族から憲兵がやってきて各種機関は上を下への大騒ぎだ」


 へー、と俺はおもちゃの棚を廿木はたきでポンポンやりながら、相槌を打った。


「へー、じゃねえよ。お前も当然、噛んでんだろ」

 クルッカは顔をしかめて口を曲げた。

「しかしこっからは初耳のはずだ。世紀の大スクープだぞ。どうやらレッグストア卿による脱税は組織的なもんだったみてーでよ。司祭の背後では、マグノリア教も絡んでたようなんだ。おまけに金の流れを調べてたら教団主導による奴隷売買の痕跡まで見つかってよ」


 思わず手が止まった。

 それを見て、クルッカはひっひと肩を揺らして笑った。


「やっぱ図星だったか」

「それ、マジなの?」

「マジもマジ。大マジよ」


 クルッカは頭をガリガリと掻いた。


「いやー、もうスゲーことになってるよ。マグノリア教団の幹部は緊急で会議を開いてるみてーだけどよ。王はカンカンだし枢機卿は逃げ回って行方知れずだし、もう無茶苦茶だ」


 はえー、と俺は長い息を吐いた。


 ほとんど確認せずにクラウディアに渡したあの書類。

 そんなとんでもないことまで書かれていたのか。


「とにかく、レッグストア卿の一族はもう終わりだ」

 クルッカは親指で喉を切るような仕草をした。

「本人は自殺か他殺かわかんねーけど、森の中で首を切って死んでたらしいがな。奴の下で甘い汁啜ってた奴らも一網打尽。悪は滅びたってわけだ」


 クルッカはそこまで言うとやおら立ち上がり、俺の方へと歩み寄った。


「で、だ」

 ぽん、と肩に手を乗せる。

「お前、王族からいくらもらった?」


 クルッカは俺に顔を近づけ、怪しむように右の眉をつり上げた。


「なんで俺が出てくるんだよ」

 俺は手を振り払った。

「俺は無関係だ。もちろん仕事はしたけどね」


「してんじゃねーか、仕事」

「したよ。俺の仕事を、ね」

「つまり、殺しはしたけど、王へのリークはしてねーと」

「さてね。俺は俺の仕事をした。それだけだよ」


 俺はそれだけ答えると、くるりと踵を返し、また掃除に戻った。


「すっとぼけるんじゃないの」

 クルッカは粘った。

「あのな、お前、俺は情報屋だぞ。調べることに関しちゃ専門家だ。とっくに耳に入ってんだよ。元老院の文官がリークした人間に大層な褒美を出したって」


 ほー、と思わず唸った。

 そいつはよかった。

 これで彼女も、当分は食いっぱぐれ無いだろう。


 なあ聞いてんのか、とクルッカ。


「頼むからよ、少しはこっちにも回してくれよ。実は今、ちょっと狙ってる女がいてよ。そいつがまた金のかかる女で、なにかと物入りになんだ。そもそもレッグストアの身辺を嗅ぎ回ったのは俺なんだぜ? 言ってみれば、この仕事の3分の1は俺の手柄だ」


 あー面倒臭い。

 俺は口を尖らせてクルッカを見た。


「あのな、言っとくが俺は王族から何ももらっていない。つーか面識もない。今回の件に、俺たちは一切絡んでない」

「ウソ言うなよ」

「ウソじゃない」

「なら証拠を出せ。大体よ、お前らたんまり儲けて、一体何に金を使ってんだよ。どうせあのクソガキのお菓子代くらいしかいらねーだろ。こんなボロい家に住みやがって」

「色々あるんだよ」

「なんだよ、色々って」

「しつこいなあ。あんまりしつこいと、あの人に言いつける――」


 と、そこで言葉を止め、俺はクルッカの背後を見た。


「あ、マチルダさん。おはようございます。今起きたんですか」

「バーカ」


 クルッカは口の端を上げた。


「そう何度も引っかかるか。つか、まだ寝てやがるのか、あのクソガキは。いいか人形屋。いい加減、甘やかすのは止めたらどうだ。ガキには教育が必要だぞ。アホなんだから。バカなんだから。あの死神、どんなに戦闘が最強でも、オツムのほうは最弱なんだから」


「クルッカ」

 と、俺は言った。

「悪いことは言わない。その辺にしとけ」


「は。んだよ。オメーも芸がねぇ野郎だな。もう騙されねーっつってんだ――」


 クルッカの動きが止まった。

 ほとんど同時に、大量の脂汗が顔中から流れ出た。


 その首に。

 鎌が、突きつけられていた。


「よー、ピンク髪」

 幼女(マチルダ)の声がした。

「テメー、いつもこんなこと言ってんのか? お?」


 クルッカは最早声も出せないようだった。

 麩を求める鯉のように、ただ口をパクパクさせている。

 恐怖で顔がどす黒い紫色になっていた。


「あんまり店内、汚さないでくださいね」


 俺はそう言って、そそくさと店の奥へと逃げた。

 それから少し遅れて「んぎゃー」という断末魔の叫びが聞こえて来たのだった。


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